ジュリエッタ作品には“裏切りの面白さ”がある
──もし大地監督が「名探偵 耕子」をアニメ化するとしたら、どういった要素を大事にしますか?
とにかく耕子のかわいさ。次が昭和中期の雰囲気かな。ただ、アニメにするとなるとまた別のスイッチを入れなきゃいけないんです。例えば「信長の忍び」もめちゃくちゃ好きで、Twitterで「アニメになったらオレがやりたい」って呟いたら監督になれてね(笑)。それくらい好きなのに、アニメを始めたらもうマンガをマンガとして純粋に読めないんですよ。仕事になった段階で、僕の中で“原作”になっちゃう。だから、今は「名探偵 耕子」のただの読者でいたいですね。
──それだけアニメの原作に本気で向き合うということなんでしょうね。大地監督はコメディ作品を多く手がけていますが、ジュリエッタ先生の描くコメディはいかがですか?
大好きです。「神様」のときも思いましたが、シリアスとコメディのバランスがものすごくいい。どこかふっと気の抜ける瞬間があるんですよね。読んでいて気持ちがいいですし、「神様」をアニメにするときもそこが要だと思ったので「原作のまま」って指示が多かったです。
──緊迫したシーンでも、次の瞬間ふっとコメディになるんですよね。
そうなんですよ! 「名探偵 耕子」の1話で耕子に脅迫状が届きますよね。「田舎者は春秋館にいてはならぬ」「血だ血! 血!!」って。普通、脅迫状が届いたら「何これー!?」って驚くリアクションをすると思うんですよ。それなのに、耕子は脅迫状をポイっと捨てる。もう「これこれ!」ってなりました。
──予想通りのリアクションを取らない。
ええ。「何これ!?」と驚くのが普通のリアクションですが、「ポイ」と捨てるのにはその予想を裏切る、“裏切りの面白さ”があります。オリジナルアニメのシナリオを作るライターさんにも、これをやってほしい。説明なんか後回しでいいから「驚かせたい」って気持ちが先に立つシナリオがほしいんです。
──そういったリアクションの面白さは、ジュリエッタ先生の個性ですよね。そういえばジュリエッタ先生は「緩急」を大事にネーム作りをしているそうです。「コマの中で流れている時間を一定にしない」「通常のシーンはばーっと流して、見せ場では急にピタッと止め絵に。そのあとに少しずつ時間を動かして、じっくりと余韻を出すようにしています」と。
ああ、わかる気がします。「神様」をやってるときに原作を読むと、「ここはテンポよくいきたいんだな」「ここは見せたいんだな」って滲み出ていたので、すごくアニメにしやすかった。絵コンテマンに頼むときも、「原作がしっかりしてるから、原作通りにやればいいからね」って伝えていて。僕自身も「神様」の絵コンテを描きましたし、「信長の忍び」や「とんかつDJアゲ太郎」は自分1人で絵コンテを担当しましたが、僕は原作ものの絵コンテを描くことを“写経”って言ってるんです。
──写経?
原作をそのまま絵コンテに丸写しするので、写経。原作をじっくり見ながら絵コンテを描くんですが、普通に読んでるときとは全然違う感覚で。写経をすると、目の位置とか顎の上げ下げとか、コマの隅々まで計算し尽くされていることがわかるんですよ。なんでフキダシが前のコマと半分被っているかとか、そういう理由も全部読み解けるようになる。
──原作者の考えや演出の意図が把握できる。
ええ。それが探れるし、自分のものになってくる。写経は本当にものすごく勉強になるんですよ。ジュリエッタ先生のマンガもすごかったです。マンガって、フキダシがありますよね。フキダシはエリアが限られていて、字数も制限される。フキダシと字数が多いのもよくないので、ひとつのフキダシにちょうどいい字数を考えて、あとは絵で訴えかける。
──確かに、フキダシはマンガならではの表現です。
ジュリエッタ先生はこれがちょうどいい具合でした。それから大ゴマ。これをどこで使うのかがマンガの見せどころですが、アニメでは大ゴマはないんです。
──アニメはずっと同じアスペクト比の映像が流れますからね。
そう。基本的にテレビ画面は分割せずに同じ大きさの映像なんです。でもアニメのすごい武器として、音があります。音楽と効果音、それに役者が演じたセリフですね。マンガだとあまり神経を使わない展開の後、ページをめくった直後に大ゴマでドキッとさせるというような盛り上がりを、アニメだとシナリオに加えて音楽やセリフのリズムでコントロールする。これが緩急だと思います。表現する手法は違いますが、アニメもマンガも緩急は不可欠で、ジュリエッタ先生のマンガはそこが読んでて気持ちいいんですよ。
──「神様」で写経をされて、ジュリエッタ作品の魅力はどこだと思いましたか?
感情移入や共感がしやすいところかな。
──ジュリエッタ先生も「読者の方は主人公になりきって読むから、その目線に入りやすいように」と感情移入しやすい主人公を作っているとおっしゃっていました。大地監督はキャラに感情移入するんでしょうか? それとも作品全体のテーマに共感を?
僕は作品のテーマですね。写経して写経して「神様」を読み解いていって、後からわかったテーマは「人間は案外強い」ってことでした。主人公の奈々生は土地神様にさせられちゃうけど本来は人間で、健気でたくましい。本当の神様連中は人間を弱い弱いと言うんですよね。確かに奈々生は弱いところは弱いんですが、巴衛やまわりの人間に支えられていてすごくたくましく生きる。そうやって人間を描いてるから年齢や性別の違う僕も感情移入や共感がしやすくて、「『神様』は人間の話なんだな」とつくづく思いました。それは写経して、あそこまで向き合わないとわからなかったかもしれないです。
──「人間は案外強い」という監督のお言葉は、最初は親も家もない孤独な少女だった奈々生が、さまざまな出会いと冒険を経て迎えた結末を見るとすごく納得できます。最後に、「名探偵 耕子は憂鬱」をまだ読んだことがない人におすすめコメントをお願いします。
雑誌で連載を追ってたときも面白かったですが、このインタビューのために一気読みしたらよりワクワクしました。1巻発売を機に単行本で一気に読むの、すごくおすすめです。耕子のかわいさにやられてください!