2019年、初単行本「夢中さ、きみに。」で大きな話題を呼び、今夏発売された「女の園の星」でさらなる注目を集めている和山やまの最新刊「カラオケ行こ!」が発売された。「COMITIA129」にて同人誌として頒布された「カラオケ行こ!」は、イベントでは即日完売。その後も入手困難となっていた話題作に、大幅な加筆修正と20ページ以上の描き下ろしを加えて、このたび待望の単行本化となった。
コミックナタリーでは「カラオケ行こ!」の単行本化を記念し、和山が高校生時代から愛読していたという「鬼灯の冷徹」の著者・江口夏実と、和山との対談をセッティング。“コメディ”という共通点を持ちながらも、対象的な経歴を持つ2人の作家のやり取りを楽しんで欲しい。
取材・文 / 増田桃子
森丘中学校合唱部の部長・岡聡実が、突然四代目祭林組の若頭補佐・成田狂児に誘われカラオケに行ったことから展開されるハートフルストーリー。歌がうまくなりたいという狂児と、狂児に歌のレッスンをすることになった聡実の奇妙な友情が描かれる。
もともとは2019年8月に行われたオリジナル同人誌即売会「COMITIA129」にて頒布された同人作品。会場ではすぐに完売し、再販を望む声が多かったことから通販を行うも即完売する。その後も数回にわたり再販されるものの売り切れが続き、読みたくとも手に入らない名作という噂が噂を呼んでいた。なお商業単行本版は同人誌版から、ほぼ全ページにわたって加筆修正が施されているほか、20ページ以上の描き下ろしも収められた。
キャラクターの感情を自然に描かれる方(江口)
──今回、和山さんが「鬼灯の冷徹」の白澤のイラストをpixivで描かれていたのを拝見して、お好きなのかなと思って、江口さんとの対談をセッティングさせていたきました。
和山やま はい、大好きです……!
江口夏実 ありがとうございます。
和山 もともと私、講談社のちばてつや賞をもらって、モーニング(講談社)で担当さんがついていて。ちば賞に応募しようと思ったのも、江口先生が「鬼灯の冷徹」をモーニングで描かれてたからで。
江口 そうだったんですね。
和山 モーニングで連載を目指してたときに、ヤクザものを描きたくてネームを描いてたんですけど、なかなか担当さんからいい反応がもらえなくて。結局連載は叶わなかったんですが、そこで考えていたエピソードのうちの1つがカラオケの話で。それだけでも描きたいなと思って、同人誌で出してみることにしたんです。連載用に描いていたのはヤクザが教師になるみたいな話だったんですが、年の差のある友情というかブロマンスを描きたいと思って、ヤクザとは対照的な位置にいるような中学生を出してみようと。
──江口さんは読んでいかがでしたか?
江口 いきなり表面的なことで恐縮なんですけど、絵がキレイですよね。それに伴って表情もすごく丁寧なので、これから読む方もそこを見るととても楽しいと思います。私は表情を大げさに描くことが多いので……、繊細な表情の変化とかがお好きな方には特にオススメなんじゃないかなって思います。
和山 ありがとうございます。
江口 「夢中さ、きみに。」と「女の園の星」も拝見したんですけれど、それぞれテイストの違う作品を描ける方なんだなと。特に思ったのはキャラクターの感情を自然に描かれる方だなと思いました。感情を描くのって究極なところで言うと、モノローグだと思うんですけれど、私は感情を表すモノローグを描くのがすごい苦手なので羨ましいなって。
和山 ありがとうございます。自分ではあまり意識してなかった部分なので、驚きとうれしさが……。
江口 基本は1話完結だと思うんですが、私もその形式で描いてるから思うことですけど、けっこう大変なんですよね。次回に続くってできないので。ちゃんと終わらせるお話を考えなきゃいけないから。
和山 私は続きものより1話完結のほうが描きやすいんですよ。この場面も描きたいしああいう場面も描きたいし、このセリフも言わせたいしっていうのがあって。でもそれを全部1つのお話の中で描くのは難しいし、ちょっとずつ小出しにしていきたいからっていう理由もあって、1話完結っていう形をとってます。
江口 なるほど。デビュー作の「夢中さ、きみに。」の段階で、こんなきれいな読み切りを描かれててすごいなって思いました。
和山 ありがとうございます。
江口 あと、これは個人的な思い出が絡んじゃって恐縮なんですけど、昔住んでたところに本当に事務所があって、あまり声を大にして言うことではないのですが、いわゆる反社会的勢力の方々の。
和山 え!
江口 「カラオケ行こ!」に出てくる手にキティちゃんの入れ墨した人やパンチの人みたいな見た目の人が本当にいて……(笑)。それをすごく思い出しました。
和山 (笑)。
好きなように描いた作品に共感してくださる人がいたのはうれしかった(和山)
──「カラオケ行こ!」を出されたときは、すでに「夢中さ、きみに。」が話題になっていたので、同人誌で出すんだという驚きがありました。すぐに売り切れて買えない状況でしたよね。
和山 想像の何十倍も反響をもらって、私自身が一番驚きました。「夢中さ、きみに。」を発売する前は、読者受けだけを意識して、何を描いたら編集さんに認めてもらえるのかってことばかり考えてて、結局うまくいかなかったのですが、「夢中さ、きみに。」や「カラオケ行こ!」で、自分が好きなように描いた作品に共感してくださる人がいたのは素直にうれしかったです。
──特に心がけたことってあるのでしょうか。
和山 私はセリフを考えるときに語感というか、口に出して心地いいセリフを大切にしてて。102ページの「ねぇ組長!!」っていうセリフが個人的に好きです。「なぁ」じゃなくて「ねぇ」なのが気に入ってます(笑)。
江口 私、同人誌の業界のことを全然知らなくて、コミティアにも行ったことがなくてどういうイベントなのか、たぶんちゃんと想像がついてないんですけど、オリジナルの同人誌を売るイベントなんですか?
和山 そうです。商業でデビューしてる作家さんが、番外編を同人誌で出されたり。
──和山さんは何がきっかけで同人誌を作ることに?
和山 3、4年ぐらい前に友達と合同で出したのが最初ですね。そのときは友達任せで。「夢中さ、きみに。」を個人で出そうって思ったときに、誰にも聞かないで全部インターネットで調べました。知恵袋とか見たりして……(笑)。でもいまだにちょっとよくわかんないです。2冊しか出してないので……。
江口 なるほど。でも印刷や販売を全部自分でやるってことですよね。言い方が悪いですけど、商業では編集部が全部やってくださるわけじゃないですか。私は描くことしかやりたくないから、皆さん偉い……(笑)。
──コミティア出身の作家さんに話を伺ったときは「編集を介さずに、全部自分だけで作ったものを世に出せるのが面白い」とおっしゃってましたね。
江口 きっと皆さん優しいんですね。私は編集さんにダメって言われても押し通すから(笑)。基本好きなようにしか描かないし、仮に全直しになっても否定されたとは思わないめでたい脳を持ってるので……(笑)。
──(笑)。江口先生はマンガ家のデビューとしては王道と言いますか、モーニングで賞を獲った作品がそのまま連載になった形ですよね。
江口 モーニングの前にもけっこういろいろあったはあったんですよ。少年誌に投稿して賞自体はもらうんですけど、電話対応でぞんざいな扱いをされたり(笑)。そんな中で、まともに連絡をくださったのが、モーニングの担当さんで。最初は絶対ドッキリだと思いました。こんな丁寧な編集さんいないと思って(笑)。
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女子校出身で両親が教師なので、「女の園の星」に共感(江口)