「キノの旅 the Beautiful World」|時雨沢恵一×シオミヤイルカ対談 今、「キノ」をコミカライズする理由。

どうしたら最小の労力で最大の効果が出せるか

──完成原稿ができるまでに、おふたりでどんなやり取りをされているのでしょうか。

時雨沢 まず何の話をやるか決めて、シオミヤさんにネームに起こしていただきます。それをもとに、直接会ってネーム会議をやる。毎回、2~3時間は取らせてもらっているかな。

シオミヤ 1ページごと……いや、場合によっては1コマごとに「ここはこういうシーンで、こういうものがあって」とか、「アイテムはこれを使ってください」とか、指定をいただきます。

時雨沢 話に関係なくても、私なりのこだわりがある部分は、結構細かい部分まで伝えさせてもらっていますね。料理に使うための五徳とか、カップとか、小説を書くときになんとなくイメージしているんですよ。そういう小物を全部作ってもらいました。

エルメスのラフ。 エルメスのラフ。 エルメスのラフ。

シオミヤ エルメスも、今回3DCGで1から作り込んでいるんですよ。(ラフを見ながら)これはボツのデザインですね。たぶん何がどう違うのか、わからないと思うんですけど(笑)。タンクを作り変えたり、全体のフォルムを調整したり……。

──外から見えないような部分まで、しっかり設計されているんですね。

エルメスのラフ。エルメスのラフ。

時雨沢 連載前の段階で細かく作ってもらいました。エルメスのモデルはブラフ・シューペリアのSS100というバイクなんですが、キノが旅をするのにふさわしいバイクになるよう、ギアレバーの位置を変えたり、スタンドも普通のバイクと同じにしたり、ほかにも荷物を積むためにはどうしたらいいとか、なくてもいい部分は取っちゃおうとか(笑)、そういう調整を加えています。おかげで納得できるカッコいいものになりましたね。

シオミヤ 先ほども少し触れましたが、今回のコミカライズでは1つの挑戦として3DCGをたくさん使っています。最初「キノ」のお話をいただいたときに、どうしたら最小の労力で最大の効果が出せるかというのを考えて、今の形になりました。バイクとか銃とか、真面目に全部描いていると、ものすごい労力になってしまいます。ですのでそれぞれの国も、外注ではあるんですが、毎回3Dモデルを作ってもらっています。

時雨沢 キノの家は間取りまで作ってもらいましたからね。そうやって作っているので、完成した原稿は背景美術もすごくキレイなんですよ。国の中の様子とか、絵としてすごく魅力的に仕上がっていると思います。

シオミヤさんのネームのキノはかわいい

──キノのビジュアルについてはどうでしょう。

シオミヤ キノはそんなに迷わなかったですね。描いたものを時雨沢さんにお見せしたときも、すぐに通していただいて。

キノのラフ。
キノのラフ。

時雨沢 シオミヤさんのキノは、線が細くてシャープなところがいいですよね。黒星さんのキノは“イラスト”ならではの描き方なので、必然的に決めポーズが多く、カッコいい。一方で、シオミヤさんの描くキノからは、日常の何気ない表情に女の子らしさを感じる。

シオミヤ 時雨沢さんは「ネームのキノもかわいい」とおっしゃってくださるんですよ。自分ではあまりわからないんですけど、ちょっと丸っこい感じがですか。

時雨沢 そうそう、ネームの手描きタッチで描かれるキノを見ると、ほんわかした気持ちになるんです(笑)。完成原稿とのギャップもすごいから、見比べて楽しんでる。ネームだけで1冊出してほしいくらいなんですけど、そういうマンガ家さんはいないんですかね? 電子版を買ったらネームが付いてくるとか、どうですか?

シオミヤ 僕は構いませんけど、あんまりそういう話は聞かないですよね。

コミカライズ版「大人の国」のネーム。 コミカライズ版「大人の国」のネーム。 コミカライズ版「大人の国」のネーム。

時雨沢 もったいないなあ。これを見るには原作者になるか講談社で働くかしかないんですかね。役得だと思って楽しみます(笑)。

本編では絶対に考えられないシーン

──単行本1巻の収録話から、お気に入りのシーンを挙げるならどこですか。

コミカライズ版「人の痛みが分かる国」より(作画:シオミヤイルカ)。コミカライズ版「人の痛みが分かる国」より(作画:シオミヤイルカ)。

シオミヤ 僕のお気に入りは、「人の痛みが分かる国」(原作1巻収録)の後半の、キノとその国の男性が音楽を聴いているシーンですかね。ここは自分でもちょっと感動するような感じにできたかな、と。

時雨沢 この話、ラストの別れのシーンもすごくいいですよね。一旦言いよどんだあと、笑顔を交わし合うところとか、小説ではあえて簡潔に書いているんですけど、マンガではページを贅沢に使って、余韻を表現している。

シオミヤ マンガだからこそできた表現かもしれませんね。

時雨沢 私は「大人の国」の扉ページが好きです。単行本ではここに、ちょっとした文章を書き下ろしているんです。こんな未来も、ひょっとしたらあったのかもねっていう。

コミカライズ版「大人の国」扉ページ(作画:シオミヤイルカ)。

シオミヤ 時雨沢さんの書き下ろしがあるというのは、原作ファンの方にも喜んでもらえるんじゃないでしょうか。そういう、原作ファンが「ニヤリ」とするような遊びはちょこちょこ入れています。単行本のカバーも、原作の旧カバー1巻をオマージュしたものなんですよ。カバー下の本体表紙も電撃文庫を思わせるデザインになっています。

電撃文庫「キノの旅 the Beautiful World」I巻カバー。

時雨沢 時間も限られているので、全部が全部やれるわけではないんですけど、遊べるところは遊びたいなと思っています。

──時雨沢さんの作品といえば、あとがき部分に何かしらの遊びを入れられるのがお約束となっています。コミカライズ版のあとがきにも、期待されるファンが多いと思うのですが……。

時雨沢 今回も文章のあとがきはあるんですが、シオミヤさんがメインの本ですし、1巻なのでまずはご挨拶しなきゃというのもあって、一応真面目にやりました(笑)。許されるのならば、2巻からは遊んでもいいかもしれませんね。

原作:時雨沢恵一 マンガ:シオミヤイルカ
「キノの旅 the Beautiful World①」
発売中 / 講談社
原作:時雨沢恵一 マンガ:シオミヤイルカ「キノの旅 the Beautiful World①」

コミック 702円

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Kindle版 540円

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人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の話。

時雨沢恵一(シグサワケイイチ)
1972年生まれ、神奈川県出身。2000年に第6回電撃ゲーム小説大賞で最終候補作に残った「キノの旅」で作家デビュー。原作小説は20巻まで発売中。代表作に「キノの旅 the Beautiful World」「一つの大陸の物語シリーズ」「ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」など多数。
シオミヤイルカ
1983年生まれ。2005年に文芸誌ファウストにて、錦メガネ「コンバージョン・ブルー」の挿絵イラストを担当し、イラストレーターとしてデビュー。代表作に「零崎双識の人間試験」「非実在推理少女あ~や」など。