放送中のTVアニメ「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」は、34歳の引きこもりでニートの男が剣と魔法の異世界に転生し、前世の記憶と後悔を糧にして人生をやり直すという物語。原作は投稿サイト・小説家になろう発の小説で、同サイトでの総合累計ランキングや、「このWeb小説がすごい!」の1位を獲得したこともある人気作品だ。
コミックナタリーではこのたび、原作者である理不尽な孫の手と、「無職転生」と同じく今クールに放送中のTVアニメ「『Re:ゼロから始める異世界生活』2nd season」の原作者である長月達平(鼠色猫)による対談を実施した。同時期に小説家になろうで連載をスタートした2人は、ともに「猫さん」「孫さん」と呼び合う間柄。そんな2人に、アニメ「無職転生」に期待していることや制作裏話、原作の魅力、そして創作にかける思いを語ってもらった。
取材・文 / 齋藤高廣
「『無職転生』は人生です」(長月)
──同時期に小説家になろうに作品を投稿していたおふたりですが、もしプライベートでの交流があれば、出会ったきっかけなど含めて教えていただけますでしょうか。Twitterで何度かリプライを送り合っているのは拝見しましたが……。
理不尽な孫の手 一番最初に会ったのはどこだっけ。
長月達平 直接会った場所は詳しく思い出せないけど、2013年頃に小説家になろうの作家が集まったチャットルームができて、そこで最初に知り合ったのは覚えてる。その頃、俺や孫さん含め小説家になろうの作家陣それぞれに出版社から書籍化の話が持ち込まれていて。でも、書籍化についてはみんな素人だから「この条件で契約していいのか」といったことを相談できる環境として、そのチャットルームが作られたんです。多いときで12、13人いたと思いますけど、そのメンバーで毎晩話してましたね。直接会ったのはそれより後で、何かの会合のときだったと思います。その会合があったのも2013年だったかな。
──では実際に会われたのは、ある程度チャットで話してからということですね。
孫の手 でも「実際会ってみたら全然印象が違った」みたいなことはなかったな。
長月 孫さんも、なっちゃん(※)も初対面って感じはしなかったよね。それからずっと仲よくしています。
※小説「この素晴らしい世界に祝福を!」の作者・暁なつめのこと。同作は小説家になろうで「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」「Re:ゼロから始める異世界生活」と同時期にスタートしたのち、書籍化の際にリメイクされ、角川スニーカー文庫から全17巻が刊行されている。「このすば」の愛称で親しまれており、2016年にはTVアニメ化、2019年には劇場アニメ化を果たした。
孫の手 USJ行ったり、飲みに行ったり、「モンハン」やったり、けっこう遊んでるよね。
長月 あとは健康診断オフもあった。
孫の手 あったねー。
長月 基本は遊び仲間です。同業者という感覚もあまりない(笑)。「『無職転生』面白いな」って話をする間柄。
孫の手 「『リゼロ』面白いな」ってね(笑)。
──かなり気心の知れた間柄ということが伝わってきました。今までの交流で印象に残ってるエピソードはありますか。
長月 初めてチャットルームで会ったときの衝撃は覚えていますね。同時期にそれぞれの作品が話題になっていましたから。当時はハンドルネームとか作者名を意識していなかったから「無職さん」「リゼロさん」って呼び合っていました。
孫の手 作品を更新するたびに、2ちゃんねるのスレッドで話題になってたよね。
長月 当時は俺が「リゼロ」、孫さんが「無職転生」、なっちゃんが「この素晴らしい世界に祝福を!」を毎日更新していて。それぞれ更新時刻が違ったので、1日を3等分して話題を奪い合っていました。
孫の手 なっちゃんが昼で、俺が夜で、猫さんが深夜で。
長月 だから俺はものすごく2人を意識してたんです。ライバル視していました。俺の作品の話題を奪っていくとんでもない奴らですよ(笑)。
孫の手 でも猫さんから「お前のこと嫌いだよ」みたいに言われたことはないよ。
長月 それを相手に言ってもしょうがないからね。自分が面白いものを書いて上回らないと。
孫の手 でも俺は猫さんのそういう自分を高めていこうというところ、努力家なところが好きで。「ラノベで頂点を取るぜ!」ということを言って、その努力をずっとしているから。チャットで話していてもそれがひしひしと伝わっていました。
──よきライバルということですね。おふたりともそれぞれの作品を読まれているとのことですが、お互いの作品の魅力をお聞きしてもよろしいでしょうか。
長月 俺から褒めていい?(笑)
孫の手 はい(笑)。
長月 「無職転生」の面白さは言うまでもないことではあるんですが、まずはルディという1人のキャラクターの人生を描き切ったところがすごいんですよ。「『CLANNAD』は人生」って言われますけど、俺にとっては「『無職転生』は人生」ですよ。
孫の手 (笑)。
長月 こういう壮大な作品を完結させるというのは、俺にはまだやれてないことなのですごいと思います。書いているうちにほかにいろいろ描きたいことが出てくるはずなんですけど、「無職転生」はルディの人生を描き切ることに集中していて、もちろん「このキャラはこのときこうしていましたよ」というエピソードはあるんですが、軸がブレていない。実は孫さんが表に出していない設定はたくさんあって、飲み会などでその設定を聞いて「あれってそういうことだったの!?」とか「あのキャラにそんな設定あったんだ!」と思うことがよくあるんです。でもその辺のいわば枝葉をばっさり切って、幹を大きく育てることに注力している。俺は自分が面白いと思ったこの形を、俺が思った通りにわかってもらいたい、と思って全部書いちゃうんですけど。孫さんはその辺り読者を信用しているのか、それとも興味がないのか(笑)。
孫の手 そんなことないよ(笑)。俺は読者の想像のほうが、俺の頭の中にあるものより上だと思ってるんです。だから自由に想像できたほうが読み手としては気持ちいいだろうなと。
長月 想像力がある人や、深読みする人ほど「無職転生」って読んでいて面白くなってくるんだよね。その証拠に、考察サイトもいっぱい作られていて。
孫の手 でも逆に言えば、俺なら読者に委ねちゃったり、そこまで書かないでいいだろうって妥協しちゃったりする部分まで全部書くが猫さんのいいところ。だから「リゼロ」は世界観がしっかり作られていて、そこが魅力になっているんだと思います。あと「リゼロ」の魅力といえば、最終ループのクライマックス部分。困難に次ぐ困難がきて、絶望に次ぐ絶望がきて。僕だったら、そのときにもう1回ループさせちゃって、次は余裕を持ってクリアさせちゃうと思うんですよね。そういう無駄なループがない。読んでいて緊迫感がある、ループものなのに余裕を持たせないっていうのが「リゼロ」の面白さじゃないかと思います。
長月 作品の特性上、無限にループができるとダレていくというか、どこかで手抜きループが出てくる。だから読者が緊張を維持できるよう、苦しい死に方をさせたり、楽々と抜けられないようにしたりしています。
孫の手 そこは「無職転生」との共通点かもしれないですね。「手に入れた能力があっても、簡単に困難を乗り越えることはできない」という。アプローチは違いますけどね。
長月 そうだね。なんだかんだいって「無職転生」や「リゼロ」がウケた理由は、主人公が楽をしないからなのかもしれない。だから「ストレスフリーなほうがウケる」みたいな話があるんですけど、あんまり実感として感じたことがなくて。
孫の手 むしろストレスフリーだと、どこかで頭打ちになっちゃう印象すらある。
長月 ストレスフリーだと、面白さの数値が100まではいけても、その先にはいけない気がしていて。俺らの書き方は、がんばり次第では150ぐらいまでいけると思っています。苦難を与えて、そこをいかに乗り越えるかというドラマを描きたいんですよね。
孫の手 そうだね。
「作品をもっとよくしようと思えたのは、猫さんのがんばりを見ていたから」(理不尽な孫の手)
──しっかり困難を描く、というのが2作の共通点であり、魅力でもあるということですね。そんな2作のもう1つの共通点といえば「異世界もの」というジャンルに属することかと思います。異世界ものそのものは古くからありますが、小説家になろうといった小説投稿サイトが土壌になり、昨今再び流行しているように思われます。流行の理由について、おふたりの意見を聞かせていただけないでしょうか。
長月 インターネットを使う人が増えて、Web小説が流行して。さらにスマートフォンが普及して、小説家になろうで作品を読む人が爆発的に増えたんですよね。そのとき流行ってたのが異世界ものだったから、こんなにこのジャンルの作品が増えたんじゃないかと。
──インターネット環境の変化が大きな理由ということでしょうか。
長月 はい。あと異世界ものって読むために勉強がいらないので、親しみやすいんですよ。このジャンルの作品にはRPGでよく出てくる中世ヨーロッパ風の世界観を踏襲したものが多いんですが、RPGってだいたいみんな遊んだことがあるじゃないですか。異世界ものというと「ドラクエっぽい」「FFっぽい」とよく馬鹿にされることもあるんですけど、でも俺はそれを全然悪いことだと思っていなくて。世界観の説明に序盤で文字を割く必要がないんです。
孫の手 いわゆるテンプレだよね。でもテンプレ自体は悪くなくて、使い方次第。その上に載せるものは結局人によって違うから。
長月 そうそう。あとテンプレって誰でも扱えるのがよくて。モンスターがいる、モンスターを倒したらお金がもらえる、ギルドがある、ほかの冒険者に「ミルクでも飲んでろ」ってバカにされる、そういうお約束が共通の前提としてあるから、たくさんの人が勉強せずに入り込める。そして読んでみて楽しかったから自分も書いてみようって人が出てくる。そうやって人が集まってきたんだと思います。
孫の手 主人公がレベル1から始めて異世界のことを学びつつ、試行錯誤しつつ、前の世界の知識や経験があるからその世界の人間では考えられないくらい効率よく強くなっていく。異世界ものはそういう気持ちのいい展開が作りやすい。書きやすさ、読みやすさが両立しているのが人気の理由なんじゃないかなとは思いますね。
──確かに、異世界ものは主人公が効率のいい方法を見つけて、ぐんぐん成長していく展開が多いですね。
孫の手 読者側としては、ゲームのRTA(※)を見ているような感覚になったりします。
※リアルタイムアタック(Real Time Attack)の略称。ゲームをクリアするまでの所要時間の短さを競うプレイスタイルのこと。
──異世界ものの世界観や面白さは、ゲームのそれに通じることがあるということですね。そんな同ジャンルの中でも人気のあるおふたりの作品ですが、他作品との違いはどこにあると思いますか?
孫の手 先ほどと重なるんですが、困難を簡単に乗り越えさせないところですかね。
長月 あとは当時、毎日連載を更新したことも大きいかなと。マンガで例えるなら、月刊誌より週刊誌に連載しているほうが興味を惹き続けられるというか。これはWeb小説特有のいい部分なんですけど、書いたものに対する読者の反応がとても早いので、それを受けてモチベーションが上がれば次を書きたくなる。「よし、明日も書こう。明日の展開はもっとすごいんだぜ」みたいな好循環につながっていくんですよ。それで毎日更新できたんですよね。
──Web小説としての強みをうまく活かせたということですね。
孫の手 Web小説の強みということでいえば、僕は感想を読んで展開を変えたりもしました。
長月 感想をすぐもらえるから、なんとなく読者が予想していることや、望む方向はわかるんだよね。
孫の手 わかっちゃう。だから望むほうに進みつつも、でもそのままではないよ、ちょっと裏切るよ、もっと面白い展開になるよ、というふうに書き進めることができたのはよかったです。
長月 どちらの作品も思い通りにならない部分があったり、あるいは思いがけない形でクリアできる部分があったりして。「期待は裏切らない、でも予想は裏切る」展開をうまく作れたから、多くの方が読んでくれたんじゃないかなと。
──「無職転生」と「リゼロ」の共通点についていくつかお話しいただきましたが、さらにもう1つ共通点を挙げるとすれば、どちらも前世での後悔や、悲惨な運命を「やり直す」ということにこだわっている作品かと思います。おふたりが「やり直す」ということを描くうえで、気を付けているポイントはあるのでしょうか。
長月 失敗したり、後悔したりしていることについてどうにか挽回しようと本気になる、手を抜かないで取り組むって、俺はすごくカッコいいことだと思っていて。大きな困難に対して、自分にできる試行錯誤を突き詰めて、立ち向かう姿勢をしっかり描こうと思っています。
孫の手 「無職転生」のサブタイトルじゃないですが、「本気だす」ってやつですね。僕のほうは「何に失敗するか」という部分にこだわっていて。その気になれば「全部成功しました」という話を書くこともできたんですけど、ルーデウスは前世では引きこもりでニートだったので、経験していないことが多いと思うんです。そして経験していないことが一発で成功するってまずないはずなので、彼が前世で経験していないことは高確率で失敗させるようにしました。そのうえでいかにいま自分にできることをして、失敗した後のフォローをするか。そこを描くことにこだわっています。
──まさにキャラクターが「本気だす」姿勢を描くことにこだわっているということですね。おふたりともアプローチは違えど、作品作りについて近い考えを持っている印象を受けました。互いに影響を受けた部分はあるのでしょうか。
長月 作品の内容から受けた影響もありますが、俺は作品の存在そのものに多大な影響を受けていますね。今でこそ累計のランキングは塗り替えられましたけど、それまでの「無職転生」は不動の1位で、抜けない位置にずっといてくれた。「リゼロ」は今おそらく5位、6位辺りにいるんですけど、これはアニメ化によるブーストがかかっているからなんです。そういう影響とは無関係に1位を獲り続けていた「無職転生」は、Web小説界のキングなんですよ。今後人気が出る作品は早い段階でアニメ化されていくだろうから、アニメ化に関係なくランキング1位になるということはまずないと思う。だからこれからどれだけ順位が変わっても、俺の中で「無職転生」が1位ということは変わらなくて。「無職転生」を超えていかなければならないというモチベーションでずっと作品を書いています。
孫の手 照れる(笑)。影響を受けたといえば、「無職転生」最終章のクライマックスは「リゼロ」を参考にしています。「リゼロ」がこれだけ主人公を追い詰めているんだから、「無職転生」でもそうしよう、と。できているかどうかはわからないんですが。
──かなり重要な箇所で「リゼロ」に影響を受けているということですね。
孫の手 はい、正直そこは「リゼロ」の真似をしました(笑)。でも、そういう他作品のいいところはどんどん真似していきたいと思ってますね。累計1位を獲ったとき、1位になったからって唐突に自分の実力が上がったわけではないんだろうなとは思っていて。じゃあ、自分の実力が上がっていないんだったら、ほかから吸収していかないともっといいものは書けないはずだよねと。そう考えて、いよいよ最後のクライマックスを書かなきゃいけないとなったときに、一番参考にしたのが「リゼロ」でした。
長月 めちゃめちゃニヤニヤしてしまう(笑)。
孫の手 (笑)。あと、そういうふうに作品を「もっとよくしよう、もっとよくしよう」と思えたのは、猫さんのがんばりを見ていたからで。僕は一時期かなり格闘ゲームにのめり込んでいたんですが、そのとき本当に強くなるためにやらなきゃいけない努力を、わかっていたうえでやらなかったんです。でも知り合いにそれを実行して結果を出した人がいて。小説家になろうで同じような努力をしている人は誰だろう、と考えたときに、真っ先に浮かぶのは猫さんだった。だから猫さんのやり方を僕は信頼していて、「こいつは絶対に結果を出す奴だから、真似をしよう」と思いました。そういう創作の姿勢についても、影響を受けていますね。
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「無職転生」と「リゼロ」が並び立つ冬クールに“万感の思い”