「超人ロック 憧憬」聖悠紀を支え続けたアシスタントと妻が綴る、聖との日々

聖悠紀「超人ロック」シリーズの最新作「超人ロック 憧憬」が発売された。「憧憬」は2022年10月にこの世を去った聖が、病と戦いながら最後まで向き合っていた作品。最終話は聖の死後、アシスタントの佐々倉咲良が完成させ、ファンに届けられた。

コミックナタリーではそんな「憧憬」の発売に合わせて、前述のアシスタント・佐々倉と、聖の妻であるmiaに書面インタビューを実施。仕事場で、家庭で、“マンガ家・聖悠紀”を支え続けた2人に、聖との日々や新作への思いを綴ってもらった。

取材・構成 / 鈴木俊介

聖悠紀のアシスタント・佐々倉咲良 インタビュー

第一印象は「忍者キャプター」の人

──まずは佐々倉さんと聖悠紀さんのご関係を教えていただけますか。初めてお会いしたときのことを覚えてますでしょうか。

私も、今は解散した作画グループ(※1)の会員でしたので、作画の集会で初めて聖先生にお会いしました。そのときの感想は……「『忍者キャプター』(※2)を描いた人だー」です。

──フラッパーでは「長年アシスタントとして聖先生を支えられていた」とご紹介がありましたが、聖さんとはいつ頃から一緒にお仕事をされていらっしゃったのでしょうか。

「炎の虎」の連載終盤あたりから聖先生の仕事場をお訪ねする機会があり、消しゴムかけやホワイト、トーン貼りなどといった原稿の仕上げ作業をさせていただき、徐々に背景を描くようになりました。ですので、正確にこの作品からアシスタントになった……という時期は私にもよくわかりません。

──「炎の虎」というと1979年頃の作品ですから、40年以上のお付き合いですね。アシスタントをしていて、聖さんにこんな言葉をかけてもらった、この背景は苦労したなど、覚えていらっしゃることはありますか?

「ミラーリング」やISCのアイザック長官が出てくるシリーズで、司令室などの背景の雰囲気がちょっと変わったねと先生に言われたことがあります。記憶に一番残っている背景は、「聖者の涙」の見開き表紙です。先生がロックにペンを入れた後に私のほうに原稿がまわってきたのですが、背景の下描きの線を見て思わず「先生、ロックの視線の先に立っている巨大○ョロ○ョロ3匹はなんですか?」と質問してしまいました(本当にそう見えたので!)。「違う! 霧! 夜! ビル!」とのお返事をいただきました。あー、この手に見えるものが霧の線かぁと納得……。その後に続いた聖先生の言葉「あ、ロックのいる手前のほうは廃虚っぽいのだ。遠くに行くに従って徐々にきれいなビルになって、隙間から超高層ビルが見えて、全体的に霧に霞んでいる感じの雰囲気でよろ」に沈黙しました。……はい、丸一日かかりました。忘れられません(笑)。

「超人ロック 聖者の涙」より。

「超人ロック 聖者の涙」より。

※1 作画グループは1962年に結成されたマンガ同好会。聖悠紀も会員で、「超人ロック」は作画グループの肉筆回覧誌で発表され人気を博した。最盛期の会員数は1000人超。2016年、代表だったばばよしあき氏の死去に伴い解散された。

※2 「忍者キャプター」は1976年4月からテレビ放送された特撮作品。聖がコミカライズを手がけ、テレビランド(徳間書店)ほかで発表された。

アシスタントがどんな仕事をするのかも楽しんでいらした

──佐々倉さんは、聖さんの“仕事場での顔”をよくご存知かと存じます。原稿と向き合う聖さんはどんなご様子だったか、教えていただけませんか。

話を作るネームの段階では、1人で机に向かってウンウン考え込まれてました。その間は邪魔になるだろうからと、アシスタントも職場に出入りしませんでした。もう始まるかな? 始まらないと困るな……という頃に仕事場に電話をかけ、そろそろ絵に入るよーという先生の言葉があってから職場に向かう感じでした。話が決まれば、あとは割と淡々と進んでいった感じです。寛容というかなんというか、「先生、ここどうしましょう?」「んーと、それなりに」という会話がよくあった気がします。見せ場などではさすがにしっかりした指定がありましたが、そうでないときには、どんな背景が描かれたりトーンが貼られたりするのかを楽しんでいらした感じです。普通、キャラのズボンのトーンに青海波模様は許されない気がしますし……(貼ったのは私ではありません)。

──お気に入りの息抜きなど、聖さんのお人柄が偲ばれるエピソードもありましたら教えてください。

仕事中の息抜きに関して言うと、少年キング(少年画報社)連載初期の頃は、仕事場でよくアシスタントや編集者を交えての麻雀。私は仕事場で初めて麻雀というものを経験しました。それから、喫茶店でのゲーム。「パックマン」や「ドンキーコング」あたりの時代です。聖先生は「クレイジー・クライマー」や「クイックス」が強かったです。ジャンルやオフライン・オンラインを問わず、コンピューターゲームが本当に好きな方でした。某「11」や某「10」内でも遭遇したものです。パソコン自体にも早くから関心を持っていらして、1985年頃からMac信者に(笑)。あとはともかくSF小説を読むことがお好きだった気がします。

──聖さんは2020年に、パーキンソン病であることを公表されました。2017年に病気がわかり、薬で症状を抑えながらマンガを描き続けていたものの、「病気が進行し、描きたいと思う線が描けないことが多くなり、発表しなければならないと思いました」と、苦しい胸の内を綴られていたのを覚えています。その後コロナ禍もあったりと、近年は以前のようにお仕事をされる機会は少なかったかもしれませんが、ここ数年の聖さんのご様子はいかがでしたか。

聖先生のご病気については、かなり早い段階からアシスタントたちもパーキンソン病だろうと察しがついていました。手の震えなどの症状が顕著でしたので。ただ先生が自分でおっしゃるまでは触れないという暗黙の了解のようなものがありました。症状が現れた初期の頃は、ペン入れのときには手が震えず描いていらしたです。しかし時間が経つに従って細い線や細かい線を引くことが難しくなられたようで、吹き出しの線がうまく引けないから代わりに描いてと頼まれたとき、なんとも言えない気持ちになりました。

月刊コミックフラッパー2023年7月号より、「超人ロック 憧憬」最終話の掲載時に添えられたコメント。

月刊コミックフラッパー2023年7月号より、「超人ロック 憧憬」最終話の掲載時に添えられたコメント。

誰が描いたとしても聖先生と同じ絵が描けるわけない

──「憧憬」の最終話は、残されたネームとプロットをもとに、佐々倉さんが作画を担当して完成させたものと伺っています。聖さんが亡くなられた後、「完成させよう」という決意にいたるまでにはどんなやり取りがあったのでしょうか。また実際に執筆に取り組んでいる最中は、どのような思いでしたか。

もともと、もううまくペン入れができなくなってきたから、今後キャラクターも描いてほしい……とのお言葉があり、それを了承していました。最終話の8ページまでがその段階にあたります。その後、だいたいの話の流れは聖先生が決めていたとのことで、私が続きを描くことになりました。とりあえず聖先生の最後の作品として単行本になるといいな……くらいの気持ちでいたような気がします。

──描き上げられた後も、ファンに受け入れられるのか?というような葛藤があったのではないかと推察いたします。そのあたりのお気持ちもお聞かせいただけますか。

絵柄に関しては、続きを誰が描いたとしても聖先生と同じ絵が描けるわけないのだしと、あまり葛藤しなかったです。「うーん、これは……」と思う人もいるだろうし、ともかく単行本が出たことを喜んでくださる方もいるだろうし、まぁそのへんは人それぞれだよね……と思っています。続きを描くときよりも、代わりにキャラを描いてと打診を受けたときに「オッケー」と気楽に返事をして、しばらくして、「あれ? 私……考えなしにとんでもないことを引き受けた?」と、むしろそのときに葛藤しました。

──「憧憬」は海賊ゾーンが、永遠の命を持つロックに死に場所を求めるエピソード。佐々倉さんは改めて「憧憬」を読み返して、どんな感想を抱かれましたか。また聖悠紀さんが「憧憬」についてお話しされていたこと、記録として残っていたことなどありましたら教えてほしいです。

「超人ロック 憧憬」より、不死身かつ不老不死であるロックに死に場所を求める海賊ゾーン。

「超人ロック 憧憬」より、不死身かつ不老不死であるロックに死に場所を求める海賊ゾーン。

聖先生は自分の作品についてあまり語る方ではありませんでしたし、自分の考えや悩みといったものを簡単に外に出す方ではなかったように思えますので、先生の胸中を推し量るのは難しいです。作品を読んだ方それぞれが感じる通り……。それでいいのではないでしょうか。私的にはラストの仄かな明るさが好きかもです。

読んでくださる方がいる限り、「超人ロック」というタイトルも聖悠紀の名も、ずっと残り続ける

──同時収録される「ロック イン ザ ボックス」についてもお伺いしたいです。こちらのシリーズにも、佐々倉さんは関わっていらっしゃいますか? ギャグチックなテイストで、お祭り的な要素もありながら、聖さんのSF感が詰め込まれているような印象を受けました。また偶然かもしれませんが、「憧憬」にも「ロック イン ザ ボックス」にも、“狭間…のような場所”が登場するのも気になっています。

制作には携わっています。が、仕事中に聖先生から特に何かを聞いたということはないです。「ロック」の作品中にも別の次元に落ちたキャラクターがいたりしましたので、そういう点では聖先生のSF感は入っているかもしれません。狭間というのは最後に行き着く場所なのかもしれないです。このときの聖プロ内での会話は「大家さん最強」でした……。

「超人ロック ロック イン ザ ボックス」より、火を吹く大家さん。

「超人ロック ロック イン ザ ボックス」より、火を吹く大家さん。

──「超人ロック」の中で、佐々倉さんが特に思い入れのあるシリーズは?

「魔女の世紀(ミレニアム)」ヤマキ長官のファンです。この方の出てくる話はみんな好きです。DVDの付録「女神と伝説」では好き放題(笑)、背景を描かせていただきました。「ミラーリング」も仕事をしていて楽しい作品でした。シリーズとして考えるのなら、やはりラフノールの関わるタイトルです。

──最後に、長年の「超人ロック」のファンに、メッセージをいただけますでしょうか。また、今改めて聖悠紀さんにひと言お声をかけるとしたら、どんな言葉をおかけしますか。

「憧憬」のゾーンさんのセリフのようになりますが、作品を読んでくださる方、覚えていてくださる方がいる限り、「超人ロック」というタイトルも聖悠紀先生の名もずっと残り続ける……と思います。このインタビューのために私も本棚の単行本を読み返しています。「アストロレース」を読み終わったので、「嗤う男」も読み返してみようかと……。聖先生には「お疲れさまでした」と。