ペンネームは「よく考えたね、小学生の自分」
──くらもち先生にお話をうかがってきて、二人展の展示内容について細かくリクエストするなど、いくえみ先生のくらもち先生への底知れぬリスペクトがこれでもかというほど伝わってきました。
ふふふ。
──2015年11月にインタビューさせていただいたとき(参照:マーガレットコミックス特集 ~あの頃も、これからも!一生少女マンガ宣言~ 第14回 いくえみ綾インタビュー)にも、思い入れをたっぷりと語っていただきましたが、いくえみ先生が初めて触れたくらもち作品はなんだったでしょうか。
小学生の頃に読んだ、デビュー作「メガネちゃんのひとりごと」だったと記憶しています。当時はとにかく等身大で身近なストーリーに、ほかの作家さんとの違いを感じました。
──昨年刊行された「文藝別冊 [総特集] くらもちふさこ」への寄稿でも、「(くらもち先生の作品は)なんでほかの人とはまるでちがってみえるんだろう」と綴っていらっしゃいましたね。どのあたりがそんなにも、少女・いくえみ綾の心に引っかかったと思いますか?
生意気なことを言わせていただきますと(笑)、まず発表される1作1作の、躍進ぶりがすごいなと。当時は読み切りをどんどん描いていらしたのですが、みるみるうちに絵が上手くなっていって、個性がガンガン出てきて、周りの作家さんから本当に浮いて見えました。短いページ、ほんの一握りのエピソードで、心が動かされるんです。
──いくえみ先生はデビューが14歳と大変早かったですが、デビューを目指して執筆を重ねる中で、くらもち先生に刺激を受ける部分も多かったのでは。
はい。マンガはこうやって描くんだと、くらもち先生の作品を読んで自然に刷り込まれましたね。
──「私のデビュー作はモロ(くらもち先生の)影響受けまくりでした」と、同じく「文藝別冊」で書いていらっしゃいましたが、今回の原画展では、その「マギー」とくらもち作品の、構図が似てしまったコマ同士の展示も予定されているとか。
そうなんです。どう影響を受けたのかは、原画展を見ていただければ丸わかりですので!(笑)
──初めて実際にくらもち先生と対面したのは、いつでしたか?
おそらく、別冊マーガレットの新年パーティだったと思います。色紙を持っていって、当時連載されていた「いつもポケットにショパン」の麻子を描いてもらいました。とにかく気持ちがフワフワしていたので、手元を見るかご本人を見るか迷いつつも、やはりじっと手元を見ていましたね。麻子の髪の分け目から描かれたので、「分け目から描くんですね」と聞くと、「そうなの私ここから描くのー」と答えていただいたことを覚えています。すごく優しくて柔らかい印象でした。大人の女の人だなと思いました。自分はまだ子供だったので。
──「ペンネームがくらもち作品から名付けられていることを初めて聞いた際、ずっと私が付いて回るんだよ、絶対後悔するよ!と言ったけど、いくえみさんはニヤニヤ笑ってました(笑)」と、くらもち先生がおっしゃっていたのですが、「後悔しない?」と言われたときはどのような思いでしたか?
まず後悔しない自信があったんです。現在後悔していないので、大丈夫です!(笑)
──(笑)。デビューから数えると、この名前ともう39年も連れ添ってきましたね。
ペンネームを考えたのは小学生の頃なので、それ以上ですね。あまりほかにはない名前なので、「よく考えたね、小学生の自分」という感じです。
くらもちさんのトランプ柄のワンピースを見つめていた
──くらもち先生にいくえみ先生との思い出をお聞きしたら、「多田かおるさんの家に女性作家数人で泊まったことが印象深い」とお話しいただいたのですが、そのときの心境など、覚えていらっしゃいますか?
本当に大勢いたので、実はそのときは悲しいことに、くらもち先生とはあまりお話しした覚えがないんです……。多田先生のマンションが広かったのが一番印象に残ってます(笑)。それよりも前の時期かもしれませんが、マンガ家たちで集まる機会があって、二手に分かれて待ち合わせをしたことがありまして。私はくらもちさんとは別だったんですが、安積棍子が支度に手間取って、大幅に時間に遅れてしまったんです。「くらもちさんを待たせてるー!」と、電車の中で走りたい気持ちでほぼ半泣きになり……。
──先輩を待たせるって、気が気じゃないですよね。
でも待ち合わせ場所に着いてみたら、くらもちさんグループは私たちの1分後くらいにニコニコしながらやってきたんですよ! なあんだ、とホッとしました。支度の遅い安積棍子を恨みながら半泣きしたのはなんだったんだ、と(笑)。あとはくらもちさんの着ていたトランプ柄のワンピースがとてもかわいくて、見つめていた思い出があります。
──そこから時は経ち、共通の編集担当の方を介して、数年前にくらもち先生との距離がグッと縮まったとおうかがいしました。
担当さんには感謝しております。担当さんにお会いするときはいつも、後ろにくらもちさんが見えていました!(笑)
──担当さんも、連載の打ち合わせをしに来ているのにいくえみさんはくらもちさんの話ばかりしたがる、とおっしゃっていました(笑)。最初はとても緊張されていたそうですが、くらもち先生と会う機会が増えた現在も、同じように緊張されますか?
最初はしましたね。でも、私はもともと緊張しいで超人見知りなので、久しぶりに会った友達とかにも人見知りしちゃうんです(笑)。そんな人だと思ってお付き合いいただけるとうれしいなと思っております。
あんなものを描いてしまったら、もうマンガ家やめるわ!
──2015年のインタビューでは、アイドルシリーズや「おしゃべり階段」「東京のカサノバ」など、主に1980年代までのくらもち作品について語っていただきましたが、近年のくらもち先生の作品について印象深いものを挙げるとしたらどれでしょうか。
「α」が凝った作りのお話で、「すごい!」と思いました。
──「α」は「+α」と対をなしていて、SF、学園ものなど多様なエピソードが展開されていく作品だと思って読んでいくと、最後にあっと驚く仕掛けが待っているという重層的な連作でしたね。
あれだけいろんなお話を詰め込んで、しっかりした軸があって、そして2巻でスパッと終わるというカッコよさ。私だったら、あんなものを描いてしまったら、いや、描けませんが、もうマンガ家やめるわ! となってしまいそう。そうならずに、くらもち先生はその後もどんどんものすごい作品を発表されて。「駅から5分」と、それに続く「花に染む」、もう、どういうふうに考えたらああなるのか! と。しかもラストは最初から予定していた通り、と聞いて、さらに驚愕しました。
──「花に染む」完結巻の最後に「駅から5分」の最終話を収録する、という構想が連載開始時からあったというのは、確かに驚きですよね。
最初の時点であのラストを考えてああなっていたのか! と。私だったらあんなものを描いてしまったら……いや、描けませんが、もう、マンガ家を……。
──やめちゃダメです!(笑) いくえみ先生の「潔く柔く」も、たくさんの人間模様が展開されて、最終的につながるという複雑な作品だったので、似た部分もあると思いますけども。
ええ、でも同じように重層的な作品であっても、なんかもうくらもちさんの作品は次元が違うなと思いまして。仰ぎ見ながらもコンプレックスを刺激されるというか、手放しで楽しんじゃうというか、そんな感じですね。
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- 映画「プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~」
- 2018年3月3日 ロードショー
監督:篠原哲雄
脚本:持地佑季子
音楽:世武裕子
原作:いくえみ綾「プリンシパル」
配給:アニプレックス
- キャスト
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住友糸真:黒島結菜
舘林弦:小瀧望(ジャニーズWEST)
桜井和央:高杉真宙
国重晴歌:川栄李奈
舘林弓:谷村美月
金沢雄大:市川知宏
工藤梨里:綾野ましろ
菅原怜英:石川志織
舘林琴:中村久美
三浦真智:鈴木砂羽
桜井由香里:白石美帆
住友泰弘:森崎博之
©2018映画「プリンシパル」製作委員会
©いくえみ綾/集英社
©いくえみ綾/集英社マーガレットコミックス刊
- くらもちふさこ
- 1972年、別冊マーガレット(集英社)にて「メガネちゃんのひとりごと」でデビュー。以後、同誌に「いつもポケットにショパン」「おしゃべり階段」「海の天辺」「チープスリル」など多くの作品を発表。恋愛に揺れ動く乙女心をリアルな表現で描き、主人公と同世代の読者を中心に共感を呼んだ。1996年に田舎の中学校を舞台にした長編マンガ「天然コケッコー」で第20回講談社漫画賞を受賞。同作は2007年に実写映画化された。2016年に完結した「花に染む」で、第21回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。現在、ココハナ(集英社)にて「とことこクエスト」を連載中。実妹はマンガ家の倉持知子。
- いくえみ綾(イクエミリョウ)
- 1964年10月2日北海道生まれ。1979年、別冊マーガレット(集英社)にて「マギー」でデビュー。短編を得意とし、時代とマッチした感性の作品で20代女性を中心に人気を得ている。2000年、「バラ色の明日」で第45回小学館漫画賞を受賞。「潔く柔く」で2009年に第33回講談社漫画賞少女部門を受賞した。そのほか代表作に「POPS」「I LOVE HER」「あなたのことはそれほど」など。「プリンシパル」は映画化され、公開が2018年3月3日に控えている。2018年2月現在、Cookie(集英社)にて「太陽が見ている(かもしれないから)」、ココハナ(集英社)にて「G線上のあなたと私」、フィール・ヤング(祥伝社)にて「そろえてちょうだい?」、月刊バーズ(幻冬舎コミックス)にて「私・空・あなた・私」、月刊!スピリッツ(小学館)にて「おやすみカラスまた来てね。」と5本の作品を連載中。