専門用語を書いて、ぱっとイメージできるかどうか
──お三方ともWeb小説出身ですが、小説とマンガでは読者の反応やストーリーの作り方で違いを感じることはありますか?
津田 正直、モーニング・ツーで連載が始まったとき、読者の反応は僕が予想していた範囲をあまり外れなかったんです。これまで僕に付いてきてくれた読者さんとそんなにズレていないというか、ここで喜んでくれたらいいなと思っていた箇所を楽しんでくれている、よかった、といった感じでした。でも、先日からニコニコ漫画でも公開されて、ちょっと想像していなかった反応が来たんです。僕はいつもマンガを読むときにはストーリーメインで読んでいるんですが、キャラクターのアクションを注視している人がこんなにいるんだとわかったのは面白かったですね。それに、これまで僕の作品に接点がなかったような人まで読んでくださるのは、マンガの面白い点なのかなと思います。
──ニコニコ漫画ですと、コメントがダイレクトに読めるのも面白いところですよね。また、小説では書けなかったことをマンガでなら描けるという違いもあると思いますが、こちらはいかがでしょうか?
蝉川 小説だと1つのシーンに5人以上ってなかなか出しにくいんですよ。でも、マンガだとそれを描き分けることができる。コミカライズを経験すると、小説として書くものとコミカライズのように絵を想像しながら書くものとでは、ちょっと違う書き方になるなと感じました。
カルロ やはり媒体の違いを意識しないと苦労しますよね。小説というのはどうしても情報が文字に依存してしまうので、「百万の大軍」という一語で表現もできるんですが、それはマンガだと大変に困難なわけです。逆に、ビジュアルで描かれた情報を文字で逐一書き留めても、また違った受け取り方になってしまうきらいもある。込められる情報を意識しないと、やはりうまく伝わらないんですよね。これは「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」で特に感じたことですが、医療の専門用語の扱いって大変じゃないですか。専門用語を書いても読者がぱっとイメージできるかどうか。これが小説だと難しかったと思うんです。
津田 そうですね、その困難さは感じました。以前、「ゴミ箱診療科のミステリー・カルテ」という医療ものの小説を書いたときにも、頭の中には映像があったんですが、そのまま伝えられたか不安の部分があり……。今回マンガ原作を書くにあたっては、改めて丁寧に説明をするように心がけています。なので、今後医療系の小説を書く際には、この経験が活かせるはずです。
──加えて、自分から発信していくWeb小説と、編集者の要請によって生まれた書き下ろし作品とでは方法論も異なってきますよね。
蝉川 私と津田さんが「小説家になろう」、カルロさんが「Arcadia」出身ですが、3人とも好きということをメインに書いてきた作家なわけです。でも、何年か作家をやってきて、「好きなものを書いてください」とオファーをいただくと、自分の「好き」を分析しないといけなくなります。それが結果的に自分を縛ってしまい、作品が陳腐になってしまうこともあるんです。例えばその「好き」という感情を80%言い表すことができても、残り20%を切り捨てたら、それが「好き」のすべてとは言えないじゃないですか。なので、どういったシチュエーションで生まれた作品であっても、絶えず原点に立ち返るようにして、「好き」を詰められるように気を付けていますね。
津田 そういう意味では、自分も新しい作品を書くときには必ず処女作を読むようにしています。もちろん書いた当時のですが、誰の影響も受けずに書いているからこそ、一番自分の「好き」が詰まっているんですよ。
カルロ これはいいことを聞きました。今度、2人のやり方を真似してみます。
なろう系が流行した理由は物語のとっつきやすさにあり
──さて、「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」はオリジナルのマンガ作品ですが、津田先生が「小説家になろう」出身、かつ主人公が現代の知識を武器に転移した異世界で医療行為を行うという、なろう系作品の文脈にあります。なろう系作品は現在一ジャンルを築くまでに発展しましたが、皆さんはなぜここまでなろう系が人気になったと分析されていますか?
カルロ 質問にお答えする前に、なろう系の定義について伺ってもいいですか?
津田 いつもの飲み会みたいになってきた(苦笑)。
──ここでは広義の意味として、異世界転生や転移を軸としたWeb発の小説群、ということでいかがでしょうか……。
カルロ なるほど。皆さん、なろう系は新しいと言いますけど、その定義だと「ガリバー旅行記」や「不思議の国のアリス」がWebで掲載されていたら該当してしまいますよね。ここで、一点違う点を挙げるとするならば、そういう作品が生きて帰りし物語なことに対して、なろう系は行きっぱなしなんですよね。
──確かに、完結した人気作品を思い返してみると、転生・転移した先から現代日本に戻ることは少ないですよね。返ってきたとしても一時的で、向こうに居続けることが多い気がします。蝉川先生はいかがですか?
蝉川 アクセスコストが低いのも流行した理由の1つだと思います。なんとなく漠然とした世界観を共有しているので、読みやすいんじゃないかなと。あと、スマホで読むことを基本としていて、自分に合わないと思ったら5分で読み捨てられる。さあこれを読もうと思ったときに高尚なものだと腰を据えないといけないんですが、なろう系はそう思われていない節があるので、感情面のアクセスコストが低いんですよね。でも、そんな中に「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」や「幼女戦記」のような複雑なことをやっている作品もあるので、その落差で得られる喜びもあると。
津田 作家側から言わせてもらうと、「小説家になろう」のランキング上位に行きたいと思えば、その最適解は読者の日常に物語を取り込んでもらうことなんですよ。そう考えると、あまりにしんどい話は通学中・通勤中に読みにくい。そういう意味では、例外は多くありますが商業的になろう系としてイメージされやすいのは、あまりメンタル的な負荷のかからない作品ではないかと思います。日常の延長線上にあるエンタメという意識ですね。それだけに多くの人に広がったのではないでしょうか。
カルロ コストということを考えると、なろう系というのはすでにある種のブランドなんですよね。そこに行けば何を期待できるかがある程度まで予測可能なんです。ハンバーガー屋に行ってハンバーガーを食べるのと同じで、ある種の慣れ親しんだブランドのような感覚でしょうか。作り手の意識としては、ハンバーガー屋と例えて「ハンバーガーしかない」と言われると困るけど、ハンバーガー屋でパンでもホットドッグでもサラダでも何売ってもいいんです。ついでにお客の顔で、反応も見れる。流石にハンバーガー屋でスマホを売るのは違いますが、そういうふうに何を売っているか馴染みがあるお店で、読者と作家が近い距離間にいられるのがなろう系の魅力なんだと思います。
蝉川 作家と読者の間に、SNSや評論を通じて潮流が生まれているので、それに対する作家の責任としては今のメインストリームとは少しズレたものを提供することだと思うんです。そうやって新しいものを提供していかないと、均一的な作品ばかりになりますからね。だから、津田先生が今回医療という新しいアイデアを出したのは、なろう系にとってとてもいいことだったと思います。
津田 まとめましたね(笑)。
蝉川 いつもうまいことを言う係なので(笑)。
現代医療が獣人に通用するのか?
──今後、「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」の連載において、考えていることをお教えください。
津田 この作品の根底に関わる部分なんですが、異世界人に現代医療を行うとき、例えば猫の獣人に僕たちと同じ薬を与えても同じ効果が出るのかどうかですね。これは執筆するうえでまず引っかかったことなんです。そこでいろいろ考えたんですが、まず人間と同じような生体構造をしているので、似たような生命体であるだろうと。それに僕がお世話になっている獣医師で、アニメ「異世界かるてっと」の監督をされている芦名(みのる)さんと話していたときに、獣医師が使う薬の話になったんです。薬にしても、人間とだいたい同じものを場合によって使うとか、胃カメラも人間に使うものと同じものを使うとか……。僕は消化器内科で働いているので抗がん剤なども使うんですが、アジア人と欧州人では効果が違う場合があるんですよ。反応は同じでも効果が違う。そういった点を踏まえて、異世界人との違いを描いていきたいですね。
──カルロ先生と蝉川先生が今後の展開で期待することはなんですか?
カルロ 医食同源という表現が好きなので、食べ物と健康のお話はやってほしいですね。
津田 それは1つ考えています!
蝉川 19世紀のヨーロッパが葛藤した公衆衛生医学の話ですね。個々の医師が優れた技術を持っていても、世界全体を変えていくためにはどうしても公衆衛生に踏み込まざるを得ないと言いますか。そのあたりに津田先生がどう対応していくのか、楽しみにしています。
津田 そこは解決策を思い付きましたので、いつか描けるんじゃないかなと。
──今後の展開も、楽しみにしています!
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