「ミューズの真髄」文野紋インタビュー|トラウマに夢でうなされる、克服できていないコンプレックスがある……。そういう人に届けたい、23歳OLの人生リセット・ストーリー (2/3)

中3でジャンプに投稿、20代でマンガを再開

──文野先生の好きな作品について、もっと聞いてみたいです。

マンガだと、少年マンガ、少女マンガ、青年マンガ、どれも好きでよく読みます。少女マンガだと例えば高屋奈月先生の「フルーツバスケット」にはめちゃくちゃ影響を受けていると思います。少年マンガだと、冨樫義博先生が大好きで……これ言ったことないんですけど、実は中学3年生のときに1回だけ週刊少年ジャンプ(集英社)に投稿したことがあります……。

──ジャンプに! 意外です。

本当に箸にも棒にもかからなかったです(笑)。当時は「幽☆遊☆白書」が好きすぎて、ヤンキー主人公のラブコメマンガを投稿しました。冨樫先生の作品はどれも大好きなんですけど、「レベルE」を読んだときに「こんな面白いマンガってあるんだ!」と衝撃を受けました。すこし青年誌っぽい雰囲気じゃないですか。だから「レベルE」から青年誌にもハマって、岩明均先生の「寄生獣」に手を出したり。村田雄介先生の「ヘタッピマンガ研究所R」のインタビューも真剣に読んでいました。ただ、自分でマンガを描くのは中3以降全然やっていなかったです。

──10代後半はずっと油絵の勉強をやっていた。

そうですね。美大受験を諦めてフリーターをやっていた時期に、Twitterにイラストをアップするようになりました。そのイラストを翔泳社の「ILLUSTRATION」シリーズで取り上げてもらえて、小説の表紙やポスターなどのイラストのお仕事をいただけるようになりました。

──当時は「フミヤぶん」名義で活動していらっしゃいましたね。

はい。当時「自分はイラストだけで生活していくのは無理だろう」という気持ちがありました。そういうタイミングで、自分の知り合いのイラストレーターの方がマンガをTwitterにまとめてアップして、すごく読まれていたのを見ました。イラストがすごく上手な方で、イラストも見られているんですけど、マンガはさらに話題になっていて。今思うと短絡的なんですが、「マンガって見てもらえるんだ」と思って描くようになりました。名義はマンガ家としてデビューする際に、マンガ家さんは普通にありそうな名前が多い印象があったので改名したんです。文野紋という名前は、予備校時代の恩師につけていただきました。

第1話より。キャラクターの生活が感じ取れるような細かな背景描写は、文野紋が得意とするところ。

第1話より。キャラクターの生活が感じ取れるような細かな背景描写は、文野紋が得意とするところ。

──デビューは月刊!スピリッツ(小学館)でした。

スピリッツの新人賞に投稿して担当さんがついて、初めて雑誌に掲載となったのが「君の曖昧」。Twitterにも「彼氏が女装趣味だった話」としてアップしている作品です(参照:文野 紋/ふみのあや (@bnbnfumiya) | Twitter)。でもこのネームがなかなか通らなくて……。一般的な読み切りのボリュームである40ページ前後のネームを作るのにけっこう難航してしまったのもありますし、お話を作っていく中で「起承転結があってハッピーエンドの話じゃないといけないのか?」みたいな気持ちがすごく大きくなっていた時期でした。今思うとマンガに詳しくないからで、当時担当さんが指摘してくれていたことも全部正しいと思うんですけど……。いろいろと悩んでいた頃にコミティアに初めて行って、衝撃を受けました。「こういうマンガがあるんだ!」と。

──コミティアはオリジナルの同人誌即売会。プロやアマチュアがさまざまな作品を発表しています。

強く印象に残っているのが、たいぼくさんの「ブルーモーメントの娘たち」という作品です。女の子2人が遠くに行くお話なんですが、いわゆるハッピーエンドではない、暗い感じで、だけどすごく面白い。こういう方向性のお話を描いてみたい、自分もコミティアで出してみたいと思って、商業誌用のネームを進めながら、コミティア用の原稿も同時に描いていました。それが短編集の表題作でもある「呪いと性春」です。

──同時進行だったんですね!

コミティアで出した「呪いと性春」を、月刊コミックビーム(KADOKAWA)の清水編集長が手に取って読んでくれていたそうなんです。それをきっかけに連載の話をいただいて、今の「ミューズの真髄」につながっています。

「他者」がいないと変われない

──連載は初めてですが、感じている苦労はありますか?

コミックビームでは毎月30~40ページをいただいているんですが、「その中で一山あったほうが読んでいて面白いだろうな」「全体の流れも単調になってはいけないな」など、読み切りよりも考えることがずっと多い。もともと詰まるとしたらネームのほうなので、最終話までにどこでどんなことを描くかのプロットをまとめていました。そうでないとネームで詰まってしまったと思います。

第3話より。

第3話より。

──では、今の展開はそのときに決めた形で進んでいるんでしょうか。

いえ、当初のプロットから変わったところもありますし、思っていた以上にマンガって、描きたいことよりもページ数がかかってしまうな……とも感じています。自分の勉強不足なんですが、自分の頭の中ではサクサク話が進んでいても、実際そのキャラクターを描いていくと「このキャラはここで言い返しそうだな」という感じでやり取りが増え、そのぶんページ数が増えてしまったり。鍋島や美優の母など、「彼らをもっとしっかりと扱いたいな」という気持ちも出てきて、当初想定したものとページの割き方が変わってきそうです。

──楽しみです。今後、本作はどういった方向に進んでいくのでしょうか。

美優は予備校に通い始め、美術に再度挑戦する中で、美優の根本的問題である、家庭の事情や失敗によるトラウマで自分をうまく愛せない……という部分に向き合う機会が増えていきます。1巻に関する個人的な反省は、ページ数の問題で美術と向き合う要素が少ない印象になってしまったことでして……。いまだに夢でうなされるようなトラウマがある人、克服できていない過去のコンプレックスがある人に届けたいと思っているので、そういう方々にぜひ手にとっていただきたいです。

──美術方面の展開で言うと、1巻で登場した予備校のTA(ティーチングアシスタント)を担当している現役美大生・月岡さんも気になっています。

第3話より、美優が通うことを決めた美術予備校の講師・月岡未来。

第3話より、美優が通うことを決めた美術予備校の講師・月岡未来。

彼女は「受かった側」の視点を持っているキャラクターです。「コンプレックスがない人間なんていない」と私自身思っているのは、予備校時代の友達の存在が大きくて。私が目指していた美大に合格している人もいて、とってもすごいことではあるんですけど、だからといってその子たちを見ていると、「自分は天才だ」と思っている人は本当に1人もいなくて、みんな葛藤してめちゃくちゃ苦しんでいます。美優はまだ「美大に受かったら苦しみが晴れる」と思っているけど、そういう美優に対する目線を、月岡さんを通じて描けたらなと。

──美優、鍋島、龍円の人間関係も変化するんでしょうか。

例えば世界に自分1人だけだったら、「自分を受け入れていく」「自分を好きになる」「成長する」ことってすごく難しいと思うんです。自分が変わるには他者との関わりが大きな要素だと思っています。鍋島にしろ龍円にしろお母さんにしろ、他者と関わることがきっかけになって美優が変わっていく、人間関係も動くということが絶対にあると思うので、そういった部分を描いていきたいです。

プロフィール

文野紋(ふみのあや)

2020年、読み切り「君の曖昧」が月刊!スピリッツ(小学館)に掲載され商業誌デビュー。2021年1月にはデビューから約1年という、新人としては異例のスピードで短編集「呪いと性春 文野紋短編集」を上梓する。同年9月、月刊コミックビーム(KADOKAWA)で「ミューズの真髄」を連載開始。

次のページ »
第1話試し読み