今年2月に公開されたアニメ映画が話題を呼んだ「BLUE GIANT」。“音が聞こえるマンガ”とかねてよりマンガ読みからの評価が高い同作だが、コミックナタリーではそんな「BLUE GIANT」の“人間ドラマ”の部分に注目した特集を展開する。男子たちの儚くも熱い青春の日々の一部を覗いていってみては。
文 / 岸野恵加
石塚真一によるジャズマンガ「BLUE GIANT」。今年2月にアニメ映画化されると、演奏シーンの迫力などが話題を呼び、興行収入12億円を突破するヒットを記録した。そんな同作のタイトルを聞いたことがある人も多いだろう。日本を舞台とした「BLUE GIANT」に始まり、続編の「BLUE GIANT SUPREME」ではヨーロッパ、「BLUE GIANT EXPLORER」ではアメリカ、連載中の「BLUE GIANT MOMENTUM」ではニューヨークと舞台を変え、現在も連載されている。
主人公は、ジャズに魅せられた宮本大。仙台で暮らす高校生の彼は、雨の日も雪の日も川原でテナーサックスを吹き続け、やがて世界一のジャズプレイヤーを志す。全10巻の「BLUE GIANT」では東京へ上京した大がジャズトリオJASS(ジャス)を結成して、高みを目指していく姿が描かれる。
同作は青年誌のビッグコミック(小学館)で連載され、絵のタッチは実直で力強く、女性や若年層には一見手を伸ばしづらい作品かもしれない。しかしその中身は、若き男子たちがぶつかり合いながらお互いを高め合う青春ドラマなので、幅広い読者の心に刺さるはず。本稿では、各キャラクターの魅力や名シーンを紹介していく。ぜひ彼らのドラマを深く味わう一助としてほしい。
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宮本大(みやもとだい)
仙台出身。高校ではバスケ部に所属。ジャズに出会うとその自由な魅力に魅せられ、世界一のジャズプレイヤーを目指す。来る日も来る日も独学でテナーサックスの練習を続ける、まっすぐな熱血漢。
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沢辺雪祈(さわべゆきのり)
長野出身。4歳からピアノを始め、18歳とは思えぬ優れた実力を持つ。甘いマスクで女性からもモテるが、ジャズのことばかりを考えるがあまり、周りにシビアになってしまう一面も。
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玉田俊二(たまだしゅんじ)
大の高校の同級生。元サッカー部。上京して大学に進学するも、自身の部屋に居候として転がり込んだ大を介してジャズの魅力に目覚め、ゼロからドラマーとして猛練習を始める。
ジャズの経験値や考え方がまったく異なるJASSの3人は、それぞれの意見をぶつけ合いながらプレイヤーとして、バンドとして成長していく。ここでは、エネルギーに溢れた青年たちの名場面をピックアップして紹介する。
第一印象は最悪!?
「ヘタなら即クビ」正反対な大と雪祈の出会い
「BLUE GIANT」の物語はここから本格始動すると言っても過言ではないくらい、重要なシーンである大と雪祈の出会い。上京し、慣れないバイト生活に明け暮れる大は、ある日訪れたジャズバーで、左手だけで凄味のある演奏をしてみせたピアニストに釘付けになる。その男こそ、のちに大のソウルメイトとなる雪祈だった。
褒め称える大に対し、雪祈はバンドメンバーの演奏を辛辣に「ジャズっぽく聞こえる手グセの音楽」と言い放ち、ジャズをダメにしてきた先人たちに憤りながら「若い人間で本当の音を作って、東京の音楽の先頭に立つ」と夢を語る。これに対して「そんなことより、オレしか出せない音を出すことに必死」と宣言する大を雪祈は生意気だと感じながらも、光るものを感じ、「オレと組もうぜ」とバンド結成を持ちかける。
しかし雪祈は、続けて「ヘタなら即クビ」「努力を積もうが才能のない奴は、全員ヘッタクソ」「才能があったら踏み台にする」と豪語。大は戸惑いながらも、雪祈と行動をともにしていくうち、彼の並々ならぬジャズへの情熱を感じ、雪祈の提案に乗る。一方雪祈も、大のサックスの演奏を初めて聴くと、彼が3年の間に積み重ねた努力に感動し涙を流した。正反対に見える2人だが、音楽に懸ける並外れた熱が共通項だ。こうして2人の音を重ねる日々が始まった。
ジャズをダメにするのは実力至上主義?
玉田加入をめぐる衝突
ドラマーを探し始めた大と雪祈。雪祈は一級の才能があるドラマーを求めるも、大は雪祈の考え方に首をかしげる。そんなある日、大学のサッカーサークルを辞めてきたという玉田が、大の練習場に現れた。大はサックスの演奏に合わせ、空き缶と枝でリズムを刻んでほしいと玉田にリクエスト。そこで玉田は、大の実力に感心するとともに、ドラムをやってみたいという意欲に目覚める。
玉田のリズム感に光るものを見た大は、玉田をドラマーとして加入させたいと雪祈に打診。雪祈は呆れたように、「200パーセントムリ」と言い放つ。そんな雪祈に大は「『音楽をやりたい』って気持ちに、お前、『ノー』って言うの?」と憤った。
電子ドラムを購入し、音楽教室にも通い、かつての大を彷彿とさせる勢いでドラムの練習に明け暮れる玉田。確実に成長した彼は、再度雪祈と大の前でドラムを叩き、大はその目覚ましい成長ぶりに感動の涙を流す。成長は認めるもやはりメンバーには入れられないと話す雪祈に、そうした考え方がジャズの間口を狭くしダメにしているのではないかと訴える大。内心では玉田の演奏が胸に刺さっていた雪祈は、条件付きで玉田のメンバー入りを承諾する。頑なでリアリストな雪祈の心を、玉田の演奏、そして大の言葉が動かすシーンは感動的だ。こうしてJASSは、トリオとして歩み始めた。
ライブ中にケンカ勃発、破天荒なセッション
観客を前にしたJASSの初ライブを終え、自分のあまりの実力の低さに落胆する玉田。2人の足を引っ張っているという思いに駆られ、脱退をほのめかす。大と雪祈は玉田のドラムを評価するも、その後も玉田はプレッシャーに苛まれ、スランプに陥ってしまう。
一方雪祈は、大が玉田のスキルに寄り添うことで、大の演奏の魅力である強い音が失われていると感じていた。悶々としながらもライブを重ねていくJASS。ある日のライブで雪祈は、演奏中の大に「その入り方飽きたわ!もっかい!!」とけしかける。別のフレーズに切り替える大に、「それも1万回聴いたわ!!」とさらにダメ出しをする雪祈。ライブ中にメンバー間で喧嘩が始まるという破天荒な展開だが、それによって大はさらにステップアップし、覚醒したような演奏を見せた。
ライブ後に「そういえば玉田のドラムを気にせず、思い切り吹けてた」と回想する大。雪祈が煽り、歯に衣を着せず本音でぶつかりあったからこそ殻を破れたのだ。その後JASSのライブはさらに評判を呼び、着々と動員を増やしていった。
今度は大が雪祈を挑発、
ソロを延長させニヤリと手招き
ソロはジャズの本質。憧れのライブハウス・ソーブルーの平から、「全力で自分をさらけ出すのがソロ。君はソロができないのか?」と厳しい指摘を受け、雪祈は落ち込んでいた。そんな彼に大は「ヘタでもクソでも、サックスを吹く時は1分1秒いつでも、世界一だと思って吹いてる」「悩むこと自体おかしいだろ」と発破をかける。
ある日のライブでも、自分をさらけ出せず苦しみ続けている雪祈。ピアノソロが終わり、続いてはサックスのソロだと思われたところで、大は腕組みをして静止し、雪祈にソロを続行させる。既視感のあるソロしか弾けないと、自分に憤る雪祈。しかし考えることをやめ、一心不乱に弾き続ける。ふと大を見やると、「まだまだ」と言わんばかりに手招きのジェスチャー。雪祈はさらに精神を研ぎ澄ませ、やがてこれまでにない境地の演奏にたどり着いた。
前項では雪祈が大の成長を促していたが、その構図が逆になったようなシーン。ここまでぶつかり合える関係であることがうらやましくなってしまうほどだ。
憧れの舞台を目前に控えるも……
ラストに衝撃の展開が
ジャズ界の武道館とも称されるライブハウス・ソーブルーは、雪祈が幼少の頃から憧れ続けた場所。JASSは、ついにその舞台に立つ機会を得る。
ここまで切磋琢磨し続けてきたJASSの3人。ある日雪祈は、ジャズの何が好きかと大に問う。雪祈自身は、考えて練り上げていく作曲が好きだということを自覚したと語りつつ、「大は考えちゃダメだ。お前は考えず、何万回でも客の前で死なねえと」と真摯に伝える。同じバンドに属していても、それぞれに適性や目指すところは異なるもの。お互いを深く理解しているからこそ出る言葉だと言えるだろう。
作中で大が語っている通り、ジャズは一生同じメンバーと組むジャンルではない。大はJASSとして過ごす日々は有限であると常に自覚しており、それぞれに目指すべき場所があると考えている。だからこそ「BLUE GIANT」の物語は一瞬一瞬が輝きを放ち、どこか刹那的な儚さを帯びているのだろう。クライマックスでは、大舞台を間近に控えたJASSにある日、衝撃の展開が襲いかかる。ジャズに打ち込んだ男子たちの青春ドラマの行く末まで、ぜひ見届けてほしい。
“音が聞こえる”ライブシーン
音を流せないマンガという表現媒体において、絵だけで音楽を表現することはとても難しく、作者の腕の見せどころでもある。「BLUE GIANT」が題材とするジャズには歌がないため、さらにハードルは高いと言えるだろう。
しかし本作は「音が聞こえるマンガ」と称されることも多く、集中線を多用して数ページにわたり展開される演奏シーンの描写は大きな迫力に満ちている。緩急の付け方も巧みで、音量の大小まで細かく把握できる感覚を覚えるほどだ。またJASSが心を通わせていくほどに3人の息が合っていくさまからも目が離せない。ちなみに作品から派生したコンピレーションアルバムもこれまで数枚リリースされているので、読み終えた後に再生して、大たちが愛するジャズのサウンドに浸ってみるのもおすすめだ。
大を支える温かい家族
大の家族は、スーパーで店長として働く父と、3歳年上の兄・雅之、6歳下の妹・彩花の3人。大が10歳のときに母を亡くして以降、宮本家は互いを支え合い、温かく寄り添って生きてきた。
ジャズに目覚め、毎日サックスの練習に明け暮れる息子が「ジャズプレイヤーになりたい」と突然伝えるも、進学や就職を促すことなく「とことん、おもいきりやれよ」と即座に背中を押す、器の大きな父。そして離れて暮らしているものの、常に家族を気遣い、こまめに顔を見せる雅之の存在は大にとってとても大きい。セルマー製の大のサックス(51万6000円!)は、兄が初任給で「店で一番いい楽器を」と36回ローンを組んで購入したものなのだ。ストーリーが進むにつれ、今度は大が兄として彩花に同じように愛を注ぐシーンも登場するが、こちらも涙を誘われてしまう。こうした家族との温かい関係性も本作の魅力である。
サックスプレイヤー・大の原点、仙台編
ここまで、東京を舞台に展開されるJASSのエピソードを中心に紹介してきたが、単行本の1巻から4巻の後半までは、大が仙台で高校生としての日々を送る様子が綴られている。大はいかにしてジャズに出会い、愛するようになったのか。大にジャズの基本を教える師匠・由井との師弟関係や、大と三輪さんとの淡い恋模様も見どころ。そして、ジャズを知らない生徒たちを前に、文化祭にて大がサックスを吹き喝采を浴びる名シーンは必見だ。大の原点といえる仙台編も、じっくりと読み込んでほしい。
「BLUE GIANT」も無料で読める!
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