コミックナタリー Power Push - 映画「聲の形」山田尚子監督インタビュー
“存在している”彼らを通して伝わるもの
大今良時原作による「映画『聲の形』」は、高校生の石田将也が、小学生のときにわかり合えず傷つけてしまった西宮硝子と再会し、交流を経て変化していく物語。原作は「このマンガがすごい!2015」オトコ編、コミックナタリー主催のマンガ賞「コミックナタリー大賞 2014」でもそれぞれ1位を獲得し、第19回手塚治虫文化賞では新生賞を受賞した。単行本は全7巻が刊行されている。
コミックナタリーでは「映画けいおん!」や「たまこラブストーリー」で知られ、京都アニメーションに所属する監督の山田尚子へインタビューを実施。原作への印象をはじめ、演出に秘めた思いや、“生っぽさ”を求めた制作の裏側を聞いた。
取材・文 / 熊瀬哲子
石田将也とシンクロしていただきたい
──もともと社内で「聲の形」を映画化しようという企画があったのでしょうか。
そうですね。「次は『聲の形』をやろうと思ってるんだよ」というお話がありました。そのことを聞いて「誰が監督するのかな」「やりたいな」と思っていたんですけど、そのときはまだ私に監督のお話は来ていなくて。
──「やりたい」という気持ちがあったのは、原作の「聲の形」がお好きだったからですか?
残念ながら読んだことはなかったんですけど、スタッフ間でもすごく話題になっていた作品で。聞きかじる分に、とても素敵な作品なんじゃないかなと思っていたんです。なのですごく興味はあったんですけど……先に読んじゃうと、お話をいただけなかったときのテンションの下がりっぷりがすごいだろうなと思って(笑)。
──好きになっちゃうと(笑)。
好きになっちゃうとつらいと思ったので(笑)、読むのはちょっと我慢してたんです。だけどラッキーなことにお話をいただけたのでよかったです。
──そこから実際に原作を読んでみて、どういった印象を持たれましたか?
ファンの方はもちろんわかってらっしゃると思うんですけど、ただ聴覚障害の方へのいじめが描かれているだけの作品ではなくて。人の心のトゲトゲした部分もそうですし、その奥にある優しさや、大事な部分を逃さずに描いている作品だと思いました。ただみんな、人と人としてつながりたいだけだったり、お互いを知りたかっただけで。キャラクターたちの純粋な思いのぶつかり合いを感じて、読めば読むほど好きになりました。だから監督を担当できることが本当にうれしかったです。
──原作では単行本1冊分で小学生時代が描かれていますが、映画でも小学生の頃の将也にまつわるシーンはじっくりと時間を割いて描写されていました。
「聲の形」は“石田将也”という男の子が生まれるまでの作品という側面もあると思ったので、彼のことをちゃんと描いて、皆さんと石田将也にシンクロしていただきたいなと考えていたんです。なので、始まりとなる小学校のシーンはしっかり描かないといけないなと。あとは西宮硝子の人としてのスタンスもちゃんと描く必要があると思っていて。ただやられっぱなしになっている対象なだけではないというか、硝子もちゃんとしたたかな思いがあって生きているという、そのいじらしい部分もちゃんと描きたかったんです。その後の高校生の彼らにつながる物語として、やっぱり小学生時代のエピソードは手が抜けませんでした。
表現が変わっても芯に流れている解釈は同じ
──単行本7巻分のストーリーを1本の映画にまとめるのはすごく難しそうです。
難しかったです……。まずは、原作の「聲の形」が大事にしているものを芯に置いて、そこは絶対にブレないようにしようと決めていました。時間の都合上、どうしても削らないといけないエピソードは出てくるんですけど、そのエピソードにあった本質の部分は絶対に逃さないようにしないといけない。そこで伝えたかったことは、形を変えてでも入れ込もうと思いました。伝えようとしていることがたくさんあって、いくつものレイヤーがあってこそ、この作品だと思うので、映画でも入れたいシーンはたくさんありました。それでもシンプルに伝えるべきことを伝えなくては、というところでかなり悩みましたね。だけど脚本の吉田玲子さんは今までにたくさんの作品を手がけていらっしゃるので、長い作品を1本にする術を知ってらっしゃるはずだと思って。まずは一旦、大きな指針を話し合ってから、あとは素直に甘えてみようと(笑)。
──ははは(笑)。まずは吉田さんにお任せしつつ、そこからどうやってシナリオを詰めていかれたんですか?
原作者の大今(良時)先生もたくさん話し合いに参加して教えてくださったので、より純度の高いものに仕上げるための取捨選択をしていくことができました。大今先生ご自身、作品に思い入れがあるので、お話いただける情報の量もすごいんですよ。その情報の海の中から、どこを拾っていくのが正解なんだろう、というところでかなり熟考しました。
──大今さんから「大切にしてほしいシーン」みたいなお話もあったのでしょうか。
たくさん聞かせていただきましたね。それを聞いたうえで、映画として成り立つように再構築させていただきました。原作マンガは週刊誌で連載されていて、毎週毎週エピソードの面白さでどんどん読ませていくっていう、すごく天才的な作品だと思いますし、マンガとしてはこれが完成形だと思うんです。
──ええ。
だけどそれと同じ文法で映画を作ってしまうと、ただの引き写しだし、ただのダイジェストになってしまう。そこに映像化の意味がなくなってしまうと思うので、私たちにお仕事をいただけたからには、ちゃんと1本の映像作品として石田将也に寄り添った物語を作る必要がありました。そのうえで表面的な表現方法が変わっているシーンもありますけど、たぶん芯に流れている解釈は変わっていなくて。
──確かに映画を観てから原作を読み返して、「そういえばマンガではこういうシーンだったんだ」と気付くところもありました。芯に流れている解釈が変わっていないから、映画も違和感なく観ることができたんだと思います。
まずは1本の映画であるというのが大事なので、アプローチの仕方が変わっている場面があっても、同じ印象で、同じ熱量で感じてもらえるような工夫はしていきましたね。
──シリアスな場面だけではなく、思わずクスっと笑ってしまうシーンがちりばめられているのも原作の魅力だと思うんですが、映画でもそこは大切に描かれていると感じました。
原作のそのシリアスな要素と笑えるシーンとのバランスは素晴らしいなと思っていたので、そういった部分も余すことなく拾いたいと思っていました。
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ガキ大将だった小学6年生の石田将也は、転校生の少女、西宮硝子へ無邪気な好奇心を持つ。「いい奴ぶってんじゃねーよ」。自分の想いを伝えられないふたりはすれ違い、 分かり合えないまま、ある日硝子は転校してしまう。やがて5年の時を経て、別々の場所で高校生へと成長したふたり。あの日以来、伝えたい想いを内に抱えていた将也は硝子のもとを訪れる。「俺と西宮、友達になれるかな?」再会したふたりは、今まで距離を置いていた同級生たちに会いに行く。止まっていた時間が少しずつ動きだし、ふたりの世界は変わっていったように見えたが──。
スタッフ
- 原作:「聲の形」大今良時(講談社コミックス刊)
- 監督:山田尚子
- 脚本:吉田玲子
- キャラクターデザイン:西屋太志
- 美術監督:篠原睦雄
- 色彩設計:石田奈央美
- 設定:秋竹斉一
- 撮影監督:高尾一也
- 音響監督:鶴岡陽太
- 音楽:牛尾憲輔
- 音楽制作:ポニーキャニオン
- アニメーション制作:京都アニメーション
キャスト
- 石田将也:入野自由
- 西宮硝子:早見沙織
- 西宮結絃:悠木碧
- 永束友宏:小野賢章
- 植野直花:金子有希
- 佐原みよこ:石川由依
- 川井みき:潘めぐみ
- 真柴智:豊永利行
- 石田将也(小学生):松岡茉優
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
「映画『聲の形』公開記念特番 ~映画『聲の形』ができるまで~」
アニメ制作の裏側を中心に、キャストによるトークなど秘蔵映像が満載。映画がさらに楽しめる特別番組がオンエアされる。
- 番組情報
- テレビ静岡:2016年9月15日(木)26:15~26:45
- TOKYO MX1:2016年9月16日(金)20:29~20:55、9月23日(金)19:30~20:00※再放送
- メ~テレ:2016年9月16日(金)25:54~26:24
- ABC朝日放送:2016年9月17日(土)26:25~26:55
- テレビ北海道:2016年9月17日(土)27:05~27:35
- 西日本放送:2016年9月18日(日)26:25~26:55
- ミヤギテレビ:2016年9月19日(月)26:59~27:29
- 広島テレビ:2016年9月21日(水)25:59~26:29
山田尚子(ヤマダナオコ)
2004年、京都アニメーションに入社。2009年にテレビアニメ「けいおん!」で初監督を務める。同作は2期にわたり放送され、若年層を中心にヒットを飛ばし、東京アニメアワードやアニメーション神戸賞で優秀作品賞を受賞した。また2011年には「映画けいおん!」で長編映画を初監督。第35回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞に輝いた。2013年には京都アニメーションオリジナル作品「たまこまーけっと」の監督に抜擢。2014年には同作の続編となる映画「たまこラブストーリー」でも監督を務め、第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で新人賞を受賞した。