アニメ化「この世界は不完全すぎる」&ドラマ化「しょせん他人事ですから」、マフィア梶田が担当編集と語る左藤真通ワールドの魅力 (3/4)

僕たちの考えていた“弁護士像”が間違っていた!

梶田 しかしこの2作品はジャンルもテーマも全然違いますよね(笑)。「しょせん他人事ですから」はどういう経緯で立ち上がった企画なんですかね?

大野木 けっこう前からよく、芸能人の方とかが「SNSで誹謗中傷するのをやめてください」って注意喚起されたりしているじゃないですか。それでファンの人が「大変だ」「かわいそうだ」ってなりますけど、そこからしばらく音沙汰がなくなって、半年後くらいに「こういうことがあって弁護士さんに相談しました」「こういう結果になりました」って報告だけされる。いや、この人は半年間、具体的に何をしていたんですかと。そういうところにもともと興味があって、知りたいと思っていて……。新しい雑誌を作ることになったときに、それをマンガにできないかという名目で、左藤さんと一緒に弁護士さんに取材させてもらったのがきっかけでしたね。

梶田 目の付けどころが素晴らしいですね。まさしく今の時代に求められているマンガだと思います。

マフィア梶田

マフィア梶田

大野木 その取材をさせてもらったお相手が、今マンガの監修もしてくださっている清水弁護士だったんですが、最初は僕も左藤さんも、弁護士は依頼人に寄り添って、依頼人の悩みや苦労を理解したうえで「こういうふうに解決しましょう!」みたいな感じで仕事をする人だと思っていたんです。だから、どういう仕組みや法律があって、時間やお金はどのくらいかかって……みたいな話を聞いていたんですね。だけど、清水さんとなんだか話が噛み合わない感じがして。

──どういうことでしょう?

大野木 こちらが質問したことにはちゃんと答えてくれるんで、システムは理解できたんですけど、なんというか、取材があまり盛り上がらなかった(笑)。そんなときに左藤さんが、「清水さんは今、どういうスタンスで弁護士の仕事をやってるんですか?」って聞いてくださって。それに対して清水さんが、「まあしょせん他人事だから……って気持ちですね」って(笑)。僕たちが考えていたそもそもの弁護士像が間違っていたんです。

鍵田 もうちょっと感情とかに寄り添うようなイメージかと思ったら。

大野木 そう。その瞬間に「面白い!」って思って。清水さんのおっしゃったことがマンガ的にバチッとハマりそうな気がして、左藤さんと2人で「これはいけるかも」となったんです。

「しょせん他人事ですから」1巻より。保田は事務所に“他人事”と書かれた掛け軸を飾っている。©左藤真通・富士屋カツヒト・清水陽平/白泉社
「しょせん他人事ですから」1巻より。保田は事務所に“他人事”と書かれた掛け軸を飾っている。©左藤真通・富士屋カツヒト・清水陽平/白泉社

「しょせん他人事ですから」1巻より。保田は事務所に“他人事”と書かれた掛け軸を飾っている。©左藤真通・富士屋カツヒト・清水陽平/白泉社

梶田 それはいい取材でしたね。たぶん、だからこそ主人公の保田が魅力的な人物像になっていると思うんですよ。すごく極端で、いびつな性格の人物ではあるんですけど、ポリシーに一貫性があってカッコいい。実際に相談するならこういう人がいいですよね。3巻に出てきたドラゴン(星川龍太郎)は絶対に嫌です(笑)。

大野木 ドラゴンも、弁護士として優秀は優秀なんですけどね(笑)。清水弁護士に出会えたのが幸運でした。弁護士さんにも、いろんなポリシーでやっている人がいるっていうことを知れました。

犯人をたどったら子供……本当に他人事じゃない

梶田 「しょせん他人事ですから」は、ネタ出しは大変じゃないですか? 今発売されている6巻まででも、いろいろな事件を取り扱っていますけど、この先ほかにどんなバリエーションがあるんだろう?って。

鍵田 ネームだけで言うと「不完全」よりも「他人事」のほうが大変だと思うんですよ。「不完全」はファンタジーだし、ゲームなのである程度の幅で話は作れちゃう。でも「他人事」は、現実を舞台にして法律を扱っているぶん、文章にも内容にも正確性が求められるじゃないですか。発言とか手続きとか、基本的には実際の通りに書かないといけない。1ページ1ページのカロリーが高いだろうなって思いながら拝見していました。

大野木 2人でもう必死です(笑)。でも、そこは僕はまったく逆で、個人的には「不完全」のほうが大変そうだなと思っていました。オープンワールドだから何をしてもいいとなると、取っ掛かりがなさすぎて……。「他人事」くらいの小さい世界のほうが僕はまだ作りやすく感じますね。

鍵田 そのどちらも描く左藤さんは大変ですね(笑)。

大野木 そう、両方できている左藤さんは本当にすごいと思うんですよ。

梶田 かたや他人事、かたや不完全。改めて、取り扱っているテーマからも左藤先生の作家性が感じられるような気がします(笑)。

──梶田さんは「しょせん他人事ですから」のエピソードで、特に印象に残っているものはありますか?

梶田 第14話からのお話が、ものすごい珠玉の出来だと思うんですよ。

大野木 ゲーム配信者の放送を、中学生が悪ふざけで荒らすやつですね。

「しょせん他人事ですから」3巻収録、第14話より。©左藤真通・富士屋カツヒト・清水陽平/白泉社
「しょせん他人事ですから」3巻収録、第14話より。©左藤真通・富士屋カツヒト・清水陽平/白泉社

「しょせん他人事ですから」3巻収録、第14話より。©左藤真通・富士屋カツヒト・清水陽平/白泉社

梶田 これこそ我々の業界にだいぶ近しいというか、あり得る話で。相手が子供っていうのがまた難しいんですよね。自分の周囲でも昔あったんですよ。詳しくは先方にも迷惑がかかってしまうので伏せますけど、デマを広められて炎上して……犯人をたどったら未成年だった。未成年を相手に責任を問うのは難しいので、当然示談に落ち着くわけなんですけど。そのときは呼び出して、みっちりしごきあげたようです(笑)。

鍵田 恐ろしい(笑)。

大野木 すごい効果的な気がしますね(笑)。

鍵田 それこそゲームでも、今の子供たちってオンラインでFPSをやったりしていて、ボイスチャットでの暴言がどんどんひどくなって、問題視されているじゃないですか。

梶田 本来であれば発言力を与えるべきでない人間にまで発言力を与えてしまうのがインターネットなので、本当になんとかすべき問題だと思うんですけど……。誹謗中傷とかデマの吹聴とか、考えなしにやっている人に1人でも多く、このマンガを読んでもらうべきだと思います。自分がどれだけ愚かなことをしているのか学べると思うので。

大野木 そうですね。それに実際炎上しちゃった人ってすごい不安になったり、パニックになったりするので、そのときにこのマンガに出会ってくれたらいいなと思います。「こういうことができるんだ」って知るだけで視野が広がるというか、少しでも落ち着くことができると思うので。