コミックナタリー Power Push - 西炯子「娚の一生」
初老男性と妙齢女子、恋の行く末は? 作者のマンガ家人生が詰まった意欲作
50代の大学教授・海江田と、大手企業に勤める30代女性・つぐみ。社会的な地位は築いていても、恋愛となると子供のような不器用さをみせるふたりの、ビタースウィートでもどかしい関係を描いた「娚の一生」。「このマンガがすごい!2010」オンナ編で6位、「THE BEST MANGA 2010 このマンガを読め!」で5位を獲得した今年度を代表するこの作品には、作者である西炯子自身の人生までもが投影されていた。コミックナタリーでは、キャラクター創作の秘密、地方に対する想いとともに、西がマンガ家という職業をどう捉えているかについてもたっぷりと語ってもらった。
取材・文/坂本恵 編集・撮影/唐木元
海江田は好きだけど、つぐみは嫌い
──まずは「娚の一生」の完結、お疲れ様でした。この作品の魅力はなんといっても海江田とつぐみというふたりのキャラクターにあるように思います。最近よく聞く「カレセン(枯れ専=老年の男性を愛好する趣味のこと)」という言葉を意識して、初老の男性を主人公に据えたのでしょうか?
割と世間ではそういう言われ方をしますけど、私にとっては51歳なんて枯れてもなんともないですね。まだまだ脂ぎっていて、これからという感じ。
──確かに海江田には、色気がありますもんね。
50代って世間では初老とか言われますけど、私の感覚では青年期のしっぽがまだ残ってる感じなんですよ。実家の父の姿を見てても、体力的にどうにもいかなくなって枯れざるを得ない年齢って、たぶん70歳を超えてからじゃないですかね。
──51歳という年齢設定には、西さん自身の好みも入っていたりするんでしょうか?
うーん、昔から同い年の男の人よりは、かなり年上の、お父さんくらいの年齢の方のほうが、付き合いやすかったところはありますね。どうしても私は性格的にちょっとこう、厳しいところがあるので(笑)。同年代の男の子にあまり人気がなかった代わりに、学校の先生とか、大人の人たちからは話を合わせてもらいやすかったんです。だからそのくらいの年代に対して、もともと好意的だったというのはあるかも。
──海江田とつぐみは、どちらが先にできたキャラクターなんですか?
海江田が先でしたね。となると相手があまりにも若い女性では、「お父さんと娘」の関係になって甘えてしまう。それでつぐみは30代半ばくらいにして、年齢の差を少し詰めました。それにちょっと中年に差し掛かった女性のほうが、人生の問題に直面しやすいかなと思ったので、つぐみの年齢が決まった感じです。
──51歳の男性像が先にあって、つぐみはそれに合わせたんですね。彼女はしっかりしたクレバーな女性という感じで、ちょっと西さんの作家像と重なるところがあります。
私の主人公の中でも、自分像が反映されているほうだと思います。だから以前、編集長に「西さんはこのつぐみという人物は好きなの?」と聞かれて、もう即答で「嫌です」って答えたんですよ。やっぱり同族嫌悪みたいなところがあって。毎月毎月、ネームを起こしてても、「こいつ嫌だなあ」という状態になってましたね。
──つぐみのどの辺りが嫌ですか?
ひと言で言うと人をバカにしているところというか、嫌味なところですよね。一生懸命じゃないというか。「どうせ私はできるから、7割の力でやってるけど」っていう。そのくせ、できないと言われると傷つく。そういう非常にもろいプライドの持ち主であるくせに、「どう?私を見て」っていう素直さがない。「できて当然」という顔をしているところが非常に嫌味。同じような人物が目の前にいたら、「あんたの気持ちはわかるよ。でも私はあんたのこと嫌いだ」って言っちゃうかもしれないですね。
──でも、つぐみはデキる人ならではの困難さが描かれてるのがいいなと思いました。
そういう人物像がどこから来たかをたどると、中島敦の「山月記」の、虎になってしまう主人公に行き当たるんです。あのイメージを強くつぐみに投影しているんですね。「山月記」は私が自意識過剰な人物を作る上で、非常に源泉になっている作品です。「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」というフレーズが出てくるんですが、エリートが持っている、嫌味な自尊心と傷つきやすいプライドを描くのが、嫌だなと思いながら一方では好きでもあるんでしょう。
あらすじ
長期休暇を取って祖母の家で暮らしていた堂薗つぐみ。仕事は有能だけど、恋愛はイマイチという三十路の彼女の前に、謎の大学教授・海江田醇が現れる。かつて亡き祖母と交友があったという海江田はそのまま家に居つき、恋に疲れた女と、愛を求める男がひとつ屋根の下で共同生活を送ることに。
枯れ男の魅力で迫る海江田を、最初は頑なに拒んでいたつぐみだったが、いつしかその心も緩みはじめ、淡くも激しい恋模様が繰り広げられることに……。
西炯子(にしけいこ)
鹿児島県出身。高校在学中、JUNE(サン出版・当時)でデビュー。プチフラワー、月刊flowers(ともに小学館)をはじめ、多誌で活躍中。現在、月刊flowersで「ふわふわポリス 比留ヶ谷交番駅前始末記」のほか、6誌で連載中。最新作「娚の一生」(全3巻)は、「このマンガがすごい!2010」(宝島社)オンナ編で第5位を獲得したほか、「THE BEST MANGA 2010 このマンガを読め!」(フリースタイル)で第6位を受賞。マンガ大賞、ブクログ大賞にもノミネートされている。 その他の代表作に「ひらひらひゅ~ん」(新書館、既刊3巻)、「STAY」シリーズ、「亀の鳴く声」「電波の男(ひと)よ」などがある。