「かいじゅう色の島」は“かいじゅうさん”の言い伝えが残る島を舞台に展開される、島の女子中学生・棔(こん)と外からやって来た少女・歩流夏(ふるか)の物語。ゾンビ×ラブコメを打ち出した「さんかれあ」のはっとりみつるらしい、伝奇色の強い設定と百合の組み合わせが目を引く意欲作だ。
伝奇と百合を融合させた「かいじゅう色の島」など挑戦的な作品が生まれてくる背景に、百合の流行とジャンルとしての発展を感じるコミックナタリーは、このムーブメントについて意見を聞くべく4人の識者を招集。アニメイト百合部・部長の三枝謙介氏、百合情報サイト・百合ナビの管理人ふりっぺ氏、2019年に続き2度目の百合特集も話題となったS-Fマガジン(早川書房)編集者の溝口力丸氏、百合作品を多数発表している作家・もちオーレによる座談会を企画し「百合の現在地」について語ってもらった。
取材・文 / ブルーウェットふみ乃
言葉にすると一瞬で崩れてしまうようなものを、すごく丁寧に描いている
──百合というジャンルの今についてお聞きしたく、本日は百合プロフェッショナルの皆さんにお集まりいただきました。自己紹介がてら、まずは皆さんが百合を好きになったきっかけや、思い入れのある作品などを伺えたらと思うのですが。
三枝謙介 アニメイト百合部の部長・三枝と申します。僕は2001年ぐらいに「マリア様がみてる」を読んでハマったところからなので、おおよそ半生を百合に捧げていることになりますね(笑)。「マリみて」以外で思い入れの強い作品と言えば、缶乃先生の「あの娘にキスと白百合を」でしょうか。舞台設定や登場人物の描き方が「マリア様がみてる」に通じるところがあって、アニメイト百合部を結成するきっかけにもなった作品です。
──どちらも女学院を舞台にした思春期の女子たちによる群像劇で、好きな作品の傾向が出ていますね。「マリア様がみてる」は小説を原作にメディアミックス展開された作品ですが、文芸畑の溝口さんも入り口は小説だったりしますか?
溝口力丸 S-Fマガジン編集部の溝口です。私は、アニメの影響が大きいですね。中学生のときに携帯テレビを手に入れて、深夜アニメに触れるようになったんですけど、その時期に「神無月の巫女」を観たのがファーストコンタクトです。ロボットアニメだと思って観ていたら、いきなりヒロイン同士の恋愛が始まって「これは」っていう。当時(2000年代)は「舞-乙HiME」とか「シムーン」とか百合要素のあるアニメが多くて、高校のクラスではレンタルビデオで観た「少女革命ウテナ」が流行っていたりもしました。
──アニメを見てたら百合に興味を持ちやすい時代だったと。もちオーレさんはいかがでしょうか?
オーレ コンビでマンガ家をやっています、もちオーレのオーレと申します。今日はコンビを代表して僕がお話させていただきます。僕は百合というか、同性愛を意識したほうが先なんですけれど……。高校生くらいのときに、週刊ファミ通(当時エンターブレイン、現KADOKAWA)で近藤るるる先生が連載していた「たかまれ!タカマル」で、主人公の男の子が女装をして、幼なじみの男の子がそれに恋をしてしまう、みたいな描写があって。読み手があまり恋愛を意識していない中で急にそういう展開になったので、ものすごくキューンとしたことを覚えていますね。こういう作品を描きたいと思ったきっかけになりました。
──もちオーレさんは以前SNSでも、最初はBLを描こうとしていたということをおっしゃっていましたね。別に百合だけを嗜好しているわけではない?
オーレ そうですね。もともと相方のもっちと組んでマンガを描き始めたとき、僕が男の子を描くのが非常に苦手で、女の子ならまだ描けたから百合を作り出したという部分があるので。あまり自分を恋愛対象として見ていなさそうなタイプの人が突然アプローチをかけてきたときの、「まさかそこから来るとは」というような心情というか、心の防衛ラインを張ってないような部分から切り込まれたときのキャラクターの表情であったりとか、そういうのがものすごく好きなんですよ。
──なるほど。百合を描くにあたって影響を受けた作品はありますか?
オーレ 百合作品に限定すると……須河篤志先生の「前略、百合の園より」ですかね。物語の最高潮は登場人物がバッと赤面をするようなシーンにあるって僕らは考えてるんですけれど、そういうエッセンスが詰まった作品で。読んでいただいたら、もろに影響を受けているのがわかると思います(笑)。
──ちなみにもちオーレさんの分担は、オーレさんが作画をされているということでよろしいんですか?
オーレ あまり細かくは分けてないんですけど、基本的には僕がキャラクターデザインをして、物語は2人で考えて、作画は僕メインでやりつつ、もっちに手伝ってもらったり。で、最終的にできあがった話がいけるかという判断をするのはもっちで、っていう形です。
──ありがとうございます。では続きましてふりっぺさん。
ふりっぺ 百合専門情報サイトの百合ナビを運営しているふりっぺです。私が百合に目覚めたのは中学生ぐらいの頃ですかね……。当時カップリング系の二次創作にハマっていたのですが、そのときに百合二次創作に出会ってからはもうずっと百合というジャンルの虜になってます。百合にハマってからは二次創作だけじゃなく(百合の)オリジナル作品も読み初めるようになって、その中でも志村貴子先生の「青い花」は特に思い入れが強い作品です。
──こうしてファーストコンタクトのきっかけを聞いただけでも、小説にロボットアニメ、学園ものに恋愛作品と百合というジャンルの多様性が感じられました。そんな中で伝奇+百合という、またひとつ百合の多様性を感じさせるはっとりみつる先生の最新作「かいじゅう色の島」についてもお話を伺いたいと思います。まず1巻を読んだ感想を教えてください。
- 「かいじゅう色の島」あらすじ
- 離島で暮らす少女・棔は、まだ恋を知らない女子中学生。学校の女の子たちから無視を受けている彼女は、“かいじゅうさん”が棲んでいるという言い伝えが残る洞窟“かいじゅうさんの穴”へひとり遊びに向かう。その途中で出会った、島の外からやって来た女子・歩流夏は「わたしもぼっち」と棔の抱える孤独に共鳴する。同じ悩みを抱え、お互いを求め合う2人が体験する特別な夏の物語。
三枝 最初1話目だけ読んだときは伝奇色が強めなのかなっていう印象があったんですけど、読み進めていくうちに、歩流夏が棔を遠ざけたりとか、葛藤の部分だとかの百合要素が表に出てきたので、百合作品として楽しく読むことができました。季刊誌での連載だったので、まとめて読むと改めていいなあと。 あと、「こきゅん」とか、擬音の描写もとても独特で印象的でした。
──確かに「こきゅん」は、ほかの作品であまり聞いたことのない音ですね。
三枝 実際どんな音がするんだろうなあって(笑)。
溝口 感情の描写など、マンガだからできることをやっているなあと思いました。初対面の2人が、互いにかけがえのない存在になっていくっていう過程を、あまり言語化せずに描いている。言葉にしてしまうと一瞬で終わったり崩れてしまうようなものが、すごく丁寧に描かれていますよね。そのバランスと、この離島の夏の空気がとてもマッチしていて、語りすぎないよさ、みたいなものがあるなと感じました。1話ごとに引きを作って話をどんどん動かしていくタイプの作品ではないと思うんですけど、これがヤング系の季刊誌で2年以上連載されているっていうのが面白いですよね。
担当編集 もともとはっとり先生が三重県のご出身で、離島がすごく身近にあるということから「かいじゅう色の島」はスタートした作品で。当初はもうちょっと群像劇というか、棔の弟の話とかも入ってくる予定だったんですが、季刊誌ということで1話1話の間もけっこう空くので、棔と歩流夏の2人を掘り下げたいということになりまして。そこから話がどんどんできあがっていった感じです。
──じゃあ百合ものを描こうとしたというよりも、舞台や設定が最初にあったところから、この2人にフォーカスしていったと。
担当編集 ええ。実際に怪獣とは少し縁がある地域だそうでして、そういうのをモチーフにした伝奇っぽいところとか、夏の風景や水辺の雰囲気をしっかり描いていこうというところは当初からありました。
溝口 田舎百合、みたいなジャンルがあるのかもしれないですね。西尾雄太先生の「水野と茶山」とかもそうだと思うんですけど、保守的な地方で、輪に混ざれない自分を抱えてる少女が、ただひとつの関係性を救いとしていくみたいな。そういう息苦しさと、解放を丁寧に描いているのがいいと思いました。
ふりっぺ 私も最初に読んだとき、田舎や海の描写がとにかくきれいだなと思いましたね。2人の関係性の進展自体はけっこう早いほうなので、百合としても読みやすいですし。あとやっぱり話が進むにつれて伝奇色というか、棔のわけあり感がすごく強くなっていったので、そういう伏線が2巻以降でどう回収されていくのか楽しみです。
オーレ 僕も最初、青春っぽい恋物語なのかなと思っていたんですけど、後半になるにつれて、2人がハッピーエンドを迎えられないんじゃないかって怖くなりましたね。ただその不安が、読者の気分を盛り上げてもいるんですが……。僕らが作品を作るときにはキャラ同士が結ばれるまでを軸にすることが多いんですけど、この作品は結ばれてからも大きく動いていて。勉強させていただく気持ちも含めて、今後がすごく楽しみです!
Twitterで作品が伸びにくくなった雰囲気を感じている
──「かいじゅう色の島」もそうですが、いま百合というジャンルはとても多様化していると感じます。そういった百合作品の現状について、それぞれ違う立場から見られている皆さんに伺いたいのですが。
ふりっぺ 私が見ているのはあくまで百合ナビ上で取れるデータなので、書店や出版社の方の印象とは若干差異があるかもしれないのですが……。ここ2、3年でいうと、やっぱり盛り上がっているというか、作品数については増えているなあという印象です。百合アンソロジーもいろんな出版社さんから出るようになりましたし。ただ当然ながら、そのすべてが売れているのかというとそういうわけではなくて、すごく売れているものと、そうではないもので二極化している傾向があるように感じます。……なかなか表現が難しいんですが。
オーレ 今のふりっぺさんの言葉はぐさっと刺さりました(笑)。僕らはTwitterでマンガがバズって、それがデビューするきっかけにもなったんですけど、当時ほどTwitterで作品が伸びる雰囲気がないなあというのは感じていて。その反面みんな試行錯誤をするようになったので、より洗練された作品が出てきやすくなったのかなあとは思いますね。
──もちオーレさんがTwitterに作品をアップする際には、やはり伸びそうなものを主体に考えてこられたわけですか。
オーレ そうですね。シチュエーションに凝ったりとか、バズりそうなものにしようと心がけてはきたんですが……最近はあっさりした感じの作品が伸びていたり、その設定でここまで伸ばせるのか!と感じる作品が多いです。あと昔と違って、リツイートされる以外でも誰かがいいねしたものとかがタイムラインに上がってくるようになったので、目に触れる作品が多くなった。なので、ただマンガの内容や設定を凝るだけじゃなく、自己プロデュース力というか、作品の見せ方を考えていく力が問われている時代なのかもしれません。そこは僕らも日々研究しているところです。伸びにくくなったことで、いい作品を描かれる作家さんが去ってしまうんじゃないかという不安もあるんですが……。
溝口 数が増えた分、個々の作品が目立つ機会が減っているというのはあるのでしょうね。商業の版元としては作家さんの自己プロデュース力やバズだけに頼らず、どこまでちゃんと作品そのものに目を向けて、ジャンルの流行に乗せていけるかという課題があるなと思っています。
──文芸編集の視点からも、数が増えているというのは感じられていますか。
溝口 私が本格的に百合作品を扱うようになったのが、2018年にS-Fマガジンで百合特集をやってからなんですけど、文芸で言えば相変わらず盛り上がっているように感じます。例えばpixivさんとかとやっている百合文芸小説コンテストでは、第1回が1300作品ぐらいの応募数だったんですが、第2回が約2200、第3回が約2600と、増加の一途で。小説で百合を書きたい、読みたいっていう人は年々増えてきている実感があります。
三枝 2、3年前と比較したら、刊行点数はやはり大きく伸びてはいますよね。純粋な作品数もそうなんですが、昔だったら百合と謳っていなかっただろうなっていう作品の帯にも「百合」と書かれることが多くなりました。盛り上がっているのはいいことではある反面、お客様の選択肢も増えたので、新しい作品が突出することはなかなか難しい状況かもしれません。
──書店さんのリコメンドの役割についても考えることが多そうですね。
三枝 長く続いている百合作品も多くて、お客様も読んでる作品の新刊が出たらまずそちらを買うので、新しい作品にチャレンジしづらくなっている、というのはあるかもしれません。そのあたり、僕らのほうでもアピールをもうちょっと強化していくというか、それぞれの作品を、百合というだけじゃなくて、おすすめするポイントにフォーカスして推していかなきゃいけないのかなというのは考えているところです。
次のページ »
みんなが百合だと思っているものが百合