紡木たくが背景しか描かない気持ちがわかった、コピックブーム期
──デジタル作業も導入されているそうですが、作画の工程を簡単に教えていただけますでしょうか。
ペン入れまではずっとアナログで、そこから原稿をスキャンして、特殊な効果を狙いたいときだけデジタルを使ってます。カラーの色付けもデジタルでやったことがあるんですけど、慣れてないからすごく時間がかかるので、よほど時間があるときだけ。基本は「ちょっとふわっとした感じがほしいな」っていうときに、フィルターをかけてソフトな印象にするというような感じです。
──仕上げにデジタルという感じなんですね。
そうですね。あと、コピックで色を塗る場合は、一度ペン入れをしたものをプリントアウトして、そこに塗っていきます。そうしないと滲むので。そうなると、仕上がった原画は、実際の直筆に着色している絵ではなくなりますね。原画展のためにいろいろ原稿を出してたら、ペン画の主線のみのものだったり、いろんな段階のものが出てきました。
──初めてデジタルを導入されたのはいつですか?
「天然コケッコー」の、お祭りのシーンじゃなかったかな。夜店のキラキラした感じを出したくて。妹(倉持和子)がパソコンを買ったので、フォトショップを使って遊んでいたら、「こんなことできるんだ」と面白くなって。遊び半分で、1コマだけ回転を掛ける感じで使ってみたのが最初です。でも当時のパソコンはえらい時間がかかって。一晩寝て起きても、読み込みが終わってなかったり(笑)。それで本格的な導入はしなかったですね。この頃はコピックで塗り込むのにハマってたので、背景もひたすらグリグリグリグリやってましたね。
──森や岩場といった緻密な背景も、すべてコピックによる手描きとは驚きました。写真のように見えますね。
全部コピックなんですよ。コピックを使うのがすごく楽しかった時期で。背景を意識した作品にしたいっていうのもあったので。
──背景を大事にした作品だからこそ、島根ののどかな情景がすごく伝わってくるんだと思います。
ありがとうございます。昔ね、紡木たくが、カラーイラストで背景しか描かないような人だったじゃないですか。「なんで人物抜き?背景だけで楽しい?」ってずっと思ってたんですけど、このときに彼女の気持ちがわかりましたね(笑)。私の性格にコピックが合ったんだろうなと思います。フルデジタルもやってみたいなと思うんですが、よほど勉強してからじゃないと、移行できないかな。
──デジタルで描かれる方が増えて、原画展と言っても展示されるのは純粋な生原画ではない、ということも多くなってきましたね。
だからこそ見れるときにたくさん原画を見ておいていただけるとうれしいなと思います。こういう機会はなかなかないと思っておりますので。私の原稿は汚いので、本当は出したくないんですけど(笑)、原画の面白さを見ていただけると本当にうれしいですね。特に若い方は私をご存じない方もたくさんいると思うので、いくえみさんをお目当てに来た方に「読んでみようかな」って思っていただけたら、本当にありがたいです。
読者を改めて意識した
──昨年は「花に染む」で手塚治虫文化賞マンガ大賞という大きな賞を獲られて、「身の引き締まる思い」とコメントされていましたが、そこから作家として意識が変わったことは?
執筆って孤独な作業で、これまではなんとなく、勝手に描いていて、ついてきてくれる人がいればうれしいっていうような描き方だったんですね。ちょっとワガママな描き方というか。でも手塚先生はそういうスタンスじゃないじゃないですか。だから読者を意識していくっていうことを、改めて確認するようなきっかけになった気がします。なかなか評価の難しい作品だったと思うんですが、それでも大賞に推してくださった審査員の方はじめ、いろんな方々の思いにも応えていきたいですね。
──少女マンガが受賞することはあまりなかった賞なので、少女マンガ全体にとってもくらもち先生の受賞はうれしいニュースだったと思います。
ありがとうございます。本当にありがたいですね、そういうふうに言っていただけると。
──画業45年を超えて、1月にはいくえみ先生をはじめ、久保帯人さん、よしながふみさんら豪華な作家さんたちが寄稿したアンソロジー「くらもち本」も発売されました。こちらも各先生方の、くらもち先生への愛情がたっぷりこもった一冊ですね。
皆さん私からお声がけさせてもらったんですけど、本当に素晴らしいです。不思議と皆さん、「楽しかった」って言ってくださったんですよ。作家さんが楽しんで描いていただいた感じが、原稿にも反映されていると思います。「こんなの描いちゃうの?」って思うありえない世界が広がっているので、私の作品を読まれてなくても、各作家さんのファンの方にはぜひ読んでほしいです。
──「花に染む」を一昨年に完結させて、現在はココハナ(集英社)でエッセイ「とことこクエスト」を連載中ですが、次回作の構想は何かありますか?
まだ特になくて。なんとなく始めると失敗するし、テーマが一番大事なので、「これは絶対に描きたい」っていうものに出会えたら、スタートさせたいなと思っています。いくえみさんにとってのバイオリンのように!
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いくえみ綾 インタビュー
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参加作家
- マンガ:香魚子、安藤ゆき、いくえみ綾、河原和音、金田一蓮十郎、雲田はるこ、椎名軽穂、タアモ、柘植文、筒井旭、西田理英、聖千秋、よしながふみ
- イラスト:秋本治、市川ジュン、カナヘイ、久保帯人、萩尾望都、森田まさのり
- 小説:柴崎友香
- くらもちふさこ
- 1972年、別冊マーガレット(集英社)にて「メガネちゃんのひとりごと」でデビュー。以後、同誌に「いつもポケットにショパン」「おしゃべり階段」「海の天辺」「チープスリル」など多くの作品を発表。恋愛に揺れ動く乙女心をリアルな表現で描き、主人公と同世代の読者を中心に共感を呼んだ。1996年に田舎の中学校を舞台にした長編マンガ「天然コケッコー」で第20回講談社漫画賞を受賞。同作は2007年に実写映画化された。2016年に完結した「花に染む」で、第21回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。現在、ココハナ(集英社)にて「とことこクエスト」を連載中。実妹はマンガ家の倉持知子。
- いくえみ綾(イクエミリョウ)
- 1964年10月2日北海道生まれ。1979年、別冊マーガレット(集英社)にて「マギー」でデビュー。短編を得意とし、時代とマッチした感性の作品で20代女性を中心に人気を得ている。2000年、「バラ色の明日」で第45回小学館漫画賞を受賞。「潔く柔く」で2009年に第33回講談社漫画賞少女部門を受賞した。そのほか代表作に「POPS」「I LOVE HER」「あなたのことはそれほど」など。「プリンシパル」は映画化され、公開が2018年3月3日に控えている。2018年2月現在、Cookie(集英社)にて「太陽が見ている(かもしれないから)」、ココハナ(集英社)にて「G線上のあなたと私」、フィール・ヤング(祥伝社)にて「そろえてちょうだい?」、月刊バーズ(幻冬舎コミックス)にて「私・空・あなた・私」、月刊!スピリッツ(小学館)にて「おやすみカラスまた来てね。」と5本の作品を連載中。