緑川ゆきの作話術・作画術
──描きたい絵が思い浮かんで、それをもとにお話を作ることも多いとのことですが、そうした絵はどういった拍子に思いつくのでしょうか?
今度はどんな話を描こうと考えると、いろんなシーンが浮かんできて、その中で特に惹かれたものと、もともと描きたかったテーマなどを結びつけて、このシーンはどういう状況だろうと掘り下げていくことが多いです。ただ絵がまったく浮かばないときもあるので、雑貨屋さんや本屋さんやカフェなどに散歩に行って、お店で素敵な曲など耳にしたときパッと何か浮かんだらそれに飛びつくこともあります。
──息抜きにお出かけすることが多いのですね。
本当にマンガを描くことで頭がいっぱいいっぱいで、何かを観たり、読んだりすることがなかなかできなくて情けないです。趣味らしいものといえば、文房具売り場をウロウロしたりとか、素敵なカップや食器をお店で眺めているとワクワクして楽しいです。
──個人的に印象に残っている「夏目」のエピソードはありますか?
どの話も悪戦苦闘しているので、スルリと描けた話のほうが印象に残っている気がします。子狐の話(4巻・特別編1「夏目観察帳①」など)、塔子と滋の話(15巻・特別編13「塔子と滋」)、クッキーと森の入り口の話(26巻・第百五話)は、なぜかそれほど引っ掛からずに描けて楽しかったです。
──思い入れのあるキャラクターはいますか?
この作品の世界観を広げてくれる存在である名取さんを描くときは、慎重に描こうと心掛けているので、毎回思い入れ深いです。あと、マンガでは転校していってしまう笹田というキャラをアニメでは大事に愛らしく描き続けていただいているので、描いてよかったなと大切に思えるキャラクターです。
──人間も妖怪もみな個性的で、1人の作家さんから生み出されたものとは信じられないほどです。キャラクターを描くうえで、どのような作品・作家の影響を受けてきましたか?
人生で初めて模写したのは小学校低学年の頃。「うる星やつら」か「風の谷のナウシカ」だった気がします。当時は絵がまったくうまくならず、しばらくマンガ的なものは描かなかったのですが、テレビで放送された「瞳のなかの少年 15少年漂流記」というアニメがとても好きで、そのキャラクターを何度も模写をして、やっと人類らしきものが描けるようになったのがスタートだった気がします。
──マンガやアニメ以外からの影響もあったのでしょうか?
姉が読書家だったので、小中学生の頃はいろいろ面白かった本の話をしてくれて、そこで想像し、ワクワクした感覚を活かして、描ければいいなと思っています。
──「夏目」では儚げで、ゆったりとした時間が漂う絵がとても印象的です。
絵自体に魅力を持たせることがなかなか難しいので、コマ内の滞空時間というか、読んでいるときに感じる時間を、1コマずつそれぞれ見え方を考えながら配置していければと思っています。本当に小さいことなのですが、そこだけは大事に見て描いていたいです。
「ぼくの地球を守って」や「動物のお医者さん」が連載されている
花とゆめに投稿
──白泉社やLaLaのマンガ作品の思い出があれば教えてください。
マンガを読むと怒られる環境だったのでほとんど触れて来られなかったのですが、日渡早紀先生の「ぼくの地球を守って」と佐々木倫子先生の「動物のお医者さん」だけは読んでいて、とても面白く、夢中になりました。LaLaはたまたまLaLa DXを手に取る機会があって、それが杜真琴先生の特集号で、なんて美しく儚い世界なんだろうと、心に刺さったのを覚えています。
──白泉社以外ではどのようなマンガに触れてきましたか?
アニメ版で大好きだった北条司先生の「キャッツ・アイ」と高橋留美子先生の「うる星やつら」だけは、なぜか父が気まぐれでお土産に買ってきてくれたんです。それがうれしくて、歯抜け巻があっても、何度も読み返していました。あと篠原千絵先生の「海の闇、月の影」が大好きで、いつか自分も誰かをドキドキさせるこんなお話が描けたらなあ、と憧れながら読んでいました。
──その後、緑川先生は1998年にLaLaでデビューすることとなりますが、どういった経緯でLaLaにたどり着いたのでしょう?
投稿する雑誌を探そうと、「ぼくの地球を守って」や「動物のお医者さん」が掲載されていた花とゆめを買ったのがきっかけです。そこには美しく、妖しく、ドラマチックな由貴香織里先生や、シーンやセリフが心に焼きつく望月花梨先生をはじめ、魅力的なマンガがいっぱいあったのです。その後、花とゆめに何度か投稿させていただいたのですが、手応えがなく諦めかけていたんです。
──なんということでしょう……。花とゆめ編集部は今ごろ臍を噛んでいるかもしれません(笑)。
気持ちを切り替えるために、ドラマチックで、洗練されたマンガがいっぱいのLaLaにも、当たって砕けろと投稿させていただき、そこで初代の担当編集さんが拾ってくださいました。以来、ありがたいことに、尊敬・信頼できる担当さんについていただいてきました。今の担当さんもしっかりと寄り添ってくれながら、一緒にマンガを作っていってくださって、自分はここでなければ描き続けていけないだろうなと感じています。白泉社に拾っていただけたこと、そこでマンガ家を続けられていることがとても幸せです。
──仲のいいマンガ家さんはいらっしゃいますか?
田中メカちゃんです! お友達がたくさんいらっしゃるメカちゃんですが、いつもきょどっている私のことも気にかけてくれる、同期であり同志であり大切な友人です。林みかせ先生、天乃忍先生、時計野はり先生、内田小鳩先生には畏れ多くも原稿をお手伝いいただいたことがあって、とても楽しく素敵な方たちで大好きです! まさや かな先生、草川為先生、弓きいろ先生、可歌まと先生、仲野えみこ先生、江咲桃恵先生も新年会などで構ってくださって、めちゃくちゃ感激しています。縞あさと先生はLMS(ララまんが家スカウトコース)講師をご一緒させていただいて、真摯で素敵な方で憧れておりますし、「夏目」の最高にキュートな4コマをたくさん描いてくださったカネチク(ヂュンコ)先生とかわいいお嬢さんに新年会でお会いするのも楽しみです。ほかにもLaLaには素敵な先生方ばかりなので、勇気を出してゆっくりご挨拶できればと思っております。
最終回は4パターン
──「夏目」を長くお描きになってきて、最終回も意識されることがあるかと思いますが、どのように終わらせるのかは決まっているのでしょうか?
最終回はもともと2パターン決めてあったのですが、初代の担当編集さんが最後にアドバイスくださったことがあって、それを実行するかはわかりませんが、もう1パターンも考えています。そして今一緒に作ってくれている担当さんともじっくり話し合って、4パターン目も考えていて、そのときの終わり方にふさわしいものを選べたらと思います。
──先生のもとにはたくさんのファンレターが届いていることと思いますが、印象に残っているものはありますか?
お返事ができずに心苦しいのですが、どれも印象深く、大切に読ませていただいていて、なかなか選べないです。内容や文章はもちろん、作品に合わせた便箋や切手を選んでくださっていたり、それに気付くだけでもうるっとしています。
──ではせっかくなので読者の方にメッセージをぜひ!
こんなにひとつの作品を長く描かせていただき、心から感謝いたします。素晴らしいアニメやかわいらしいグッズなど、いろんな方々のおかげで、マンガの「夏目友人帳」にも興味を持っていただき、愛着を持っていただけるようになりました。そして最近手に取ってくださった方、まだ駆け出しの頃からや、「夏目」の描き始めの頃からずっとお付き合いくださってきた方も、本当にありがとうございます、心の支えです。描いたものを読んでいただける幸せを噛み締めつつ、一本一本大事に描いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
2021年9月24日更新