完璧じゃない、だからこそこの作品に合うと思った
──コンクール用の自由曲として重要な楽曲「Now or Never」についても教えてください。
この曲は、序盤からちょっとずつテンポが速くなるように、でもそれを感じさせないように仕立てています。間に入ってくるストリングスは作曲家、ピアニストのEmi Nishidaにお願いしていて、僕がある程度のパートを書いて、それをストリングスで広げてもらいました。ストリングスに関しては、今お話しているこのスタジオのピアノをどけて、Boston Chamber Orchestraの弦楽四重奏に入ってもらって重ね録りしています。曲の終盤につれてストリングスの束感が徐々に合っていくようになっていて、アニメ版では曲の後半のストリングスが使われているので、フル尺ではそこに至るまでの様子も楽しんでもらえるとうれしいです。
──歌詞は「今やらなきゃ!」という決意が感じられるものになっていますね。
人間が人生の岐路に立たされたときの「今しかないんだ!」「今やらなきゃもうやらないだろ!」という気持ちと、お話の中での「よーし、行くぞ!」というクワイア部の気持ちが重なるような楽曲になりました。
高校生の頃って、「自分を信じろ」と言われても、そう簡単に信じられるわけではないと思うんですよ。僕が高校生のときだってそうだったし、今の高校生だってきっとそうだと思うんです。むしろ、「ちょっと信じられないけど、どうかな」「いや、今やるしかないんだ」「自分を信じるしかないんだ」という葛藤が必ずあるはずで。そして、サビで「よし行くぞ!」とみんなの声が合わさるときも、その束感は定規で線を引いたように整えられたものではなくて、いい意味でごちゃっとしているだろう、と想像していました。曲の中でテンポが少しずつ速くなっていって、登場人物たちの心拍数が上がっていくわけですが、人の心拍数は人それぞれに違います。だから、サビに入る瞬間も、まとまってはいるんですけどみんなちょっとだけバラけている、「でも、そこがいいんだ!」というものを目指していったんです。その完璧じゃない、侘び寂びのような部分までを入れることが、「音楽や高校生をテーマにしたアニメに合うはずだ」「そういった要素が反映されるべきだ」と思っていました。
──大人になってもそうですが、高校生ならより迷うわけですし、その中でも決断していく尊さのようなものが大切に表現されているのですね。
完璧にすることって、現代の社会では比較的簡単なことだと思うんです。だけど、そこに非完璧なものを残すことって、すごく繊細で大切な作業だと思っていて。「ピッチは完璧じゃないけれど、こっちのテイクのほうが惹かれるよね」とか、そういった感覚を大切に制作していきました。今回担当してくれたエンジニアさんたちも、1人ひとりのいいテイクを選んだ後、それを手作業で切ってくれていて。僕は「機械で揃えてもらってもいい」と言ったんですが、「手作業で合わせたほうが絶対に音の個性が活きる」と皆さん作業してくれました。
──改めてエンディングテーマ「Ride Out the Fall」についても、詳しく聞かせてください。この曲はホーンなどにアース・ウィンド&ファイアー風のディスコファンクっぽさを感じます。
実は僕とアース・ウィンド&ファイアーとは直接は関係ないんですが、周りのアーティストたちとは縁があって、ジョージ・マッセンバーグという彼らの作品を手がけたミックスエンジニアの友人が僕のメンター的な存在の1人なので、レコーディングしたりホーンセクションを入れたりするときにも、アース・ウィンド&ファイアーのことは常に頭の片隅にあります。
──イメージとして近しい部分もあるんですね。
ただ、この曲に関しては、一番イメージしていたのはカーティス・メイフィールドの「Move On Up」(1stソロアルバム「カーティス」に収録された70年代ニューソウルを代表する楽曲の1つ)をより現代風にしたものですね。頭の中にギターのパートが浮かんでいたので、まずはそれを自分で演奏して、ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークのユニット・シルクソニックでもギターを弾いている大学時代の同期・Ella Feingoldに「やってくれよ!」とお願いしました。そうしたら「これでいいじゃん! 私が入る必要ないよ」と言われてしまって。「そこをなんとか!」と言って入れてもらった音が、フル尺版の最後のおしゃべりの後ろで鳴っています。
──そうだったんですか。
シルクソニックのオールドファッションなギターは、僕の中ではカーティス・メイフィールドっぽいと思っていて、その後ろのホーンセクションはアース・ウィンド&ファイアー風。でもドラムビートはドラムンベースのようなものになっていて、その上でオトメやマジック、あだち、えいちゃんたちがしゃべったり声で踊ったり、白鳥が困ってラップをしはじめたりしていて(笑)。本当に細かい音まで聴いてもらうといろんなことが起こっていて面白いですよ。
──川越学園ボーイズ・クワイア部と、浦和學習院ボーイズ・クワイア部といった学校ごとの音楽性の違いは意識されましたか?
「こう差別化しよう」と頭で考えていたわけではなくて、あくまでその学校のメンバーたちのことを考えて作曲していきました。その結果、それぞれに音楽的な違いが出たということだと思います。浦和學習院ボーイズ・クワイア部は、強豪校ということもあり難しい楽曲が多くなっていて、ジャズなのに五拍子になっていたり、ハーモニーも少しモダンなことをしていたりと、「聴く人が聴くと『こんなことをやるんだ!』とわかるような要素」を入れています。そういう意味では、アカデミックな耳で聴いても聴きどころがあるかもしれません。
1人ひとりのキャラクターが色濃く記憶に残ってほしい
──今回キャストの皆さんの歌に感じた魅力についても教えてください。
歌心の中西くん(IT役)、ブレンドの生田鷹司くん&伊瀬結陸くん(日向兄弟役)……といった感じでそれぞれに違った魅力を持っていると思います。中西くんは、本っ当にうまいんですよ。それに、木村くん(あだち役)はがんばり屋さんで、声が枯れていても何度でもテイクに入って、納得のいくものが録れるまでチャレンジしてくれました。
ほかにも、深川くん(マジック役)の歌にはブルースを感じますし、小原くん(トリちゃん役)は、一番歌に憂いがあると思いました。土田玲央くん(えいちゃん役)は耳がいいので、ほかのメンバーがやっていることを聞き分けて、司令塔的にバランスを取ってくれます。葉山翔太くん(博士役)はフィールと言われる、メロディとリズムのバランスを取るのがすごく上手です。これは深川くんもそうですね。葉山くんは歌詞が持っているメッセージを理解しながら進めてくれるような、深みがある歌を加えてくれました。
金子くん(オトメ役)と鵜澤くん(だんぼっち役)はファルセットがきれいです。例えば、深川くんのミックスといわれるちょっとブルージーなボーカルと、金子くんの歌声を混ぜるとぐっと楽曲が締まる場所があったりもしたので、プリコーラスと呼ばれるコーラスの直前に混ぜ方を変えていれたりもしました。鵜澤くんはだんぼっち役として「自分がセンターだ」という意識を持ってくれていて、言葉が前に行くような歌が魅力的でした。アラインと呼ばれるみんなのボーカルを整えていく作業では、だんぼっちの歌を基本に作業をしていきました。
──皆さんそれぞれに個性豊かな歌声の魅力を感じた、と。
その通りです。とはいえ、やっぱり一番印象的だったのは、みんなが集まったときの束感なんですよ。1人ひとり声領域が違うメンバーが集まって、その歌声が合わさったときのことが、僕は何よりも印象的でした。今回、全員の歌の束感を出すときには、誰ひとり欠けずに全員のテイクを採用していて、ミュートして声を省いたキャストは1人もいません。
──なるほど。そもそも、現実のクワイア部では声をミュートしないですもんね。
そう! 部活でバランスを取ってメンバーの声をミュートすることなんてないんですよ。
──TVアニメの最終話に向けて、楽しみにしておいてほしいことがあれば教えてください。
あえて「音楽を忘れる体験をしてほしいな」と思います。音楽ってエンターテインメントの中で主役になったりインターフェイスになったりすることも多いですけど、僕が音楽サイドの人間として本当にこのアニメの中でサポートしたい、伝わってほしいと思っていたのは、ここで描かれている登場人物たちみんなの人間模様でした。ですから、音楽はもちろんですが、それ以上にアニメの中での1人ひとりのキャラクターのお話が、色濃く記憶に残ってほしいな、と思っています。「運動会が終わると泣いちゃう」とか、「合唱コンクールが終わると泣いちゃう」とかっていうのは、だんぼっちたちのような、学生時代ならではの経験のはずです。そしてあの気持ちって、すごく魅力的で、僕らも忘れたくないものだと思うんです。
プロフィール
YUKI KANESAKA(ユキカネサカ)
アメリカ・ボストン在住の日本人音楽家。バークリー音楽大学音楽制作学科初のアジア人助教授。ソロプロジェクト・monolog、リミキサー・U-KEYとしても活動。これまでにも多岐にわたるプロデュースワークを手がけ、ティファニー、キユーピーなど企業のCM音楽、「呪術廻戦」「Dr.STONE」のサウンドトラックをはじめ、エンジニアとしても、「ファイナルファンタジーXIV」「ファイナルファンタジーVII リメイク」などゲーム音楽まで幅広く手がける。映画音楽作曲家としては、初の長編となる「MY (K)NIGHT マイ・ナイト」が12月1日に公開になった。
YUKI KANESAKA (monolog/U-KEY) (@yukikanesaka) | X