コミックナタリー Power Push - 西炯子「娚の一生」
初老男性と妙齢女子、恋の行く末は? 作者のマンガ家人生が詰まった意欲作
自分の体験を描くのは卑怯だと思ってた
──「山月記」のキャラクターをベースに人物を作るというのは、他の作品でもあったことですか?
ええ。1回自分に吸収された「山月記」のキャラクターが、有形無形に作品に反映されている感じですね。高校生のときに読んで、穴があったら入りたいと思うくらい恥ずかしかったんですよ。「私のことをすべて知ってる人がいる!」と思って。それくらい自分に衝撃を与えたものなので、それがマンガに繰り返し形を変えて出てきているような気はします。つぐみはその典型かもしれないですね。
──どんなキャラクターでも、どこかしら自分が反映されていたりするものですか?
多かれ少なかれ、自分の体験が少しずつ。実は転機となった作品があって、それは「STAY」シリーズなんですけども。あの作品は、全く別の話を描く予定で、その話に付いていたタイトルだったんですね。
──そうだったんですか!
予告を出して人物もすでに作っていて。でも締め切り間際になっても、全然予定した話では描けない。ほんとに私どうしたらいいのかと悩んで悩んで。このまま逃げてしまおうかと思ったくらい、マンガ描いてて最大に悩んだ瞬間だったんですね。その時に、自分で封印していた自分の体験を描くということを、死ぬよりマシだと思って描いたんですよ。自分の中ではもっとも卑怯なこととしていたのに。恥ずかしいけど、「えいや!」と脱ぐような感じで。でも「STAY」がとりあえず受け入れられたというところで、何かひと皮むけたんでしょうね。
──封印していた理由は、「卑怯」と「恥」と、どちらの気持ちが強かったんですか?
卑怯のほうです。この世にないものを創作しなきゃだめだって思ってたんですね。それがマンガ家という職業なんだって思い込んでいたものですから。ところが、やってみたら体験談だろうが実話だろうが、面白ければそれでいいじゃんって割り切りがついたんです。
──割り切り、ですか?
私は文学部出身なので、やはり昔は「マンガは出版物だし文学だ」と思って捉えていたんです。だから描いてて辛かったんですよ。だけど「マンガは娯楽じゃんか」と割り切る考え方を持てたときに、マンガなんて読み捨てられてなんぼだと、良い方向にいい加減になれた。タイトルも「これでいいや」とか、キャラクターも「後で変わるかもしれないけど、とりあえず最初はこれでいいや」とか。うまくできなくても見てくれる読者が何人かはいるんだって思えたときに、良い意味で読者に対する信頼感が生まれて。それで「娯楽」というふうに割り切ることができたというか。
──そんな高尚なものではなく。
例えば「描き下ろしに構想10年」とかいう完璧なものを求めていてもダメで。その時々で失敗する姿を晒し続けるっていうのがマンガだって思い始めたんですよ。それまでは恥ずかしい思いをしたくないっていうのが強力にあったんです。失敗してもいいのにね、マンガなんだから。だから、この「娚の一生」というタイトルについてもそんなに深く考えていなかったと思います。
──では、どういう流れで決めたんですか? とても印象的なタイトルですが。
「○○の生涯」とか「○○の一生」とか、無意味に大仰なタイトルを付けたかったんです。今、flowers増刊の凛花では「学生の生涯」という連載をやっていますけども。城山三郎さんの「男子の本懐」とか、昔からすごく好きなタイトルですね。そういう、人生をまるっと面倒見てくれるようなタイトルにしたかったんです。
──「娚」という字は本来は一般に「めおと」と読みますよね。これで「おとこ」と読ませているのは、どういう意図ですか?
「男の一生」だと海江田だけが主人公だと思われてしまうかもしれないから、「女」という字をくっつけました。つまり、モテそうなくせして初恋の女の人のイメージからずっと逃れられないでいる、そこで一生を終わるかもしれなかったんだけども、またつぐみに恋をして花開いてしまった男の話がひとつ。もうひとつは女性なんだけれども、社会的には男として生きている節があって、うっかりすると男として生きていかざるを得ない女性の話という。まあ最終的につぐみは海江田と出会って女性としての立ち位置に戻るんだけど。あとは、この字はなんだろうって思わせようという姑息な考えを……(笑)。
あらすじ
長期休暇を取って祖母の家で暮らしていた堂薗つぐみ。仕事は有能だけど、恋愛はイマイチという三十路の彼女の前に、謎の大学教授・海江田醇が現れる。かつて亡き祖母と交友があったという海江田はそのまま家に居つき、恋に疲れた女と、愛を求める男がひとつ屋根の下で共同生活を送ることに。
枯れ男の魅力で迫る海江田を、最初は頑なに拒んでいたつぐみだったが、いつしかその心も緩みはじめ、淡くも激しい恋模様が繰り広げられることに……。
西炯子(にしけいこ)
鹿児島県出身。高校在学中、JUNE(サン出版・当時)でデビュー。プチフラワー、月刊flowers(ともに小学館)をはじめ、多誌で活躍中。現在、月刊flowersで「ふわふわポリス 比留ヶ谷交番駅前始末記」のほか、6誌で連載中。最新作「娚の一生」(全3巻)は、「このマンガがすごい!2010」(宝島社)オンナ編で第5位を獲得したほか、「THE BEST MANGA 2010 このマンガを読め!」(フリースタイル)で第6位を受賞。マンガ大賞、ブクログ大賞にもノミネートされている。 その他の代表作に「ひらひらひゅ~ん」(新書館、既刊3巻)、「STAY」シリーズ、「亀の鳴く声」「電波の男(ひと)よ」などがある。