斎藤けん「天堂家物語」
- あらすじ
- 「私はあさはかでした こんな恐ろしい人を 騙そうなんて」という、主人公の独白から始まるレトロロマンス「天堂家物語」。人を助けて死にたいと願う名もなき少女は、伯爵令嬢・鳳城蘭の身代わりとして天堂家の令息・雅人に嫁ぐ。「死ぬ時は俺を守って死ね」という雅人の言葉に圧された少女は“らん”と名乗り、妖しく不穏な天堂家で暮らすことになる。
1976年に創刊されたLaLa(白泉社)。45周年を祝う本特集の第2回では、女子マンガ研究家・小田真琴によるLaLa現連載作14タイトルのレビューをお届けする。45年にわたり、ラブロマンス、歴史もの、SF、ファンタジーといったさまざまなジャンルの上質な少女マンガを世に送り出してきたLaLaが、今の読者に読んでほしいと思っているのはどんな物語なのか。各連載作のレビューとおすすめのシーンを読み、気になる作品があったらぜひチェックしてほしい。
文 / 小田真琴
「天堂家物語」は9巻まで発売中。
「君は春に目を醒ます」は7巻まで発売中。
少女マンガにおいて「年の差恋愛」は定番のジャンルではありましたが、近年、いろいろな価値観が大幅にアップデートされつつある中で、「教師と生徒の恋愛もの」を含めて成立しづらくなってきています。もちろん成人による子どもたちからの性的搾取や、教師による生徒への性暴力は許されるものではありませんが、少女マンガ愛好家としては、ジャンルとしての「年の差もの」や「教師もの」の衰退に一抹の寂しさを覚えるのもまた事実。そんな中にあって本作の「人工冬眠」というアイデアは秀逸です。これならば倫理的な問題もクリアしながら、年の差ものならではの葛藤や甘酸っぱさを存分に堪能することができるのです。
王道の少女マンガ展開には安定感があり、ナチュラルボーンジゴロ、千遥の尊さは十全に描かれます。そして恋に恋する皆さんに声を大にしてお伝えしたいのは、本作に描かれているような「付き合う直前の微妙な距離感でいちゃつき合う時間」こそが至高なのだという、宇宙の真実であります。どうぞご堪能あれ!
「リバース×リバース」は2巻まで発売中。3巻は7月5日に刊行される。
白泉社お得意のフリーダムなジェンダー観は今も健在。「訳あり女装男子」が繰り広げるどたばたラブコメディは、これぞ白泉社! これぞLaLa!といった楽しさに満ちあふれています。
それにしても私のようなストレートの男からしたら夢のような状況ではないかと思ってしまうのですが、作中の楓はひたすらに困っています。しかしその困っている楓がとてもよい。「困っている男子は魅力的」というテーゼが、本作からは読み取ることができます。LaLa読者、さらには少女マンガ読者の心の中には、男子を困らせたいという欲望が、かなりの割合で潜んでいるのかもしれません。
主人公がメガネをはずすと実は美少女!という王道中の王道展開もたまりませんし、天乃先生のサービス精神が遺憾なく発揮された極上のエンタメ作品と言えましょう。時折、「楓の声変わりはどうなっているのだろうか……」などと思わなくもありませんが、そこらへんは都合よく目をつむるのが正しいマンガ読者であります。
今のLaLaを代表する看板作品と言っても過言ではないでしょう。正しくあろう、誰かのためにあろうとする本作の登場人物たちが、前を向いて、力強く未来へと歩みを進めて行く様は、多くの読者の生きる上での指針となっているように感じます。あきづき先生には本特集内でインタビューさせていただきましたが(参照:LaLa45周年特集「赤髪の白雪姫」あきづき空太の初インタビュー)、この作品と読者はつくづく相思相愛なのだなと、その清く美しい作品の有り様を、改めて確認した次第です。
「赤髪の白雪姫」は24巻まで発売中。
LaLaの付録は高確率でニャンコ先生グッズなので、わが家にはニャンコ先生グッズがそこそこあります(笑)。それはさておき泣く子も黙る大ヒット作です。この作品が多くの人の心を打つのは、緑川先生が描く「孤独」が強い普遍性を保持しているからにほかなりません。
人は人を完全に理解することはできないし、相手が妖怪ならなおさら。だからこそ稀に心が通い合う瞬間は圧倒的に尊いのであって、その生きることの僥倖を世にも美しく描いているのが、この作品であるのです。LaLa史上に残る大傑作。
「夏目友人帳」は26巻まで発売中。
斜に構えて続々と登場するキャラクターたちが、実はことごとくいい奴ばかりという、優しさにあふれたマンガです。姉妹誌の花とゆめで連載されていた「赤ちゃんと僕」を彷彿とさせますが、「子育て」といったテーマすらも気軽に取り込んで誠実なエンタメ作品にして見せる手腕は、白泉社イズムの真骨頂と言えましょう。
とにかく子どもがかわいく、のみならずリアルな子育ての苦労もしっかりと描かれていて、教育効果も抜群。子どもは社会で育てるべきという強い意識が、この作品の根底にはあるように思います。
「学園ベビーシッターズ」は21巻まで発売中。
暴走する中二病の妄想! 自分の欲望全部盛りの世界にいざ投げ込まれてみると、決して楽しいことばかりではなく、命の危機さえ覚えるギャップが愉快です。どうまとめるのか楽しみな連載です。
「転生悪女の黒歴史」は6巻まで発売中。
「リバース×リバース」のように性別を隠すだけでは飽き足りず、ついに人間であることを隠すという境地に到達! アーサー様の激しく入れ替わる二重人格ぶりのおかげか、非常にテンポ良く、楽しく読めます。まったくの余談ですが、白泉社脳的には「ガラスの仮面」の劇中劇「わが作品No707 愛しのオランピア」を思い出しました。
「機械じかけのマリー」は2巻まで発売中。
LaLaで「中国もの」というと森川久美先生の「蘇州夜曲」や「南京路に花吹雪」(超名作! 若い読者のためにも電子書籍化切望!)を思い出してしまう中年男性ですが、こうした中華風の異世界ファンタジーも非常にLaLaっぽいなと思います。男性キャラが甚だしく色っぽくて、物語の展開とは別にドキドキさせられる作品です。
「この凶愛は天災です」は2巻まで発売中。3巻は7月5日に刊行される。
ドSお嬢が豆腐メンタル男子を困らせ続ける「同居もの」。ここでもやはり「リバース×リバース」と同様に、男子は困らせられるのでした。そしてたまに女子も困るのもよいですね。セリフがびしっとハマった見開きぶち抜きの決めゴマが本作の見どころです。時折挿入される書道のシーンがとても綺麗なので、もうちょっと描いてほしいです(個人的願望)。
「末永くよろしくお願いします」は3巻まで発売中。
3巻第13話の事故チューのあとの、ドア越しの密かな赤面シーンはグッと来るものがありました。正直なところ、私には「ドS男子」の魅力があまりわからないのですが、これはたしかによいものですね! その調子でどんどん素直になるがいい!
「マリッジパープル」は5巻まで発売中。
「月の瞳」「血のような紅の花」……活字ならではのイマジネーションを刺激する表現が頻出しますが、鈴木ゆう先生はそれらを見事にコミカライズ。冒頭から絶望感あふれる展開ながら、主人公の奇妙な明るさをむしろ際立たせることで、不穏な物語世界を見事に表現しています。いまだ謎が多く、まんまと続きが気になっています。
「ミミズクと夜の王」は1巻まで発売中。
ハイスピードで展開されるややブラックな笑い。ポン吉がちょっとだけかわいいのが絶妙にイラッとしてとてもよいですね。
「可愛いたぬきも楽じゃない」の単行本発売中。
定時制高校で繰り広げられる、パンチの効いたダイバーシティギャグ! ほのぼの系に逃げないLaLaの心意気を感じる作品。こういう作品が出せるのは作者にも編集部にも確固たる自信があるからですよね。海堂くんと老人たちが好きです。
「4ジゲン」は5巻まで発売中。
2021年9月24日更新
現在のLaLa連載作品の中で一番のお気に入りです。ノワール、ユーモア、そしてアクション。水と油のようにも見える複数の要素が、見事なバランスで融合し、しかもそれが少女マンガとして成立している奇跡! 骨太でありながら、あらゆる伏線がするすると回収されていく緻密な構成! 斎藤けん先生のセンスたるや恐るべしです。
壊滅的な倫理観の中で誰もが少しずつ(もしくは大幅に)狂っていて、少女マンガでは絶対視されがちな「愛」や「正義」といった概念を相対化することにより、むしろそれらがまるで暗闇の中の一条の光のように際立ってきます。そして主人公2人の関係性を見て思うのは、人はわけがわからないものを理解したいと願う存在なのだということ。それは我々読者も同じで、理解できないからこそわかりたくて、そしていつの間にやら、この作品に深く惹きつけられていくのです。軍服&学生服も最高!