TVアニメ「憂国のモリアーティ」 野村和也(監督)×はたしょう二(音響監督)対談|“色”で伝える感情と空気。モリアーティ3兄弟が生きた世界に没頭してもらいたい

10月11日より放送がスタートするTVアニメ「憂国のモリアーティ」は、竹内良輔が構成、三好輝が漫画を手がける同名作品を原作に、シャーロック・ホームズの仇敵として知られるモリアーティ教授を描く物語。誰もが知る推理小説「シャーロック・ホームズ」シリーズを原案としつつも、シャーロック・ホームズ最大の敵であったジェームズ・モリアーティを主人公側に据え、イギリス階級制度を是正する戦いを描くという、ユニークな視点を持つ。また、モリアーティを3人の美しく聡明な兄弟として描いており、その絆の深さも見どころのひとつだ。

コミックナタリーではTVアニメ「憂国のモリアーティ」の放送を記念し、5回にわたる連載企画を展開。特集の第1回では、監督の野村和也と音響監督のはたしょう二の対談をお届けする。

取材・文 / 武井風太 撮影 / 佐藤類

作品との出会い、3兄弟の絆

アニメ「憂国のモリアーティ」ティザービジュアル

──アニメ「憂国のモリアーティ」の音響監督をはたさんに、と持ちかけたのは野村監督だったそうですね。

はたしょう二 ええ、ご指名をいただいたんです。いや、正直「なんで自分だったんだろう」と不思議で。今日はこのインタビューで聞いてみようと思っていました(笑)。

野村和也 (笑)。実は僕、マンガ原作の監督って初めてだったんですよ。ですから、TVシリーズでマンガ原作を得意とされている方にお願いしたくて。はたさんはマンガ原作の作品をたくさん手がけられていますし、アニメーションプロデューサーの大平くんからの推薦もあったので。

──はたさんは「ワンパンマン」など、ジャンプ系列の作品も手がけられていますからね。

はた 僕自身はマンガ原作だからどうという感覚はなくて。お仕事が決まってからフラットにその世界に浸かっていくんですね。この「憂国のモリアーティ」も、お話をいただいてから読んだのですが……うちの若い子たちが「えっ!」って驚いていたので、これ断っちゃいけないやつなんだって。

──そこが決め手になったんですか。

はたしょう二

はた いやいや、もちろんそんなことはないですよ(笑)。でも読んでみて、これはすごい作品だなと引き込まれました。まずは絵ですね。細くて緻密な線が素晴らしいなと。それと、(シャーロック・)ホームズや(ジョン・H・)ワトソン視点の作品は過去に携わった経験があるのですが、モリアーティ側からなのが非常にユニークだなと思って。

──原典の「シャーロック・ホームズ」シリーズでは、あくまで敵側ですからね。

はた 内容も「必殺仕事人」みたいなテイストがありつつ、原典の悪役側ならではの闇を背負っているところもあり、それが両立しているんですよね。見どころが多い作品です。

野村 「僕らの知っているあのホームズが、実はモリアーティの階級制度に対する戦いに巻き込まれていた側だった」という視点が面白いですよね。僕たちがイメージするシャーロック・ホームズの人物像がどうできあがったのか、その過程にがっつり絡む描き方だと思うんです。

──ウィリアムの壮大な思惑のうちにシャーロックもいるわけですよね。そのウィリアムをはじめ、モリアーティ3兄弟についてはどのようにお考えですか。

野村 3兄弟の強い絆がいいですね。アルバートは血がつながっていませんが、そこも含めて“家族”を感じます。ウィリアムも、一見何を考えているかわかりづらいですが、不器用で感情に出せていないだけで、ちゃんと兄弟や仲間のことを考えている。この3兄弟が、世直しのために戦っていく姿が好きなんです。

──ウィリアムが何を考えているのかといったことは、原作側とすり合わせをされたのですか。

アニメ「憂国のモリアーティ」より。

野村 はい、いろいろと確認をさせてもらいました。天使か悪魔かわからない、それがウィリアムの魅力だと思うのですが、原作を読んでいた当時は先の展開が分からないこともあって「このときにはどういう感情でこのセリフを言ったのか」が自分の中で解釈しきれないこともありました。ただ、そういった疑問は原作のエピソードが公開されて読み進めていくうちに氷塊しましたね。今では彼の優しさや考え方も腑に落ちています。

はた アニメ版ではむしろ彼らの感情はわかりやすくなっている気がしますよ。

野村 そうですね。物語を作るうえで感情のラインは大事なので、整理して描くことで、そう見えるのかもしれません。

気にしているのは「背筋の美しさ」

──まずは絵についてお話を伺えればと思います。原作の流麗なキャラクターをアニメに落とし込むにあたって、ご苦労はありましたか。

野村 キャラクターデザインの大久保(徹)さんは、「戦国BASARA」でもキャラクターデザインでご一緒していて、僕も付き合ってずいぶん長い方です。プロフェッショナルとして原作の雰囲気をきれいに落とし込んでくださるので、細かい注文を僕からしたことはないですね。

──それは頼もしいですね。

野村和也

野村 それでもあえて言うとすれば、アルバートが一番難しかったのだろうと思います。「憂国のモリアーティ」のキャラクターは、実は大人でも目が大きめに描かれているんです。かといって、大人っぽくしようと思って目を小さく描くと、途端に違うキャラクターになってしまう。加えてアルバートは、髪型も難しい立体をしてるんですよ。だからバランスも難しい。最初は苦戦する部分もありましたが、最近は設定からさらにブラッシュアップしたものが上がってくることもあります。

──ご自身の中で、絵がアップデートされているんでしょうね。

野村 そうですね。結果的に大久保さんにしか描けない絵が上がってきていて、抜群に美しい。もう見るたびに感動しています。

──近年の作品と比べると髪の束が随分多い印象があります。

野村 確かにそうですね。ディテールが抜けてしまうと、背景と合わなくなるんです。原作も細かく描かれているので、そこはある程度拾う必要がありますし、トータルデザインとして画面になったときに、違和感のないかたちにしないといけない。ただ一方で、動きのあるアニメーションとして落とし込む際、髪をどこまでバラつかせて描くべきか難しいですね。

──今、背景のお話が出ましたが、19世紀末のロンドンを描くにあたって、どのような点に留意されましたか。

野村 今の日本とはまったく違うんです。馬車や人の服装、街の構造と見慣れないものばかりで構成されていて、唯一共通してるのは左車線ぐらいで(笑)。だからふと気を抜いてしまうと、時代性を感じない絵になってしまうんです。例えば電気がないので、電灯もないんですよ。ランタンやガス燈、ろうそくの明かりなので、そこは気を付けるようにしてますね。

──光源をどう表現するかにも関わってきますね。

野村 そうですね。リアリティを求めすぎてはいないのですが、とはいえ光源にある程度もとづいた影付けにしないと違和感が出るので気を付けています。

はた 音の面でも、どちらかというとリアルに振っていますね。例えば汽車の音ひとつとっても実際に当時の音が残っているものは、それを使ったりもしています。

野村 それと人のことを言えないのですが、アニメーターって猫背な人が多いんですよ。だから描くキャラクターも同じようになってしまうんです。

──(笑)。そんなことがあるんですか。

野村 意外かもしれませんが、(アニメーターは)いちばんよく見てるものをベースにして描いてしまうので、本人にその気がなくとも猫背にしてしまうんです。「背筋を真っすぐに」と指示することが多いですね。特にモリアーティ3兄弟って、シルエットが美しいじゃないですか。

──確かに。この作品の魅力のひとつとすら思えます。

野村 あの時代ってスーツも基本的にオーダーメイドなんです。身体にぴったり合っていないといけないし、貴族として振る舞っているので、背筋のラインの美しさは気にしていますね。

──野村さんが監督を務められた「ジョーカー・ゲーム」の登場人物も背筋が美しかったイメージがありますね。

野村 昔の人のほうがよほど背筋もきれいなんですよね。所作も含めて居住まいが美しい。光源にせよ、背筋にせよ、違和感を覚えず、その世界に没頭してもらえるのが理想です。