コミックナタリー PowerPush - 蟲師
監督と総作画監督が語る「みんなで観る最終回」とは
上映するにあたって、それに足る価値を持たせたい
──今まで原作の前後編構成のエピソード「棘のみち」「日蝕む翳」は、特別編として1時間スペシャルでTV放送されました。今回劇場版での制作はどのように決まったんでしょうか?
長濱 TVだと放送時間の都合もあって、「鈴の雫」の1時間枠がいつ取れるのか、「続章」終了後にどういった状態で放送できるのかがわからなかった。だとしたら、TVシリーズが終わって劇場に、っていうほうが時期も調整できるし、みんなでイベントに参加するような広がりも生み出せると思ったんです。
──なるほど。
長濱 ただ危険性もあって。要するに、「TVはここまで、続きは劇場で」ってなるんだとしたら、それはあまりにも酷いんじゃないかと。そういうふうに見えるような作り方だけはしたくない。ちゃんと上映するにあたって、それに足る価値を持たせたいし、そこに別な要素もちゃんと入れたい。ということで「棘のみち」も同時上映して、ちゃんとパンフレットも出すんです。パンフレットには馬越さんの原画が大量に、すごく大きく載ってて、見応えがあります。
馬越 丁寧に描いてますもん。
長濱 漆原さんの描き下ろしもあるんですよ。
──それは楽しみです! 同時上映作品に、2つある1時間スペシャルから「棘のみち」を選ばれた理由は?
長濱 「棘のみち」は、自分が映画館の大きいスクリーンで、いい音響で観たい作品だったので。ダイナミックな話なので、劇場で観ると迫力があるのではと完成したときから思っていて。それに小さい蟲も細かく描いてるんですけど、TVじゃあまり見えなかった。あとやっぱり淡幽大好きなんで、劇場で見たいなって。淡幽万歳!
馬越 淡幽は大変なんですよ……。
長濱 淡幽の作画だけ俺の細かい修正が入るからね(笑)、この人(馬越さん)、「どうせ直すんでしょ」っていっつも言ってます(笑)。
馬越 劇場版だと音響もすごくなりますね。音はね、ヘッドホンで聞いてるだけでもすごいじゃないですか。5.1chだとどうなるんだろう。
長濱 音と言えば「鈴の雫」の鈴の音もすごいですよ! 音楽の増田さんが鈴をリンリン鳴らして、いくつもいくつも録音して、それをバアっと増殖させるんですよ。ただの効果音ではなく、あれは実は演奏された音楽なんだ、ってことに注目していただきたいです。
“ハダカ木箱”っていう、新しいジャンルを開拓したね(笑)
──今年の4月1日に、「劇場版『MUSHI-SHI ~The Perfect Love~』」というエイプリルフール企画が公開されました。(参照:「蟲師」が壮大な劇場版に?4月1日限定でギンコが人類を救う)。この企画が実施された経緯を教えていただけますか。
長濱 アニプレックスのプロデューサーの悪ふざけ、のひと言ですね(笑)。いや、確かに俺ら、「蟲師」で格闘ゲームとかやれたら面白いねって言ってた。淡幽が箸でつまんで文字投げてきたりとか!漆原さんも「面白い、私は許諾しますよ!」って言ってくれて。でもエイプリルフールの企画でやろうとは思ってなかった。アニプレックスが「エイプリルフールなら出せますよ、アレが!」ってなって。あとはもう馬越さんの責任ですよね。
馬越 俺は監督の指示通りに……。
長濱 いいえ! 俺はざーっくり描いたんです。「蟲師」のパッケージとかと一緒で「こういうのがいいなー」って構図を伝えたら、にいやんが「ああわかったわかった、じゃあ描く描く」って言ってくれて。でもこれに関しては、「どうするのが一番面白いかわかんない」ってパッケージより迷ってましたね(笑)。
馬越 本編でも来ないような修正が入ってきて……。(キービジュアルを指して)ここにたまがいるんですよ。で、もう1人たまを描けって言われて。
長濱 いやいや、ラフにはちっちゃいたまを描いてたんですよ。でもにいやんはちっちゃいたまを描かずに、すんごいぞんざいなたまを描いてきて。でもこのぞんざいなたまが面白くって、笑っちゃって。
馬越 えっ! ちっちゃいたまがラフにいたこと、初めて知りました(笑)。
──おふたりの合作だということがよくわかりました(笑)。個人的に、ギンコと淡幽のラブストーリーみたいなのがすごく観たくて……。
長濱 すごいでしょ。もう1つのキービジュアルがラストシーンに近いんだけどね、それが素晴らしいんだよ。俺はね、単にハダカで抱き合ってる、80年代にありそうなアニメのビジュアルを想定していたんです。そしたら「ハダカに木箱の組み合わせだけで面白い」って言って、描いてきたのこの人ですよ!
馬越 それくらいですよ、俺の案が反映されているのは。
長濱 “ハダカ木箱”っていう、新しいジャンルを開拓したね(笑)。このイントロダクションも、「蟲師」原作の編集担当の宮崎さんが俺が話したストーリーを全部メモして、そこから作ってくれたんですよ。
──漆原さんはなんておっしゃっていたんですか?
長濱 漆原さんはすごく喜んでくれて! こんな愛のあるいじりをしてくれて本当うれしいとおっしゃっていただいて。一番喜んでくれましたね。ギンコかっこいい!ってメールが来ました。
馬越 (笑)。実はキービジュアルの真ん中にいる金髪の女は、原作のどこにもいないんですよね。
長濱 「これ誰?」って言わせるためだけに出したんです。名前もちゃんとあるんですよ、「理ちゃん」。
馬越 ことわりちゃん?
長濱 そう。ギンコは1回死んで、理ちゃんに生き返らせてもらうんです。そのときに与えられるのが、ギンコが持ってる、このでかい虫ピン。すごい話なんですよ。
- 「蟲師 特別編『鈴の雫』」
- 2015年5月16日 劇場公開
- 「蟲師 特別編『鈴の雫』」
ヒトから生まれ、ヒトとは成れぬ事を定められたモノが在った。
摩滅しゆく心に灯るは無数の光──己を取り巻く総ての生命という輝き。
往くべき処を悟るモノ、還るべき温もりを示す者。
其々が其々の“生”を全うする刻、かの地に鳴り渡るのは──幽寂なる調べ。
スタッフ
- 原作:漆原友紀(講談社 月刊アフタヌーン 所載)
- 監督・シリーズ構成:長濵博史
- キャラクターデザイン・総作画監督:馬越嘉彦
- 美術監督:脇威志
- テクニカルアドバイザー:大山佳久
- 撮影監督:中村雄太
- 編集:松村正宏
- 音楽:増田俊郎
- 音響監督:たなかかずや
- アニメーション制作:アニメーションスタジオ・アートランド
キャスト
- ギンコ:中野裕斗
- 声:土井美加
- カヤ:齋藤智美
- 葦朗:小川ゲン
長濱博史(ナガハマヒロシ)
1970年生まれ。1990年、マッドハウスに入社。「YAWARA!」などさまざまな作品に参加した後、フリーランスになる。1996年に「少女革命ウテナ」のコンセプトデザインを担当し、以降はプリプロダクションとしての作品参加も増えていく。2005年には「蟲師」にて初監督を務め、高い評価を獲得。東京国際アニメフェアでは、第5回東京アニメアワードのテレビ部門にて優秀作品賞を受賞した。このほか代表作は、OVA版「デトロイト・メタル・シティ」「惡の華」など。(長濱の「濱」は正しくは旧字体)
馬越嘉彦(ウマコシヨシヒコ)
1968年生まれ。「魁!男塾」などの東映作品の動画を経て、「ママレード・ボーイ」からキャラクターデザインに携わる。「ハートキャッチプリキュア!」のキャラクターデザインで、東京国際アニメフェア2011・第10回東京アニメアワード個人部門キャラクターデザイン賞を受賞。長濱監督とは「蟲師」のほか、「十兵衛ちゃん」などでタッグを組んでいる。
©漆原友紀/講談社・アニプレックス