体温を感じさせる演技表現
──キャラクターのお話を続けさせてください。モリアーティ3兄弟は、どこをポイントにキャスティングされたのですか。
はた “貴族らしさ”が求められるのは当然ですよね。自分はそこを重視しようと思っていました。でも、監督は少し違っていて。ウィリアムやルイスは出生が平民なんですよ。そのうえで今は貴族として振る舞っている。じゃあ演技としてそこを感じさせる……表現として体温を感じさせるところまで求めたい、というスタンスだったんです。
──監督はさらに微妙なニュアンス感を求められていたと。
はた ええ。ですから、達者な方を集めたのですが、実際に3兄弟を決めるにあたっては、ちょっと難航しました。我々2人だけで選んでいるわけでもないですし、みんながみんな「この人がいい」みたいな意見があって。ただ、オーディションで1位の人たちを並べたからといって3兄弟が成立するかというと、そうではないんです。苦労しましたね。最終的にはウィリアムを中心にしてバランスを考えました。
野村 「実際のキャラクターと年齢感をなるべく近く」というのもポイントでした。ウィリアムが真ん中で、アルバート、ルイスがそれより上、下になるように意識しました。
はた 僕がよく気にするのは、アフレコブース内の声優さん同士の関係性なんです。そこが作品にシンクロしてるほうが、うまくいくことが多いんですよ。そこも意識していました。ただ、キャラクター1人ひとりがしっかりと描かれていて深いので……。「弟だからかわいい」みたいな、いわゆる“記号”ではないですから、ブース内も単純な関係性で片付けられないんですよ。これぐらい繊細な作品になると、そこも難しかったですね。
野村 ウィリアム役の斉藤(壮馬)さん、アルバート役の佐藤(拓也)さん、ルイス役の小林(千晃)さんも、現場で芝居をする中で、お互いにバランスを取りながら芝居を完成させていったのだと思います。アフレコ前にはウィリアムとルイスの声が近くなってしまうのではという懸念もあったんです。だけどしっかり演じ分けてくださっていて、ありがたかったですね。
──実際にキャスティングが決まったところで、この作品ならではのディレクションはありましたか。
はた モリアーティ3兄弟は三人三様の佇まいがあって、静の印象があると思うんです。一方で悪いことをやっている貴族たちを動と捉える場合に、そのコントラストをちゃんと付けたいと。そこはわかりやすくやっていますね。
──それはゲストキャラクターのキャスティングにも関わりそうですね。
はた 犯人役的な人に割とピーキーな方をキャスティングできるようであれば、お呼びしています。そのあたりにも期待していただければと。
野村 3兄弟の中ではウィリアムの演技が一番難しいと思います。何を考えているかわかりづらいこともあるので、ダークになった瞬間、声もつい落としたくなると思うんですよ。でも、ウィリアムはそういうことがあまりない。ずっと同じままフラットなので。
──それは難しそうですね。
野村 同じなのに声の裏側にダークさを含めてしゃべってもらうのは、難しい注文だろうなと。斉藤(壮馬)さんも苦労されているのではないかと思います。
──シャーロック側はどういうディレクションだったのでしょうか。
野村 そもそもシャーロックの登場自体が遅めなんですよ。なので、バランスを取るのはけっこう難しかったかもしれません。
はた ウィリアムと対峙したときに、お互いが面白いバランスで印象に残るようになるといいなと。今回視点がモリアーティ側からなので、シャーロックがジャスティスの位置付けでもダメなんですよ。なので、白でも黒でもない、グレーにもっていこうと。時代の表舞台に立っているのはシャーロックで、そのシャーロックをあえて持ち上げるためにウィリアムの動きがある。その流れも含めて、2人が対峙したときのバランスを重視していました。
原作の解釈を踏まえた上での第1話
──第1話を拝見して驚いたのですが、原作にないエピソードですよね。
野村 原作だと時系列どおり少年編から進んでいきますが、アニメの第1話は大人になったモリアーティ3兄弟から始めているんですね。彼らが普段何をしている人間なのかを、先に見せておきたかったんです。細かくは描かないとしても、悪徳貴族を殺している、特殊な立ち位置のキャラクターである。果たしてその理由はなんなのか。そこから原作の第1話に戻ろうと。
──多少トリッキーにも見える作り方ですね。
野村 いきなりシーンが飛んだように見えるかもしれませんが、象徴的にしたかったんですよ。だから、エピソード0だと捉えているんですね。ただ、それだけでは終わっていないのですが……。
──どういうことですか。
野村 じつはアニメの第1話は、原作側から今後の展開を聞いたからこそ成立した話数でもあるんです。原作の先の展開を見越して、この段階で見せるものは見せておこうと。冒頭のアバンシーンもそうなのですが……。
──少年が「シャーロック・ホームズ」の「最後の事件」を読んでいて、モリアーティの挿絵で終わる一連のシーンですよね。ウィリアムたちが活動している時代より少し先の未来だったようですが……。
野村 そうですね。原作を知ってる方は「誰だろうこの人たち……」と思うのではないかと(笑)。
はた キャストも豪華ですからね。ただのモブではないですよ(笑)。含みをもたせている感じですね。
野村 彼が読んでいる「最後の事件」は原作において大事な要素なんですよ。それをどうしても先に見せておきたかった。その他にもいくつか原作から変更している部分はあるのですが、最終的にたどり着くところは同じになるよう意識しています。原作を知っている方ほど、「あれ?」と感じる部分もあると思いますが、そこはむしろ楽しみにしてもらえるとうれしいです。
はた 原作とアニメの構成は、細かい説明の流れや仕掛けが少しずつ違うんですよ。各エピソードごとに違っていたりするので、面白いです。最近は原作から一言一句引き写す作品が多い中、いい意味で驚かされることもあります。エピソード終わりの引きが、次にちゃんとつながっていたりするので。原作ものでありながら、コンテやアフレコ台本が新鮮に読めて、僕自身もすごく楽しみにしながらやってます。
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“色”が伝える本当の冷たさ