安倍吉俊が語る「こどものグルメ」|久住昌之と作る 小学4年生が主役の非美食マンガ

安倍吉俊インタビュー

「孤独のグルメ」を読み返しました

──久住昌之先生とのタッグとなる新連載「こどものグルメ」のスタートをコミックナタリーで告知したところ、大きな反響がありました(参照:久住昌之と安倍吉俊がタッグを組む新連載!「こどものグルメ」が7月からWebで)。先生の耳にも届いてらっしゃいますか。

安倍吉俊

ええ、Twitterでたくさんリツイートされていましたね。タイトルが「孤独のグルメ」を連想するものだったのもあるんでしょうか。久住さんと僕の組み合わせに興味を持っていただけたようで、ありがたいです。

──「リューシカ・リューシカ」以来2年ぶりとなる安倍先生の新作ということでも注目を集めていますが、まずはどういういきさつでこの企画が生まれたのでしょうか。

昨年の秋ぐらいにcomicエスタスさんから連絡をいただいて、とてもいいお話だなと思いました。久住先生とはこれまで面識はなかったんですけれども、僕の名前を挙げてくださったそうで、とてもうれしかったです。

──好奇心旺盛な女の子が主人公の「リューシカ・リューシカ」を読んで、久住先生もぜひ、と思われたのかもしれませんね。

僕も「孤独のグルメ」のマンガはもちろん読んでいますし、ドラマも観ていました。「こどものグルメ」を描くにあたって、「孤独のグルメ」と「花のズボラ飯」は、もう一度読み返して原作をどういうふうにコマに描いているのか参考にさせてもらっています。原作ものを手がけるのは今回が初めてですが、実は僕が最初にマンガを投稿したのは久住先生が活躍された月刊漫画ガロ(青林堂)だったんです。しかもそのあと月刊アフタヌーン(講談社)で新人賞を取ったときの審査員が、「孤独のグルメ」の作画をされていた谷口ジロー先生だったこともあって、個人的に縁を感じました。

──そうだったんですか。

しかも久住先生とはご近所同士だったんです。それを最初の打ち合わせでお会いしたときに初めて知って。僕は井の頭恩賜公園が散歩コースなんですが、久住先生の仕事場がその近所だと伺って、これは打ち合わせも便利だなと思いました(笑)。

「リューシカ・リューシカ」

──グルメマンガということで、安倍先生はこれまで食べることや料理を作ることに興味はありましたか?

僕はほとんど外食しないですし、得意な料理もないんです。一人暮らしをしていた頃に自分で食べる分をちょっと作ったぐらいで、何か名前が付くような料理なんてとてもとてもとても。そういう意味では、今回の主人公の女の子と同じくらいのレベルです(笑)。そもそも「リューシカ・リューシカ」は主人公がソフトクリームを見て「うんこだ」って言うようなマンガでしたし、その前に描いていた「NieA_7」も紅茶のティーバックを何度も干して使うなどといった貧乏話ばかりだったので、本当に自分で大丈夫なのかなという不安もちょっとありました(笑)。

杏は“ご飯を作っているときに本当の自分を出せる子”

──今回の主人公・蓬野杏は共働きの両親を持つ小学4年生です。食べることが一番の楽しみである彼女は両親の留守中、自分にしかできないおいしいものを作って食べようとさまざまな料理に挑戦します。久住先生とは、どのようにお話を進めていったのでしょう。

最初の打ち合わせの時点では、まだキャラクターの名前も決まっていなかったんです。大まかな話として、女の子が両親が留守の間に自分で工夫してちょっとしたものを作る。そのちょっとしたところに面白みがある話にしようという感じでした。あとは、彼女は“ご飯を作っているときに本当の自分を出せる子”にしようということですね。学校ではどんなに優等生だったとしても、ご飯を作っているときにはやんちゃな子供の姿に戻るといった感じです。

杏のキャラクター設定画。

──第1話で2歳下の弟にご飯を作ってあげるところは、しっかり者な印象を受けました。

そうですね。まあ、ちょっと変わってる子ではありますけれども(笑)。キャラクターデザインについては日常の話なのであまり突飛な感じにする必要はないなと思って、ごく普通の家庭の女の子をイメージしながら描いてみました。これからいろいろ料理をするので髪は動きやすいように短くしています。

──久住先生から原作を受け取って、どんなことを思われましたか?

「こどものグルメ」第1話より。自作ソングを歌い踊りながら、ポテサラ丼がレンジで
温まるのを待つ杏。

まず、杏が歌ったりするところをどうしたらいいか考えました。僕は昔からマンガを描いていて、自分で照れてしまうことがよくあるんです。例えばキャラクターのフキダシをギザギザにして叫ばせるのとかも、どうも恥ずかしくって。そういう意味で、今回も杏が歌う姿を想像しながら、これは描いていて照れちゃいそうだなと思ったのが最初の感想です(笑)。あとはセリフとト書きのバランスをどうしようかということですね。杏が電子レンジに食材を入れて2分待っている間、原作では「『まちゃくちゃまちゃくちゃ ふなふなー♪』 デタラメな歌を歌って踊る杏」とあるんですが、ここは絵にするときに前振りもなく突然踊り出すというのが僕の中でうまく想像できなくて。なので、その前に「2分でできるかぎりお腹をすかせないと」というセリフを足させてもらっています。

──なるほど。ほかにもそういう変更部分があれば教えてください。

「こどものグルメ」第1話より。とんかつソースはご飯の上にポテトサラダを乗せた
後、全体にいき渡るようジグザグにかける。

原作では「『ソースソース』 とんかつソースを出す。」という文章なんですけど、ト書きの部分をセリフに入れて「ソースソース」「とんかつのやつ」としたり。「だーれもいない くまのうち」と歌いながら家に上がっていくところも、セリフも描き文字にして擬音と同じような扱いにしたり。久住先生自体、デビュー作からモノローグを上手に使われる作風じゃないですか。今回もひとり言といえばひとり言ですけど、子供だから別に内省的なわけではないので、これをどういうふうに表現すればいいか、いろいろ考えました。コマの中に四角く囲ったモノローグ的なものを入れたほうがいいのか。それとも全部セリフでしゃべらせるのか。結局、セリフを動作に置き換えられる箇所は置き換えて、だいたいしゃべらせてます。

──このぐらいの年代の子だと、モノローグをどう落とし込むかは難しいですね。

そうですね。ただ心の中で思っているだけという扱いでも大丈夫なんですけど、しゃべってないと孤独に見えちゃうと思うんです。やっぱりご飯を作るのは楽しい時間だし、マンガとしても賑やかなほうがいいので極力しゃべらせるようにしています。あとは久住先生と打ち合わせの際に話したんですが、普段の原作よりも要素を減らして1ページのコマを大きめに取れるようにしようと考えています。昔のマンガは1ページを4段に切って8コマぐらいに割るのが主流で、だんだん3段に5、6コマになってきたんですね。僕はもともと8コマで描いてきた世代なので「リューシカ・リューシカ」で5、6コマになるよう一生懸命練習してきたんですが、今回も大きめのコマがいいなと思って。

──コマが大きいと時間の経過もゆったりと感じられます。

この作品で描かれるのは、日常の何気ない一場面じゃないですか。 学校から帰ってきて、冷蔵庫を開けてかき集めたもので、おやつとご飯の中間みたいなものを作って食べる。特に大事件が起きるわけでもないし、最後に解き明かされる謎もない。久住先生ならではのセリフ回しや間をちゃんと生かして描かないと1話分10ページをあっという間に読み終えてしまうと思ったので、そこはすごく考えました。

あくまでも“子供にとってのグルメ”

──料理の作画に関してはいかがでしょう。

「こどものグルメ」第1話より、ポテサラ丼。

人物パートに対してメリハリのある描写にしたいんですけど、かと言って過度に豪華にしようとは考えていません。実際に作った人が「あっ、こんな感じだな」と思うように描いているところです。1話目のポテサラ丼も、やっぱり1回自分で手を動かさないとわからないので実際に作ってみたんですけれども。率直に言ってポテトサラダをご飯に乗せたものだなと思いました(笑)。ただ、マズくはなかったです。「これは子供だったらやっちゃうかなって」いう感じがすごくあって、面白いところを突いてきたなあと思いました。

──子供ならではの発想ですね。

久住先生がおっしゃっていましたけれども、僕も「みんながみんな、おいしいものとして思ってくれなくてもいい」と思うんです。グルメというタイトルだけどあくまでも子供にとってのグルメであって、美食マンガではないので。実際こういうことを小さい頃にやった人は当時を思い出してくれればいいし、同じくらいの年頃の子なら自分もやってみたいと思ってくれたらいいなという感じです。僕も小さい頃は親が留守がちだったので、自分で適当なものを作って食べていたことを思い出しました。

「こどものグルメ」第1話より。杏は父親のことを「親一号」、母親のことを「親二号」と呼んでいる。

──親が不在のときに何かが起こるのは、子供が主人公の作品の王道ですね。今後、両親がどういう形で物語に絡んでくるのか期待しております。そう言えば、話の中で杏は両親のことを“親一号”“親二号”と呼んでいました。

僕も最初に原作を読んだとき、ちょっとびっくりしました。でも、あれは別に突き放しているわけじゃないんです。独特の言い回しといったふうに捉えていただければ。僕もこれから両親がどんなふうに登場するのか興味深く思っています。

──小さい子がふざけて言う「わかりました、隊長」みたいなニュアンスですね。これはぜひ伺いたかったんですが、「リューシカ・リューシカ」で小さい子を主人公にしたのは何かきっかけがあったんでしょうか。

ある日、いつの間にか自分が大人の目線から子供を見下ろすようになっちゃったなと感じたんです。30歳過ぎてから気が付くのもおかしいんですけど(笑)。だんだん自分も歳をとっていくんだなって。なので自分の頭の中に子供の目線が残っているうちに、自分の子供の頃の記憶をうまく落とし込める話を1回描いておかなきゃいけないなと思って。

「こどものグルメ」設定画

──そうした思いが「こどものグルメ」にもつながっているわけですね。大人から小さいお子さんまで幅広い層に「こどものグルメ」を読んでいただきたいですね。最後に連載への意気込みをお願いいたします。

Webマンガのいいところは、話題になったときにすぐ読めることだと思います。しかも久住さんが原作ということで、僕のファンだけでなくたくさんの人に読んでもらえるんじゃないでしょうか。誰しも自分の表現が届く範囲があると思うんですけど、今回はきっとその外側まで届くはずなので、新しい読者の人にも面白いと言ってもらえるものにしたいですね。

原作:久住昌之 作画:安倍吉俊
「こどものグルメ」
原作:久住昌之 作画:安倍吉俊「こどものグルメ」

共働きの両親を持つ主人公・蓬野杏(よもぎのあん)は、食べることが一番の楽しみ。そんな彼女は両親の留守中、自分にしかできないおいしいものを作って食べようとさまざまな料理に挑戦し……ときには周りの人々の助言も受けつつ、“こども”ならではの発想で独自の絶品B級グルメを次々と生み出していく。

安倍吉俊(アベヨシトシ)
安倍吉俊@Yukaly作
1971年生まれの東京都出身。東京藝術大学美術学部日本画科を卒業し、同大学院美術研究科において絵画専攻日本画科修士課程を修了している。在学中の1994年、講談社主催の新人賞・アフタヌーン四季賞で準入選を受賞。その後、「雨の降る場所」「NieA_7」「リューシカ・リューシカ」を輩出した。またアニメ「serial experiments lain」ではキャラクター原案を手がけたほか、「灰羽連盟」では原作を担当。マンガのみならず、イラスト、キャラクターデザインなど多彩なフィールドで活躍を続ける。
久住昌之(クスミマサユキ)
1958年東京生まれ。美学校・絵文字工房で赤瀬川源平に師事する。1981年に美学校の同期生である泉晴紀と組んだ「泉昌之」として、ガロ「夜行」でデビューを果たした。1990年には実弟の久住卓也とのユニット「QBB」で発表した「中学生日記」で第45回文藝春秋漫画賞を受賞した。原作者としても活動しており、代表作に谷口ジローとの共著「孤独のグルメ」などがある。