時雨沢恵一原作、シオミヤイルカ「キノの旅 the Beautiful World」1巻が、7月14日に発売される。少年マガジンエッジ2017年4月号(講談社)にて連載が開始された同作は、旅人のキノと言葉を話す二輪車エルメスがさまざまな国を巡る、KADOKAWAから刊行されている同名小説のコミカライズ作品だ。ほぼ同時期に、月刊コミック電撃大王(KADOKAWA)でもコミカライズが始まり、今秋にはテレビアニメの新作もスタートする。
コミックナタリーでは1巻の発売を記念し、原作者の時雨沢と、作画担当のシオミヤの対談を実施。原作スタートから17年経った今、なぜコミカライズが始動したのか。2媒体同時でのコミカライズの理由や、2人が本作にかける意気込みなどたっぷり語り合ってもらった。
取材・文 / 鈴木俊介
「キノの旅」のコミカライズが生まれた理由
──3月に少年マガジンエッジで、5月には月刊コミック電撃大王でもコミカライズがスタートした「キノの旅」。さらに秋には新作アニメの放送も決定しています。まずは2媒体同時でのコミカライズが決まった経緯を教えてください。
時雨沢恵一 言い出しっぺは私ですね。マガジンエッジの編集さんと作家の友達を通じて知り合って、去年の秋頃、飲み会でご一緒させていただいたんです。そのときに「キノはまだ一度もコミカライズされていないんです」と言ったんです。そうしたら、しばらくして「うちでやりましょう」とお返事をいただいて。
シオミヤイルカ アニメが始まることも、電撃大王でコミカライズされる可能性があることも、知らなかったとおっしゃってましたね。
時雨沢 一切知らなかった。でもマガジンエッジの編集さんが、シオミヤさんを見つけてきてくれて、コミカライズの企画書をすぐに出してくれたから成立した。
シオミヤ 僕は、オリジナルの企画がうまくいっていなかった時期に「有名なノベルのコミカライズができる人を探している」と声をかけていただいて。お話を聞きに行ったら「キノの旅」だと言われて、とても驚いたことを覚えています。タイミングが良かったんですね。
──シオミヤさんは、コミカライズのお話がくる前から「キノ」を読まれていたんですか?
シオミヤ もちろんです。小説に興味を持ったのが大学生になってからと、結構遅かったのですが、「キノ」を初めて読んだときは衝撃を受けました。
時雨沢 ひどい作品でしょう(笑)。
シオミヤ 黒星紅白さんのイラストはかわいらしいのに(笑)。僕らの世代はみんな「キノ」を通ってます。連載が始まる直前、仲間内で「キノのコミカライズをやる」って話したら、全員に2度見されましたから(笑)。
──これまでにマンガ化の話はなかったんですか?
時雨沢 前回のアニメ化の際にもコミカライズの話はあったんですけど、当時はメディアミックスも盛んではなかったし、やるからにはしっかりやりたい。そう思うと、なかなかおまかせできる人が見つからなかったんです。今回マンガになるって決まったときは感無量でしたよ。
マガジンエッジ版は、贅沢なコミカライズ
──マガジンエッジ版と電撃大王版では、別のエピソードを描かれていますよね。マンガにするエピソードはどうやって決めてるんですか?
時雨沢 エピソードはまったく一緒にはしないようにと、意図的に変えています。マガジンエッジ版はオーソドックスに初期の話から。電撃大王版では、コミカライズを担当する郷さんが鉄砲などに詳しい方だということもあって、アクションが映えるような話をやっていく予定です。
──2つのコミカライズの違いは、どのように意識されているんでしょう。
時雨沢 マンガ家さんが違いますし、作風も違いますので。絶対に作家さんの個性が出るはずだから、エピソード以外は特に差を意識してはいないですね。
シオミヤ 今回はとにかく“原作遵守”を目標にしています。マンガとして読みやすいようにセリフを短くしたり、構成の都合でシーンを並び替えたりするくらいで、原作に忠実に描いています。
時雨沢 長いエピソードも2話、3話使ってゆったりきっちり描いてもらっているので、原作者からするとすごく贅沢なコミカライズですよ。
──第1話では、キノがエルメスと出会い、旅人になったときのエピソードである「大人の国」が描かれました。これは原作では1巻の第5話にあたるお話ですが、これを第1話に選ばれた理由は?
時雨沢 「キノの旅」をまったく知らない人に、最もインパクトを与えられるのは「大人の国」だろうな、と。小説だと、そこまではキノを男の子っぽく書いておいて、第5話でネタばらしをするという叙述トリックになっているんですけど、マンガだと絵でバレてしまいますから。「大人の国」はマンガで読んでみたかったエピソードの1つです。
シオミヤ 僕は「レールの上の三人の男」(原作1巻収録)がとても印象に残っていたので、それも1巻に収録できたのはよかったかな、と思います。
時雨沢 そのあたりの初期エピソードは、「キノ」の流れとか雰囲気的なものを確立した話なので、思い入れもあるんですよ。自分で書いたんだけど、「面白いなこの話」と思いながら新鮮な気持ちで読んでいます(笑)。
シオミヤ 一方で、1話がまるまる日記として書かれている話とか、新聞記事の内容だけで完結している話とか、「これはマンガにできないだろう」というような話もあるじゃないですか。
時雨沢 小説でしかできない遊びも相当やっていますからね。セリフだけで成立している話なんかは、どんな国かもわからないし、どんな顔の人かも一切書いてない。ああいう話をマンガ化するのは相当大変なんじゃないかな。
シオミヤ 絵が出ちゃうという意味だと、「差別を許さない国」(原作3巻収録)も難しいのかなって。
時雨沢 「差別を許さない国」は、キノが使う言葉がその国にとっての差別用語という扱いで、「×××××」っていう伏せ字のオンパレードですね(笑)。
シオミヤ それに、出国してからひどく不衛生な国だったってことが明かされるじゃないですか。あれも国の中の様子を描いてしまうとネタバレになってしまう……小説だと、どんな国なのか想像力を働かせながら読むから面白い部分もありますもんね。なにかマンガならではのことができればいいですけど。
時雨沢 いやあ、現状で十分マンガならではのことは描いてもらっています。今回新しく絵が出てきたキャラクターもたくさんいますからね。
──それぞれの国で暮らす人なんかは、シオミヤさんが新たにデザインを起こされているんですか?
シオミヤ そうですね。打ち合わせのときにイメージの擦り合わせはするんですが、基本的にはおまかせいただいて、できたものをチェックしてもらっています。
時雨沢 キャラクターに関しては、よっぽど変人に見えない限りは大丈夫です。ビジュアライズされたという意味では前回のアニメがありますけど、シオミヤさんのイメージで描いてもらって大丈夫ですと伝えていて。
シオミヤ どうしても影響を受けてしまうので、あえてアニメは観ないようにしています。原作を繰り返し読んで、イメージを膨らませていますね。
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どうしたら最小の労力で最大の効果が出せるか
- 原作:時雨沢恵一 マンガ:シオミヤイルカ
「キノの旅 the Beautiful World①」 - 発売中 / 講談社
人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の話。
- 時雨沢恵一(シグサワケイイチ)
- 1972年生まれ、神奈川県出身。2000年に第6回電撃ゲーム小説大賞で最終候補作に残った「キノの旅」で作家デビュー。原作小説は20巻まで発売中。代表作に「キノの旅 the Beautiful World」「一つの大陸の物語シリーズ」「ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」など多数。
- シオミヤイルカ
- 1983年生まれ。2005年に文芸誌ファウストにて、錦メガネ「コンバージョン・ブルー」の挿絵イラストを担当し、イラストレーターとしてデビュー。代表作に「零崎双識の人間試験」「非実在推理少女あ~や」など。