「みかづきマーチ」対談 山田はまち×宇垣美里|一生懸命でまっすぐだった“あの頃”を思い出す青春マンガ 吹奏楽に打ち込んだ宇垣美里が著者・山田はまちと語る

大会本番よりも、前日の練習のことをよく覚えている

山田 宇垣さんにお聞きしたいと思っていたんですが、同級生や後輩とケンカすることってありましたか?

3巻より、先輩相手にも歯に衣着せず意見をするアキラ。

宇垣 ありましたよ! 練習をしないでいられる意味がわからないと思っていましたし、負けず嫌いなので、「なんでこれができるようになってないの?」「県大会を目指してみんながんばっているのに、こんなことで足を引っ張らないで」みたいな言い方をしていたと思います。和を乱す言い方ですよね(笑)。「ここまでできたね」でよかったのに、「なんでここまでしかできてないの」って言っちゃって、結果ゴタゴタさせてしまった。顧問の先生ともケンカしました。

山田 ああ、できる側の目線ですね。

宇垣 だから部活動の中で、どうやって伝えれば練習してくれるのかみたいな言い方とかを学んだなと思います。いくら練習してくれと言ってもやらなかった人が、ちょっとした言い方の違いでやる気を出してくれるようになったりとか。

山田 後輩でいたら扱いづらそうですけど(笑)、先輩だったら心強そうな感じがします。あと、一番印象に残っているイベントってなんですか?

宇垣 うーん……それはやっぱり、大会かなって思います。シビアに結果も出ますし、そこで熱量の差が出てくるし。でも考えてみると、一番覚えている演奏って、大会に向けた練習のときかもしれませんね。大会当日のことはあまり覚えていなくて。

山田 前日の全体練習とかですかね。もう大会が明日なのに、先生に「これで本当に本番行くのか!」って喝を入れられたりするんですよね(笑)。確かによく覚えています。

宇垣 反対に、本番よりもすごく上手に吹けたりもするんですよね。ケンカばかりしていて、ガタガタの状態で本番前日の全体練習を迎えて、「もう明日じゃん」みたいな諦めムードで演奏しても、これまでの練習の成果が出て「うまくなってる!」「すごいじゃん、私たち!」みたいに盛り上がったり。

山田 合った瞬間の楽しさって、言葉にできないものがありますよね。

4巻より。顧問の菅田先生の指導で、基礎練習を積み重ねたマーチングバンド部。すると曲を合わせたときの完成度が全然違って……。

宇垣 それから吹奏楽部って、ほかの部活よりメンバーの個性が豊かになりやすいんじゃないかなと思っています。楽器も違えば演奏にかける熱量も違うし、だけど熱量が低いからといってその子を大会に出さないというわけにもいかない。よっぽど人数がいるようなところは違うかもしれませんが、レギュラーと補欠みたいなものもないですよね。人としては合わなくて、一緒に家まで帰ったりはしたくない相手だけど、でも音を合わせるのは楽しいという子もいたりして。そんなところが私はけっこう好きだったんですよね。

山田 わかります(笑)。吹奏楽の人間関係って、けっこう独特ですよね。

宇垣 大所帯だし、なんだか社会の縮図みたいだなって思っていました。団体競技ではあるんですけど、正直自分もあまり協調性がないのによくやっていたなって思います。でも、たまにすごい合奏ができたときの、演奏し終えたときのあの震えが忘れないところがあって、その瞬間のためにがんばっていたんですよね。それは1人では味わえないことだから。「みかづきマーチ」はそんな気持ちを瑞々しく思い出させてくれたので、これからも楽しみに読み続けていきたいと思っています。

マーチングのシーンをアニメで観てみたい

──2020年7月に1巻が発売された際、埼玉栄高校マーチングバンド部とのコラボPVが公開されましたよね。新型コロナウイルスの影響で、部活動に打ち込んでいる学生たちにはつらい日々が続いているかと思うのですが、山田さんはどんなことを感じていらっしゃいますか。

山田 かける言葉がないですよね。大会がなくなって、文化祭がなくなって、修学旅行がなくなって……そうした生活の中でも、工夫しながら活動を続けているっていうこと自体に、素直にすごいなって感銘を受けています。環境の変化を受け入れきれないところもあると思うんですけど、今まで続けてきたものを継承していこうって姿に、こちらが勇気をもらってしまっているというか。何かできることを探したいなって気持ちにさせてもらっています。思うように活動ができていない人たちは、もしかしたら今このマンガを読むのはつらいかもしれないけど、気持ちが落ち着いたときに読んで、楽しい気持ちになってもらえたらいいなと思いながら描いています。

宇垣 音楽はこれからも続けてくれたらいいですよね。きっと人生のいろんなタイミングで、それが支えになることがあるんじゃないかなと思います。大会には行けなかったとしても、みんなで演奏したことや、すごく練習したんだっていう事実、積み重ねてきた時間っていうのは、必ずあなたのためになると思うので。……そんな言葉しかかけられないのがもどかしいですけど。

──PVつながりでもう1つ、2巻発売時には声優の東山奈央さんが美月役を演じた動画も公開されました。一読者として「この作品がアニメになったら……」と想像してしまうのですが、アニメ好きの宇垣さんは「みかづきマーチ」の中で映像で観てみたいシーンを挙げるとしたらどこでしょうか。

宇垣 やっぱりマーチングのシーンじゃないでしょうか。知っている曲も多いので、読みながら頭の中で曲が流れたりもしますが、映像になって音楽と一緒になっているのを観られたら、より一層楽しめそうですよね。それにマーチングが実際に動いているところ、演奏しながら走り回ったりしているところをいろんな角度から観られたら、それはたまらないだろうなと思います。

──「みかづきマーチ」はどんな人にオススメしたいですか。

宇垣 吹奏楽に限らず、青春時代に何かに打ち込んで、みんなで1つのものを作り上げるっていう経験をした人にとっては、すごく懐かしかったり、その頃の気持ちを思い出させてくれる作品だと思います。今、なかなか演奏とかが難しい中学生・高校生にもぜひ読んでもらいたいですし、疲れてやさぐれてしまった大人の方たちも、この作品を読んであの頃に持っていた気持ちを思い起こしてほしいです。目頭が熱くなってしまうところが、何度もあると思います。

──ありがとうございます。最後に山田さん、4巻も波乱を感じさせる終わり方でしたが、今後の見どころをお聞かせいただけますか。

山田 勉強とか将来のこととかを数字で見ている母親と、どうしてもここでやりたいことがあるという美月との向き合い方が、最後まで続いていくテーマの1つなのですが、4巻の終わりでその母親がついに訪問してきて、波乱を巻き起こします。第1話の美月は、母親に「勉強以外にやりたいことなんてあるのか」と言われても、何も言い返せませんでしたが、秋田で濃厚な日々を過ごしてきた美月はなんと言葉を返すのか。一方、部活では全国大会を目指して合宿をすることになるんですが、「行くぞ、全国大会!」みたいな雰囲気に乗り切れない子も出てきて……。その子がなぜ乗り切れないのかっていう理由もしっかり描きたいと思っています。吹奏楽もマーチングも、人数が多いので、全員が同じ志を持つことって難しいんじゃないか、そして同じ志を持つことが果たして必要なんだろうかっていうのは、私自身も自問自答している部分で。全員で1つのものを作ることに対して、足並みの不揃いとか、揃う瞬間の喜びとかを、心理的にも演奏的にも描いていけたらいいなと思っています。