コミックナタリー Power Push - アミュー「この音とまれ!」

燃やし続ける箏(こと)マンガへの情熱

ことの解説マンガにはしない

──読み切り執筆から「この音」連載まで1年ほど期間が空きますが、その間はずっと連載の準備を?

「この音とまれ!」カラーカット

そうですね。連載コンペに向けてネームを描くにあたり、テーマを何にするかっていうのを考えたとき、やっぱりお箏がいいなって思ったんです。母がお箏の先生で、生まれる前からずっとその音を聴いていたし、私もお箏を演奏するので。ただ連載コンペ用のネームも、最初からだいぶ直しましたね。

──最初のネームはどのような内容だったんですか。

実は、さとわが主人公だったんです。名前が同じなだけで性格も展開も全然違うんですけどね。ただ主人公としてはさとわは暗すぎるという話になったので、最初に考えた設定を捨て、次々とネームを切って。ネームを大量に切るのに必死すぎて、どういう経緯かは忘れてしまったんですが、そこから久遠愛と倉田武蔵という2人の男子をメインにすることにしました。

──お箏をテーマにするあたり、気を付けたことはありますか? なじみのない方も多い世界ですよね。

「この音とまれ!」第1話より。

お箏が中心ではなく青春群像劇であること。愛たちの青春に、お箏がある。決してお箏を解説するマンガではない。そこは今でも気を付けています。ただ最初は迷走して、SF要素を入れようとしたこともありました。でも読者にとってはお箏自体あまりなじみがないのに、余計に読者から遠い世界の話になってしまうので、シンプルかつ王道のお箏+学園ものという内容にしました。

──確かに第1話では、箏自体はそこまで出てこないですね。

まずはキャラクターを好きになってもらわないといけないなと思ったんです。キャラを掘り下げたうえで、その子たちがやっている楽器なら興味を持ってもらえるんじゃないかと。やっぱり読んでくださる方も興味があるのはキャラの関係性や成長だと思うので。お箏に関して説明を加えたほうがいいんじゃないかと思う部分もあったりするんですが、あえて解説を入れずに描いている部分もあります。

たった一音で空気が変わるのを描きたい

──ここまでお話を伺って、アミューさんは箏マンガを描くためにマンガ家を志したのかなとも感じたのですが。

アミュー

そう思っちゃいますよね(笑)。でももとからマンガ家になりたいというのが大前提としてあって、その中で描きたいもののひとつがお箏だったんです。私が育ったのは、当たり前のようにお箏がある環境。特別な環境というより空気みたいな、あって当然の存在だったんですね。お箏って本当にうまい人が演奏すると、たった一音で空気が変わるんですよ。それを表現できたらいいなと。いい曲もたくさんあるので、もっと知ってもらいたいという気持ちで描いています。ただマンガを描いていく中で、マンガ家も担当編集者もお箏に詳しくなってしまうと、読者から離れすぎてしまうので、林さんにはあえてお箏の勉強をしないようお願いしています。

──担当さんが初心者の目線からわかりにくいところを指摘していくと。

4分音符や8分音符の違いについて説明する武蔵。

そうですね。私は3歳の頃からずっとお箏に触れていたので、「何がわからないか」がわからない。だからまっさらな目線でチェックしてほしいですね。あと初心者の子がどこでつまずくかわからなかったりもするんです。劇中でも初めてお箏を触るキャラが苦戦するシーンを描いていますが、そういった描写はお箏を教えている母や姉のアドバイスの力も大きいです。

──お姉さまも箏の先生なんですね。

以前高校で教えていて、今は「心花~kokohana~」という25絃箏のユニットで活動しています。愛たちがぶつかる壁は何か、どういう難しさがあるかについては、実家に戻った時に母と一緒に弾いて考えることもありますね。あと母と姉には劇中に登場する「久遠」と「龍星群」の作曲もしてもらっています。普段もスカイプでしょっちゅう話していますし。ちなみに3巻に出てくる、愛のじいちゃんのお箏にある「愛」の文字は書道家の父に書いてもらいました。

財宝レベルで大事な「一度捨てる」という行為

──「どこでつまずくかわからない」とおっしゃいましたが、「この音」の中では上手く弾けない人間の葛藤や成長が丁寧に描かれていると感じました。

周囲からの遅れを感じる光太。

キャラの葛藤なんかは私の経験がベースになっているんです。姉が子供の頃、お箏の天才として扱われていたので、その横で私は姉へのコンプレックスを肥大化させていて。そういう出来ないことに対する葛藤って、お箏だけでなくあらゆることに共通だと思っているので、そのときの気持ちをキャラクターに言わせています。

──「この音」の熱量は、そういうアミューさんご自身の葛藤や苦悩を作品にぶつけるところから生まれる、と。

どうなんでしょうね。でも連載当初は入り込みすぎて、ひとつの物事にとらわれていて。読者が読んでもよくわからない感じになっていた部分も多かったんじゃないかと思います。今は以前より作品に対して距離を置いて見られるようになったので「ここは捨てて、違う出だしにしてみよう」などサクッと切り替えられるようになりました。

──連載ネームについてお話を伺っている中でも、「一度捨てる」という言葉が出てきましたね。

捨てることと切り替えることができるようになったのは、マンガを描くうえで財宝レベルで大事なものですね。この重要性に長らく気付けなかったんです。以前は自分が一度決めたことにはずっと固執してしまっていたので。

アミュー「この音とまれ!(12)」 / 2016年7月4日発売 / 集英社
この音とまれ!(12)
473円
Kindle版 / 400円

全国大会神奈川予選。参加する14の高校の内、全国へ進めるのは、たったの1校のみ。絶対に勝つと意気込む愛達だが、姫坂をはじめとする他校の生徒達もそれぞれの思いを胸に、大会に臨んでいるのだった。これまで積み重ねてきたものをぶつけ合う、熱い戦いの幕が開く!!

アミュー

2006年、桜アミュー名義で執筆した「龍星群」が、りぼんオリジナル(集英社)に掲載されデビュー。以降りぼん(集英社)および、同誌の増刊で読み切りを発表。2010年よりペンネームをアミューに改め、ジャンプスクエア(集英社)へと活動の場を移す。ジャンプSQ.19(集英社)で「ミリオンスマイルズ」、ジャンプスクエアで「5×100」を読み切りとして発表した後、2012年よりジャンプスクエアにて「この音とまれ!」を連載中。