LINEマンガの10周年を記念し、コミックナタリーでは連載形式で特集を展開中。今回は、TVアニメ化が発表された「先輩はおとこのこ」のぽむにインタビューを行った。企業に所属するイラストレーターとして活動し、投稿サービス「LINEマンガ インディーズ」への投稿をきっかけに、LINEマンガでの連載を掴んだぽむ。その少し珍しい経歴を掘り下げつつ、webtoonという形式を選んだ理由について語ってもらった。また「先輩はおとこのこ」を描くうえで、“ただそれだけを考えてきた”というキャラクターへの思いとは。最後には、ぽむによる「先輩はおとこのこ」と「ノアは方舟」のキャラクターが共演する描き下ろしイラストがあるのでお見逃しなく。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / ヨシダヤスシ
似た境遇の作家はほかにいないと思う
──2021年に完結したぽむ先生の「先輩はおとこのこ」は、アマチュア作家向けの投稿サービス「LINEマンガ インディーズ」への投稿をきっかけに、LINEマンガでのトライアル連載を経て本連載に昇格した作品です。そもそも、どういう経緯でここに投稿することにしたんですか?
マンガを描き始めた当初はTwitterに投稿するところから始めたんですけど、せっかくだからほかにも発表できる場を探そうと思って。その中で「LINEマンガ インディーズ」は著作権の考え方が作家寄りで柔軟な感じだったこともあって、「それだったらいいんじゃない?」と会社のほうからもOKが出た、というのが最初のきっかけですね。あと弊社ではLINEスタンプを作ったりもしているので、LINEという企業にゆかりがあったことも大きかったと思います。
──ぽむ先生が会社の業務の一環としてマンガを描かれているというお話は昨年の作家座談会でも伺いましたが(参照:「先輩はおとこのこ」の作者・ぽむら若手3組が未来の後輩を後押し!彼女たちはどうやってLINEマンガでデビューした?)、会社付きのイラストレーターがマンガもやるというのは業界的にはよくあることなんですか?
いや、まず“会社に所属するイラストレーター”という人自体があまりいないんじゃないかなと思います(笑)。
──あ、やっぱりそういうものなんですね。
そうですね。その中で、弊社では業務時間内に「好きな絵を描いたり、自分の勉強をしたりしていいよ」という時間が設けられていまして……。
──なるほど、Google社みたいな感じで。
Googleってそうなんですか?
──Googleの技術者は1日の業務時間のうち何割かを各自の自由な開発に使える、という話を聞いたことがあります。
へえー。じゃあ、たぶん同じような感じです。その時間を使って、ちょっとマンガをやってみようかなあと。だからかなり珍しいスタイルというか、同じような境遇の作家さんはほかにいないんじゃないですかね(笑)。
webtoonの形式は自分に合っていた
──そして「先輩はおとこのこ」が生まれるわけですが、最初はどういう発想から始まった作品なんでしょうか。
とりあえず「Twitterでバズる話を作ろう」というところからでした。当時Twitterで流行っていたのは男女カップルを描いたキュンキュン系だったんですけど、私は女の子ばかりを描いてきたので「女の子同士の百合みたいな話を作ろうかな」と最初は考えたんです。でも「百合は伸びにくい」という話もあったので、「じゃあ女装男子と女の子の話にすればセーフじゃない?」みたいな感じで。
──特に百合というジャンルにこだわりがあったわけでもないんですよね?
そうですね。でも、恋愛を描くのであれば何かしら障害のある関係性を描きたいなとは思っていたので、そういう意味では百合も外れてはいなかったんですけど。
──ぽむ先生の作品を読ませていただくと、創作の根本には「かわいい女の子を描きたい」という思いがあるように感じます。
そうですそうです。スタートは本当にただ「かわいい絵が描ければそれでいい」という気持ちだけだったので、ストーリーとかは全然できなくて……だから「ぱいのこ」(※「先輩はおとこのこ」の略称)も最初の頃は人物を描くことにしか興味がなくて、背景をほとんど描いていないですし(笑)。さすがに後半くらいになると背景の必要性もわかってきて、描くのも楽しく思えるようになりましたけど。
──その「かわいい絵を描きたい」という衝動と「Twitterでウケるもの」の共通項を探っていった結果、「先輩はおとこのこ」の設定に行き着いたわけですね。
そうですね。はい。
──ちなみに、タテ読みフルカラーのいわゆるwebtoonフォーマットを採用したのはどういう理由からだったんですか?
LINEマンガさんから「トライアル連載をしませんか」というお話をいただいたときに、当時の担当さんから猛プッシュされまして。机にバーッと資料を並べて「webtoon、今から来るんで! うち、推してるんで!」みたいな(笑)。私としても早い段階からLINEスタンプとかを作ってきた経験上、まだ世の中に浸透しきっていないジャンルに早めに参入することの利点みたいなものは肌で感じていたこともあって、「やってる人が少ないならやってみたほうがいいな」と思ったんですよね。
──そもそもコマを割ってページを構成すること自体にこだわりがあるわけではなかった?
そうですね。「ぱいのこ」のもとになった「おとこのこが後輩に告白される話」はコマを割ったページマンガだったんですけど、特にこだわりがあってそうしたわけでもなかったので、どっちでもいいかなって。
──コマを割ることに執着がなく「ただ絵を描きたい」という思いが強い人にとっては、webtoonはすごく適した表現方法なんじゃないかという印象があります。
本当にそう思います。1ページを何段に割るかとか、ページをめくるときのコマに何を描くかとかを気にする必要がなくて、深く考えずにノリとテンションで描いていけるので(笑)。描き始めてみたら、本当に自分に合ってるなと思いました。
恋愛マンガが描きたかったわけじゃない
──「先輩はおとこのこ」は一応ジャンルとしては「恋愛マンガ」に分類されていますが、実際のところ恋愛要素はさほど強くないですよね。どちらかというと青春群像劇というか、“生き方選択”のお話にどんどんなっていきます。
そうですね。そもそも別に恋愛マンガが描きたかったわけじゃなくて、取っかかりとして一番ウケやすい題材を選んだだけなので。それで16週間のトライアル連載が終わって本連載に昇格できるとなったときに「好きなように続けていいよ」と言われたので、「じゃあ、もう好きにやろうかな」と思って(笑)、各キャラクターの人物像をじっくり掘り下げながら描いていったら結果的にこうなっちゃった感じです。
──まこと、咲、竜二という主要3キャラクターの中では、咲がもっとも手厚く描かれている印象があります。ほぼ彼女が主人公なんじゃないかと思えるくらいに一番悩むし、一番揺れ動くし。
そうかもしれないです。咲ちゃんに関しては本当に最初は何も考えてなくて……ただ“まことくんに告白する女の子”というだけの役割として登場させたんですけど、いざそれを掘り下げるとなったときに「普通の子だったらこうならないよね」「どういう背景のある子だったらこういう行動をするかな」と考えていって、だんだんキャラクター像ができあがっていきました。
──咲は「自分の望んでいることがなんなのかわからない」というキャラクターですけど、そういう悩みを持つ人物を描きたい思いはもともとあったんですか?
どうですかね……でも、私自身が学生の頃に「自分がない」ということについてずっと考えていて。中学生のときに担任の先生から「個性がない」と言われたことがあるんですよ。
──すごいことを言う先生ですね(笑)。
そのときは「ハァ?」って思ってたんですけど(笑)、確かにその後大学へ進学するときも特にやりたいことがなくて学部もなかなか決められなかったし、就職のときも声がかかったところに入社できたというだけで、あんまり確固たる意志みたいなものがなくて。周りの友達と話していても似たような考え方の人はけっこういるなあと思っていたので、そういう子を描けたらいいなというのはあったと思います。
──そんな咲に共感する読者は多いと思います。そういう人たちが咲の姿に触れることで「自分だけじゃないんだ」と思えたり、「自分のことなんてわからなくて当然なんだ」と考えられるようになって、少し生きることが楽になるかもしれないなと。
そう感じてもらいたいという狙いが明確にあったわけではないですけど……自分自身も絵描きとして「絵に個性がないな」と思っていた時期がけっこうあって。でも、ずっと描き続けていく中でだんだん「これが自分の絵だな」という感覚が自然に掴めてきたというのはあるので、“自分”が固まっていないことにあまり早い段階から思い悩む必要はないのかもしれないなとは思っています。
──一方、まことは周囲から期待されるあり方と本来の自分とのギャップに苦しむ人物です。現在連載中の「ノアは方舟」の主人公・ギノも割とそういう立ち位置ですけど、主人公をそういうキャラクターとして描きたい思いが強いんですか?
いや、特にそういうわけでは……それは誰しも少なからずあることなのかなと思いますし。「家の中ではこういうポジションでいよう」「こっちのコミュニティではこう」みたいな。
──なるほど。ことさらにそれを描きたいということではなくて、あって当たり前の悩みとして自然に出てくるもの?
だと思います。私自身すごく恵まれた環境で生きているなと思いつつ、でも100%幸せではないなあと感じることが多いので、そういう「幸せなのに不幸」みたいなものを描きたい気持ちはありました。
──「幸せとはなんなのか」という。
そうです。以前、「マンガを描くときはとりあえずキャラクターを幸せにしたらいいんだよ」と教わったことがあるんですね。なので、本連載が始まって以降はとにかくこの3人を幸せにすることだけを考えて描いていきました。どうしたら幸せにできるのか、どうなったらこの子たちは幸せを感じることができるのか、って。
──ストーリーが進むにつれて3人はさまざまな経験をして、いろんなものの見方や考え方を獲得していきますよね。状況を変えるのではなく、考え方を変えることで“幸せ”になる方法を身に付けていくお話とも言えると思います。
自分の力だけで思い通りに変えられるものって、結局自分の見方や考え方だけなので。ここ数年で私自身が「たぶんそれが答えなんだろうなあ」と思ったから、キャラクターたちのたどり着く解答も必然的にそこになったんだと思います。三角関係にしちゃったせいで、状況として全員をハッピーにすることはできないですし(笑)。だから一番扱いに困ったのが竜二くんなんですよね。どういう結末にしたらこの子が不憫にならずに済むのか、という部分にはかなり気を使いました。
──それも結局考え方次第というところで、「竜二が強くなるしかない」という結論でしたよね。
はい(笑)。
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本当に「皆様のおかげです」と思うんだなあって