星野真原作によるTVアニメ「ノケモノたちの夜」が、1月からTOKYO MX、読売テレビ、BSフジで放送中だ。同作は19世紀末の大英帝国を舞台に、物乞いで命をつないでいた孤児の少女ウィステリアが、不老不死の身を持て余し、退屈していた悪魔マルバスと出会うところから始まる“常夜奇譚(ダークナイトストーリー)”。アニメではウィステリア役を竹達彩奈、マルバス役を小西克幸が務めている。
アニメの公式サイトでは、星野がアニメーション制作の裏側に迫る対談企画「アニメモノたちの夜 ~星野真先生と行くアニメ裏側探訪~」を展開中。コミックナタリーではその番外編として、星野と小西の対談をセッティングした。小西が演じるマルバスに多大な影響を受けたと言う星野と、作品の魅力を「泥臭さ」だと話す小西。それぞれの視点から作品の魅力と制作の裏話が語られた。
取材・文 / 熊瀬哲子撮影 / 入江達也
星野真(原作者) × 小西克幸(マルバス役)対談
星野さん、子離れしてください
──星野さんはTVアニメ化のお話をいつ頃お聞きになったのですか?
星野真 「ノケモノたちの夜」の連載中で、「ロンドン篇」を描いていたときでした。
小西克幸 何年ぐらい前なんですか?
星野 ちょうど2年前くらいでしょうか……(取材は2022年12月に行われた)。そのとき日記をつけていたんですけど、11月の頭ぐらいに「とんでもない話がきた」と書いてあって(笑)。そのときはまだ「アニメ化の企画の話題が挙がってます」という段階で、実現するまでにはたくさんのハードルがあるということを担当さんから聞いていたので。あまり期待しすぎないように、目の前の原稿に集中していました。実際に「アニメ化が実現に動いています」と聞いたときは、「えっ!?」「こんなことってあるの?」と、うれしいと言うよりも、ただただ驚きという感じでした。
小西 ご自身の中ではどのへんで現実味を帯びたんですか?
星野 1つは「キャストの皆さんが決まりました」と声優さんのお名前を見たときで。最初に小西さんの名前を見て「えっ!?」って本当にびっくりして。
小西 いやいや、うれしいです。
星野 申し訳ないことに私はあまり業界に詳しいわけではないんですが、そんな私でも知っているお名前ばかりだったのと、イメージがすぐに湧くような方々ばかりだったので。よくぞ集めていただいたというか、「本当?」みたいな、ずっとふわふわした感じでした。もう1つは、スタッフさんと初めてお会いできたとき。コロナ禍ということもあって、スタッフさんともなかなかお会いできない中で資料のやり取りをしていたんです。初めて顔合わせできたときには第6話くらいまで本読みが進んでいたんですけど、スタッフの皆さんとお話させていただいて、葦プロダクションさんを出た瞬間に急に私が号泣してしまって。たぶんそのときにもアニメ化を強く実感したんだと思います(笑)。
小西 アニメの制作に関しては葦プロさんと話し合いながら進めていったんですか?
星野 そうですね。キャラクターデザインにしても脚本にしても、葦プロさんのほうから丁寧に「ここはどうですか?」と細かく聞いてくださったので、こちらも「こうだと思います」とチェックしたものをお渡しして、という流れで進めさせていただきました。
小西 ありがたいことですね、そうやってすべて確認していただけるっていうのは。“母”としては。
星野 (笑)。
小西 だって言わば子供なわけですよね、「ノケモノ」たちは。それを嫁だか婿だかに行かせたわけで。
星野 そうですね。それこそ、私がアニメの資料をすごく時間をかけてチェックしていたので、担当さんからは一度「星野さん、子離れしてください」って言われたことがあったんです(笑)。
小西 あははは(笑)。でもそれぞれの家庭にはそれぞれの事情がありますからね(笑)。
「なんでこんなひどい話を書けるんだろう?」
──小西さんはマンガ好きとしても知られていますが、原作の「ノケモノたちの夜」を読んだ際の感想はいかがでしたか?
小西 もともと名前は知っていて、マンガも買ってはいたんです。アニメ化にあたって改めて読んでみたら、「なんでこんなひどい話を書けるんだろう?」と(笑)。
星野 あははは(笑)。
小西 だって始まったらいきなり嫌な神父が出てきて、ウィステリアが物乞いをしているのを横で見ているわけじゃないですか。それで成果がなかったら「しっかりやれよオラァ!」って怒鳴って。恐ろしいですよ。すごいことを思いつくなと思いました(笑)。
──そんな状況の中、マルバスと出会ったことでウィステリアの運命が動き出します。
小西 「ノケモノたちの夜」って、ストーリーがものすごく泥臭いなと思っていて。例えると、舗装された道を歩いていたら道なき道に入ってしまって、どうやって歩いて行ったらいいんだろう、というような感じ。マルバスもウィステリアのような道なき道を行く少女と出会って、きれいな道を歩いて行けるようになるわけではなく、どんどん泥臭くなっていく。でもお互いが太陽と月のように支え合って生きていくみたいな、あの姿がとっても素敵だなと思いました。誰が助けてくれるわけでも、誰が認めてくれるわけでも、誰が祝福してくれるわけでもない。その状況で前向きに生きている人たちが、ウィステリアとマルバス以外にもいっぱい出て来ますよね。それがすごく面白かったですね。
星野 いやあ、すごくうれしいです。
小西 それこそ“ノケモノたち”がいっぱい出てきますけど、彼らに幸せになってほしいなって思う作品なんですよね。けど彼らの見つける幸せってほんの些細なことじゃないですか。それがまた素敵ですよね。伸ばした手に触れてくれたことがうれしかったとか、一緒に食事をすることが楽しかったとか。物語の幸せってそれくらいささやかなものでいいと思うんです。小さな幸せだからこそ温かさを感じられるというか、そのときに感じた温かさってずっと忘れないはず。日常のささやかなことを「幸せ」って思えるのが素敵だなと思いました。
マルバスの声を聞いて「今描いているネーム、全部書き換えます」
──小西さんはマルバス役として作品に参加するにあたって、アフレコではスタッフの方からどんなディレクションを受けたんですか?
小西 (食い気味に)「若く」って言われました。
星野 (笑)。
小西 忘れもしない、「もっと若く」って(笑)。マルバスは不老不死として長年生きているから、無感動だとしても説得力や言葉の重たさ、強さっていうのは欲しいなと思っていたんです。なので低めでゆったりと演じてみたんですけど「もっと若くしてください」というディレクションが返ってきて。
──「若く」というのは具体的な意図があったんでしょうか?
星野 マルバスはある意味で第1話が一番老けているんですよ。若い子と一緒に時間をともにすることで、自然と彼も楽しくなっているんでしょうね。ウィステリアと出会ったことで本当の時間が動き出して若さを取り戻す……そんな部分があるんじゃないかという話を監督としていました。あとはナベリウスとかとはけっこうコミカルなやり取りもするんです。そのときにちょっとしたかわいげが出るといいなと思っていて。今後彼が内心イキイキしてくるっていうところを表現するには、「第1話からもう少し若いほうがいいね」と監督がおっしゃっていて。私も「あ、そうだな」と感じてそのようにお願いさせていただきました。
小西 あと、「人間になったときに合うような感じがいい」とも言われました。どちらかというと獣の姿で居る時間のほうが長いので、そこも考えながら割と重めに作っていたんです。けど、ディレクションを受けてからは、ただ若くするだけだと軽くなってしまうので、そこのバランスを調整しながら第1話の中で作り替えていきました。
星野 バッチリでした。本当に。
──星野さんは小西さんが演じるマルバスにかなり影響を受けたと伺いましたが……。
星野 あ、そうなんです。今「ノケモノたちの夜」の特別連載を描いていて(1月8日よりサンデーうぇぶりに掲載中)アフレコを見学したときにはネームを描いていたところだったんです。そんなときに第1話の小西さんのお芝居を聞いて。最初は渋い感じで演じていたその意図もすごくわかるんです。その後すぐに少し若く演じられたときに、かなり自分の中に響いたものがあって。確かにこの作品の中で、ある意味一番成長したというか、変わったのはマルバスなんだっていうことを改めて感じて。家に帰って、担当さんに「今描いているネーム、全部変えます」と連絡したんです。
小西 えっ!?
──しかも4話くらいまで描かれてたんですよね?
小西 ええっ!?
星野 そうです(笑)。で、担当さんも「スケジュールが……」みたいな顔をしていたんですけど(笑)、「いや、これは変えます」と伝えて。マルバスが変化したことを軸にしたネームにしようと思ったんです。
小西 へええ。
星野 なので特別編はかなりマルバスの気持ちに焦点を当てています。特にはっきりと方向性が決まったのは第2話のアフレコで。「趣味こそ本気で取り組む主義なんだ」っていうセリフを小西さんの声で聞いたときに、「そういえばこれって大事なセリフのつもりで描いたな」って当時のことを思い出したんです。ただ、彼はそれまで趣味らしい趣味もなく無感動に生きてきたはずなのに、どうしてこのときの私はこのセリフをマルバスに言わせようと思ったんだろう……と改めて考えて。「趣味こそ本気で取り組む主義なんだ」と言葉にしたのは、マルバスの中でもウィステリアと出会ったことによる大きな変化の1つなので、ほかにも描きたいことはたくさんあったのですが、このセリフ、そして彼の心の動きに焦点を当てたネームにしたら、うまくストーリーが動くんじゃないかと思って。それでネームを大きく変えようと決めました。
小西 そうだったんですね。
星野 なのでスケジュールが押したのは小西さんのおかげなんです(笑)。
小西 あはははは(笑)。特別連載はどんなストーリーなんですか?
星野 マルバスも生きてきた時間が長いので、過去にはウィステリア以外の契約者もいたわけなんですね。
小西 ああ、なるほど。
星野 ただ、そのときは大事に思っていたのかもしれないけど、ボヤッと過ごして忘れてしまった部分もあって。ウィステリアと出会ったことで、変えられない過去に対しての気付きを今ようやく得ることができたというか。そこから過去に対して、今の自分だったらどうするか、どう思うかっていうところから、前に進むというような話になっています。ある意味過去との対決というようなお話になっているのかなと。それに交えてバトルがあったり、懐かしいキャラも出てきたり、ある種のお祭りのようなストーリーになっています。
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マルバスの声を聞いて「これが原作の声だ」