「君に愛されて痛かった」少年少女の“負のスパイラル”を、柴田阿弥はどう捉えたのか (2/2)

一生懸命何かに取り組んだことがある人と、そうでない人は、理解し合えない

──最初に柴田さんが「一気に読んでしまった」とお話ししていた通り、一度ページを開くと止まらないような勢いとドライブ感があるのもこの作品の魅力だと思うのですが、特に心に残っているシーンはどこですか?

かなえが寛に「野球ってそんなに大切な事なの? 自分を犠牲にしてまで続ける事なの? それってしなきゃいけない事なの?」って問いかけるシーンが、すごく印象的でした。何かに人生を懸けて取り組んだことがある人と、そうでない人というのはどんなに議論したとしてもわかり合えないんだな、ということを、ひしひしと感じた場面でしたね。

5巻第32話より。寛が怪我を負いながらも試合に出ていたと知ったかなえ。純粋に心配する気持ちから寛に問いかける。

5巻第32話より。寛が怪我を負いながらも試合に出ていたと知ったかなえ。純粋に心配する気持ちから寛に問いかける。

5巻第33話より。野球に人生を懸けて生きてきた寛にとって、かなえの一言は理解を超えたものだった。

5巻第33話より。野球に人生を懸けて生きてきた寛にとって、かなえの一言は理解を超えたものだった。

──「自分のために野球をやっている」寛の気持ちを、かなえは理解できない。

私は何かに一生懸命取り組んだことがあるから、寛の気持ちがわかるんですよ。こんなことを言われて、怒って立ち去ってしまう気持ちもよくわかる。でも一方でかなえも本当によかれと思って伝えているから、この2人が本質的に理解し合うのは無理なんだなと思いました。私は人に見られる仕事をしていますが、どこまでも自分軸で突き進んでいかないといけないんだなとも、このシーンを読んで改めて実感しましたね。他人が思う自分はその人が見たいように見ているだけだから、そこを気にしすぎるとすごく疲れる。「自分がこれをやりたい」「こういう信念でやるぞ」と信念を持たないと、今の時代はSNSとかもあって本当にしんどいですよね。私も学生時代は帰宅部で、何かに熱中したこともなかったから、かなえの気持ちもわかるんですけどね。

──かなえの一言はかなり突拍子もないというか失礼に受け取られても仕方ないと思うんですけど、かなえの思考回路を辿っていくと、その言葉に至るのも理解はできますよね。

一本筋は通っていると思います。すごく周りを見ているというか、気にしているが故だなと。こういうふうに、一生懸命何かに取り組んでいる人に「そんなにつらいならやめたら?」って言っちゃう人って現実にもいますけど、自分が好きでやっていることに対してそう言われたらすごく嫌な気持ちになりますよね。ただの読者なのに、私も読んでいて寛と同じく嫌な気持ちになりましたから(笑)。それは私が運よく仕事に打ち込めているからなんですけどね。

柴田阿弥
柴田阿弥

──寛は序盤ではかなえの神様のような存在として登場しますが、徐々に別の顔も見えてきます。鳴海を見ながら「あんなクズと俺を同列で扱うな」と内心でつぶやいていたり。「今度好きな子ができたら、今までの彼女たちを傷つけた分めちゃくちゃ大切にしたい」という思いを抱いていて、かなえを本当に好きというよりは自分の中での約束事によるところも大きいのかなと思わされたり。

人間くさいですよね。最初は少女マンガのヒーロー的な存在なのかと思ったけど。全員本当に人間らしくて。登場人物の中で純粋にまっすぐなのは越智くんだけかも?と思ってしまいます(笑)。

──寛はよく「普通は」という言葉を口にします。かなえも「『普通』 寛君の口癖」と受け止めていて。この作品の中で「普通とは?」というのは1つの大きなテーマなのかもしれません。

学生時代は特にはみだすと叩かれるから、普通でいたいけど凡庸ではいたくないという感覚が呪いのように存在していた気がします。かなえのように「自分が普通じゃない」と自覚している人は「普通はこうだろ」と言われると傷付くと思うんです。そういえば、私はメディアで発言するときに、絶対に「普通に」とか「一般的に」というワードは使わないようにしていますね。

──番組で意見を述べるときなどにですか?

自分の意見を言うときも、進行役を務めているときも。例えば障害をテーマとして扱うときに、「普通の人」と言うのではなく「障害を持っていない人」と言ったり。コメンテーターの方も配慮して使っている人が多いと思いますね。

柴田阿弥

老若男女皆さんにぜひ読んでほしい

──最後に、柴田さんから作者の知るかバカうどん先生へ聞いてみたいことは何かありますか?

たくさんあります! まず、本当にストーリーの続きが気になって仕方ないんですけど、第1話の冒頭に、物語の結末のような描写があって……。

1巻第1話より。物語は寛がかなえを刺殺し、警察に連行されてしまうというシーンからスタートする。

1巻第1話より。物語は寛がかなえを刺殺し、警察に連行されてしまうというシーンからスタートする。

──寛がかなえを刺殺してしまうという衝撃的なシーンですね。

この場面がエンディングということはもう確定しているのか?というところはとても気になっています。あと、知るかバカうどん先生とクジラックス先生の対談記事を読んだんですけど、その中で知るかバカうどん先生がこの作品について「ただ自分が面白いと思ったものを書いているだけで、社会問題などへのテーマ性やメッセージ性は込めていない。自分の周りの出来事を描くことが多い」とお話しされていたんです。どこまでが身近なご経験なのかなというのは気になりました。ネットに上がっている、いろいろな方の感想やレビューも読んでみたんですよ。本当に多種多様で、興味深かったです。「読者にこんな気持ちになってほしい」とかも先生の中にはきっと特になくて、私たち読者が勝手に解釈しているだけだと思うんですけどね。

──自分とは全然違う感想というか、新鮮に感じたものもありましたか?

私はどんな背景があったとしても、犯罪は犯した人が悪いと思うんです。たとえいじめられた過去があったとしても、性暴力は許されないと思うから、かなえは絶対に間違っている。でもやっぱり「いじめていたんだから一花ちゃんも一花ちゃんで悪い」という意見もあって。人によって感じることが全然違うというのも、この作品の面白さだと思いますね。メッセージ性を強く感じる人もいれば、全然感じない人もいるだろうし。

──登場人物と同じ世代の、10代の方々にも読んでほしいと思いますか?

思います。苦手な描写もあると思うけど、「こんな人間関係はくだらないな」「こうはなっちゃいけないな」と感じたら、自分の現実世界に置き換えてもそう思えるかもしれないじゃないですか。すごく絵もきれいで読みやすいから、多感な日々を送っている人たちも含め、老若男女皆さんにぜひ読んでほしいですね。

柴田阿弥

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プロフィール

柴田阿弥(シバタアヤ)

1993年4月1日生まれ。愛知県出身。2010年から2016年までSKE48に在籍。現在はセント・フォースに所属し、フリーアナウンサーとして活動している。ラジオ番組「ザ・ヒットスタジオ(火)」のメインパーソナリティやテレビ東京系のTV番組「ウイニング競馬」の司会を経て、現在ABEMAの報道番組「ABEMA Prime」のコメンテーターとしても活躍している。