コミックナタリー PowerPush - ヴィクトル・ユーゴー / 新井隆広「LES MISERABLES」

「ダレン・シャン」の俊英が描く「レ・ミゼラブル」コミカライズの決定版

ゲッサン(小学館)にて連載されている、ヴィクトル・ユーゴーによる世界的名作のコミカライズ作品「LES MISERABLES」の1巻が発売された。マンガ化を手がけるのは「ダレン・シャン」シリーズや「ARAGO」で知られる新井隆広。ミュージカル版や映画版でも親しまれている「レ・ミゼラブル」を、彼がどのようにマンガとして表現するかに注目が集まっている。

この誰もが知る名作の完全マンガ化というプロジェクトに挑む新井へ、コミックナタリーはインタビューを実施。コミカライズを手がけた経緯から、今後の展開までを訊いた。また本編にまだ登場していない登場人物を描き下ろしたイラストも提供してもらったので、併せてお楽しみいただきたい。

取材・文/安井遼太郎 撮影/唐木元

日本の背景を描いても全然それらしくならないんです

新井隆広

──今回なぜ「レ・ミゼラブル」をコミカライズすることになったか、というところから伺いたいと思うんですが。原作はもともとお好きだったんですか?

いや、本当に恥ずかしながら、最初は“銀の燭台”のエピソードしか知らなくて。あとは帝劇のミュージカルのCMに出てくる、コゼットの挿絵の印象ぐらいしかありませんでした。

──そこからどのような経緯でマンガ化することになったんでしょう。

そもそもは前作の「ARAGO」が終わった後に、次に何を描こうかというのをずっと悩んでいて。編集部ともいろいろ相談していたんですが、担当さん曰く「君の強みは、激しい喜怒哀楽の感情をすごく上手く描けることだ」と。そしてヨーロッパを舞台としたほうが、雰囲気を出して描けるんではないかと言われまして。

──新井先生は、幼少時にスコットランドに住んでいらしたんですよね。やはりその影響があるんでしょうか。

2012年に公開された映画版「レ・ミゼラブル」。Blu-rayやDVDも発売中だ。Film (c) 2013 Universal Pictures Productions GmbH and Moonlighting DR3 Production (Pty) Ltd. All Rights Reserved.Artwork (c) 2013 Universal Studios. All Rights Reserved.発売元/販売元:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント

そうなんです。日本の背景を描いても全然それらしくならないのに(笑)、ヨーロッパの風景を描くとすごく匂いがすると担当さんに評価していただいて。で、そういう要素を持った「レ・ミゼラブル」や「モンテ・クリスト伯」といった作品を原作にして、マンガを描いてみてはどうかとご提案いただいたんです。

──その中でなぜ「レ・ミゼラブル」を。

やっぱりまず、純粋にこの物語に魅力を感じたというのがあるんですが……あと、今まで完全にマンガ化されたことはおそらくないという部分に惹かれました。マンガ版「レ・ミゼラブル」の決定版が作れればそれは新しいし、すごく楽しいんではないかと思って。ちょうど映画の「レ・ミゼラブル」も非常に人気があったときで。それでいこうということになり、今に至るっていう感じですね。

ああ、もうユーゴーはここまで書いちゃうのか

──連載が決まったあと、やはり原作は相当読み込まれたんですか?

いやー、どうでしょう(笑)。有名なミュージカル版ではなく、あくまでユーゴーの原作のコミカライズということでやらせていただいているので、ひと通り読んではいますが……。ネームを描く段階になって、その部分部分を集中的に何度も読みながら練っていく感じですね。

「LES MISERABLES」より。少年プティー・ジュルヴェーからコインを奪ってしまうシーン。

──なるほど。今までの「LES MISERABLES」の中で、特に力を入れて描いた部分はどこでしょう。

やはり3話でしょうか。そこに出てくる“銀の燭台”のエピソードはあまりにも有名なので、がんばって描きました。あと個人的に本を読んでて「うわー」って思ったのが、プティー・ジュルヴェーっていうサヴォアの少年から、ヴァルジャンがコインを奪ってしまうところなんですけど。

──ミュージカルでは省かれている部分ですね。

そうです。ヴァルジャンが改心するとどめの一撃を刺した部分で、自分でも読んでて「ああ、もうユーゴーはここまで書いちゃうのか」みたいな感じで、ちょっと驚いたところだったので(笑)。描いてて個人的に力が入りました。

「LES MISERABLES」より。町を見下ろす若きジャン・ヴァルジャン。

──確かに、この「俺はなんて愚かな男なんだ!!」から見開きで見せていく部分のインパクトはすごいと思います。ヴァルジャンのデザインはすぐ決まったんですか?

それがそうでもなくて。キャラクターをデザインするときに一番苦労したのが、実はヴァルジャンなんです。青年期のヴァルジャンは割とすんなり決まったんですが……。市長になってからのヴァルジャンは、すごく苦心しました。

──まさにこれから連載で出てくるヴァルジャンですね。どのような部分で苦労されたんでしょう。

優しいけどヤクザのような風体、というように、相反する要素がいろいろと入ってる人なので、それを盛り込むところですかね。特に悲しげな部分というか、過去に大変な思いをした感じを取り入れるのにすごく苦労して。でも、市長になってからのヴァルジャンが出番も一番多いので、がんばって作りました。あとは……これも今後登場するキャラクターですが、「ABCの友」のアンジョルラスは二枚目で有名なので、今から描くのがプレッシャーです。

──プレッシャーというと?

美男子や美女といった、一般的に美を意識しなきゃいけないキャラクターは、いろいろ考えて描いちゃうんですよね。特徴がはっきりしているキャラクター……例えば「ダレン・シャン」でいうと、レディー・エバンナっていうおばちゃんがいるんですけど。

──あ、あの体にロープを巻いた魔女ですね。

新井隆広

そうです。彼女はもう、頭をドレッドにしてヒゲを生やして、体にロープを巻いたらもうエバンナになってくれるんですが(笑)。でもアンジョルラスだったり、「ダレン」のカーダだったり、二枚目と決まってるキャラクターって、ちょっと目や鼻の位置が狂うとすぐに印象が変わってしまうので……。

──アンジョルラスは、ミュージカル版などでも二枚目というイメージが定着していますもんね。

そういったイメージや期待はなるべく裏切らないようにと考えながら描くので、これから苦労するんだろうなと。描くこと自体はすごく好きなんですけどね。

「日本人の描いたのはこの程度」とは思われたくない

「LES MISERABLES」より。

──「レ・ミゼラブル」は19世紀のフランスを舞台とした作品ですが、そのあたりの時代考証も大変そうです。

フランスのことは本当にわからないので、いろいろ資料に当たっています。昔のパリを撮った写真集とか……。

──あ、もう写真が残っている時代なんですね。

ちょうど19世紀の半ばが、写真が普及しだした時期で。当時のパリの風景写真を数百枚遺した、シャルル・マルヴィルという写真家がいるんですね。彼の写真集を担当さんが手に入れてくださったので、風景はそれをかなり参考にしています。

──では人物の造形、服装なんかはどうされてるんでしょう。

「LES MISERABLES」より。貴族たちの生活を眺める若きジャン・ヴァルジャン。

服装は本当に苦労してて……。そこはやっぱりミュージカル版「レ・ミゼラブル」や、あとフランス革命を題材にした映画を参考にしています。あと、19世紀のフランスで発行されていた、「ジョルナ・デ・ダムゼ・デ・モード(Journal des dames et des modes)」という、ファッション雑誌の先駆けのようなものがあって。もうそれは写真じゃなくて絵なんですけど、そういったものを見たりですね。

──「レ・ミゼラブル」以外の映画というと、どんなものを参考にされていますか?

例えばちょうど同じような時代を描いている「ジェヴォーダンの獣」は、作っている方もフランス人なので、信頼がおけるかなと思いながら観ました。これで間違ってても自分のせいじゃない、と思ったりして(笑)。あとは「パフューム ある人殺しの物語」とか……時代的には中世から近代ぐらいを描いた映画ですね。

──それほどさまざまな資料を参照するとなると、かなり時間がかかりそうです。

そうですね……調べる時間を加えると、かなり作画に時間をかけています。例えばアメコミで日本が舞台になると、看板の字がちょっとおかしかったり、奇妙な部分があったりするじゃないですか。同じように、フランスの方がこのマンガを読まれたとき、「やっぱり日本人の描いたのはこの程度だよな」って思われたら悔しいなと思って。

新井隆広

──なるほど。大変さというのはそこまで感じていないですか?

今は本当にありがたみと楽しさを噛み締めながら描かせていただいてますね。ずっと描けない時期が長かったので。僕よりむしろ、背景とかベタ塗りをやってくれてるスタッフの皆さんのほうが大変だと思います。しかも僕が「時代考証的にはここはこうで」って口を出したりするので、「なんだかなー」と思われてるんじゃないかと……(笑)。

ヴィクトル・ユーゴー/新井隆広「LES MISERABLES(1)」12月12日発売 / 700円 / 小学館
ヴィクトル・ユーゴー/新井隆広「LES MISERABLES(1)」
世界的超大作、完全マンガ化!!

世界中で児童書、舞台、音楽、映像となり、様々な形で愛されてきた人間賛歌。だが、文豪ヴィクトル・ユーゴーが執筆した「原書」はあまりの難解さに読破が難しいと言われ続けてきた。その「原書」の物語に、俊英・新井隆広が挑む!! 誇り高き人々が命を懸けて果たした“使命”。圧倒的スケールの物語が、超絶筆致で「完全」に蘇る!! 堂々の第1巻!

新井隆広(あらいたかひろ)
新井隆広

1982年6月16日神奈川県生まれ。2004年、少年サンデー超(小学館)にて「グランバトラー」でデビュー。2006年より週刊少年サンデー(小学館)にて、ダレン・シャンの小説を原作に「ダレン・シャン」を連載。吸血鬼となってしまった少年を描き、低年齢層を中心に人気を集めた。2013年よりゲッサン(小学館)にて、ヴィクトル・ユーゴーの名作をマンガ化した「LES MISERABLES」を連載中。