いくえみさんのマンガはピタッと止まっちゃう
──いくえみ先生はデビュー作の「マギー」について、「くらもち先生の影響を受けまくりだった」と公言されていますが、ご自身の影響を感じたところはありますか?
「マギー」のコマで、あ、これはちょっと構図や表情が同じかな?と思ったことはありましたね。でもいくえみさんが、「このコマなんですよ」って私の作品のコマを出して「ね、一緒でしょ?」って無邪気に言うもんだから、「確かに同じだけど……同じって言いにくいじゃない、いくえみぃ!」と思いました(笑)。
──(笑)。ほかにいくえみ作品で、印象的なものというと?
「エンゲージ」とか、あとは……「うたうたいのテーマ」も印象に残ってますね。
──「うたうたいのテーマ」は、初期のロックスターを描く芸能もの。くらもち先生も、初期は音楽ものが多かったですよね。
そうですね。歌謡曲だったり、世間で流行っているものを反映していくような部分があって。自分の中で面白いもの、楽しいものをすぐ取り入れるという描き方を、彼女もおそらくしていたんだと思います。最近の作品に関しては、どっしり構えた描き方をされているので、そういった部分が見えたときに、このスタンス好きだなあって思います。
──「どっしり構えた描き方」というと?
結論を急がない描き方。作者の自信が見える感じが、安心して読めて好きなんです。安心してっていうのはね、ストーリーがふらふらして不安になるのがイヤとかそういうことではなくて、「面白がらせてくれる自信があるんだな」っていう。彼女の作品には、よくそういうものを感じながら読んでいます。「潔く柔く」もそうだと思ったし、最近は「G線上のあなたと私」に注目しています。連載が始まる前に一度会っていて、彼女がバイオリンを習っているっていう話を聞いたんですけど、そのときのいくえみさんの語り方がちょっと普通じゃなかったんですよ。
──熱弁していた?
ええ。すごい熱で。普段はあまりしゃべらない人なんですが、「バイオリンの音色を聴いたときに、脳天かち割られるくらいのショックを受けたんです」って、話が止まらなかった。だから「え、マンガで描かないの? それ」と言ったんです。たぶんその時点で彼女も描こうと思ってたんだと思いますけど、それからしばらくして予告が出たときには、猛烈に期待しましたね。「これは絶対に面白いものができるに違いない」と。
──確かに、いくえみ先生の作品は恋愛や人間関係が主軸になっているものが多いので、「バイオリン」という何かひとつのテーマから物語が紡がれていくのは珍しいかもしれないです。
そう、あまりないでしょう? 恋愛ものではあるんだけど、バイオリンというものを使っていつもと違うキャラクターの動きが見られるのが新鮮ですし、彼女が得意な群像劇も入ってる。だから気づかれてない方も多いかと思いますけど、彼女にとっては珍しいジャンルだと思って注目してるんです。バイオリンを弾いてる姿も、オナラみたいな音しか出ない最初の頃と、ちゃんと音楽になってきてからでは立ち方を細かく変えてたり。そういうところもすごいなと思います。
──とても細かいところまで見られてるんですね。
いくえみさんのマンガに限っては、割と立ち止まっちゃいますね。苦手なアングルがないんじゃないかってくらい達者な絵で。非の打ちどころがないくらい絵がお上手なマンガ家さんはいっぱいいらっしゃるんですけど、なかなか少女マンガであそこまで、指の先の曲がり具合にさえ神経が行き届いている描き方はないですよ。しかもそれをラフに描いちゃうけど、すごくキャラクターの心情が表現されてる。そういうところに非常に惹かれますね。
──血が通っている感じというんですかね。生き生きとしている。
そうですね。
──くらもち先生の作品でも、「いつもポケットにショパン」のピアノを弾く指の描写とか、同じようなことを感じました。
ありがとうございます。でもね、彼女はそのまま写しとった描き方ができるけど、私は少し誇張しちゃうんですよ。自分の型に持ってきちゃうから、逆に楽なんです。例えば指を差す動作でも、私は上に反り上げたように描いてしまう。
──現実の関節の可動範囲としてはこんなに反り上がらないから、そういうところで誇張していると。
そう、ありえないんだけど、構わずやってしまう。けど彼女の場合はしっかり現実のまま描けてるんですよ。私がそれをやると、「勢い出したかったのに出なくなっちゃったなあ」って感じになっちゃうんです。そういうところで、いくえみさんのマンガはピタッと止まって見ちゃいますね。小さなコマでも。「このキャラ本当に悩んでるな。なんでこんな悩んだ感じになるんだろう。あこの手だ!この手の角度が悩んでるんだ」って。「わたしのマーガレット展」(2014年より全国を巡回)のときはバタバタしてゆっくり原画を見られなかったので、今回はすっごく楽しみですね。たぶんね、彼女はホワイトがすごく少ないんじゃないかと思うんですよ。それを確認しに行きたいです(笑)。
枠線を変えた理由
──くらもち先生ご自身の作品についてもうかがいたいのですが、今回原画展のために懐かしい原稿を引っ張り出して、何か当時を思い出したことはありますか?
セロテープでつなぎ合わされた原稿が出てきて、ああ、昔は切り貼りしてたなーと思いました。
──切り貼り?
原稿があまりにも遅かったので、コマごとにバラバラに切って、アシスタントに作業してもらってたんです。
──ええ! それを後で貼り合わせるんですね。
ちょうど昨日、森田まさのり先生も同じことをされてるって話していましたね。私は今はやってないので、なんでやめたんだったかはあんまり覚えてないんですけど。
担当編集 枠線を変えたからですよね。コマとコマの間に隙間ができなくなったから、そこからの原稿は切れなくなった。
ああ、そうか、なるほど! 確か「おばけたんご」からだ。
──枠線を変えるのは結構大きな変化だと思うんですが、何か理由があったんでしょうか?
担当編集 くらもちさん、コマとコマの間にも絵を描きたいっておっしゃってましたよね。この余白がもったいないって。
そうか、そういうことだったかも。「余白の分を足したら1コマできちゃうのに」って思ったんですね。
──年々枠線が太くなっているのには、何か理由がありますか?
例えば主線が太くなったときに、枠線が細いと負けてしまうことがあって、あえて太く描く場合はありますね。あと、あんまり大きな声では言えないですけど、枠線をサインペンで描いてるので、ペン先がつぶれてくるとどんどん太くなっていくことはあります。だから、ペンの切り替えのタイミングで太さが変わるの。
──そんな事情が(笑)。
あんまり深い理由はないんですよ(笑)。
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紡木たくが背景しか描かない気持ちがわかった、コピックブーム期
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参加作家
- マンガ:香魚子、安藤ゆき、いくえみ綾、河原和音、金田一蓮十郎、雲田はるこ、椎名軽穂、タアモ、柘植文、筒井旭、西田理英、聖千秋、よしながふみ
- イラスト:秋本治、市川ジュン、カナヘイ、久保帯人、萩尾望都、森田まさのり
- 小説:柴崎友香
- くらもちふさこ
- 1972年、別冊マーガレット(集英社)にて「メガネちゃんのひとりごと」でデビュー。以後、同誌に「いつもポケットにショパン」「おしゃべり階段」「海の天辺」「チープスリル」など多くの作品を発表。恋愛に揺れ動く乙女心をリアルな表現で描き、主人公と同世代の読者を中心に共感を呼んだ。1996年に田舎の中学校を舞台にした長編マンガ「天然コケッコー」で第20回講談社漫画賞を受賞。同作は2007年に実写映画化された。2016年に完結した「花に染む」で、第21回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。現在、ココハナ(集英社)にて「とことこクエスト」を連載中。実妹はマンガ家の倉持知子。
- いくえみ綾(イクエミリョウ)
- 1964年10月2日北海道生まれ。1979年、別冊マーガレット(集英社)にて「マギー」でデビュー。短編を得意とし、時代とマッチした感性の作品で20代女性を中心に人気を得ている。2000年、「バラ色の明日」で第45回小学館漫画賞を受賞。「潔く柔く」で2009年に第33回講談社漫画賞少女部門を受賞した。そのほか代表作に「POPS」「I LOVE HER」「あなたのことはそれほど」など。「プリンシパル」は映画化され、公開が2018年3月3日に控えている。2018年2月現在、Cookie(集英社)にて「太陽が見ている(かもしれないから)」、ココハナ(集英社)にて「G線上のあなたと私」、フィール・ヤング(祥伝社)にて「そろえてちょうだい?」、月刊バーズ(幻冬舎コミックス)にて「私・空・あなた・私」、月刊!スピリッツ(小学館)にて「おやすみカラスまた来てね。」と5本の作品を連載中。