コミックナタリー Power Push - ジャンプスクエア
エンタメの基本は笑顔とハッピーエンド 和月伸宏とジャンプスクエアの9年
ジャンプスクエア(集英社)が発売中の12月号をもって、創刊9周年を迎えた。今号には9周年を記念する特別読み切りとして、和月伸宏が「るろうに剣心 ―明治剣客浪漫譚―」と同時代を描く「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」の前編が掲載されている。
コミックナタリーではSQ.の9周年と「明日郎 前科アリ」の掲載に合わせ、和月へのインタビューを前後編として2カ月連続で公開する。SQ.創刊号から「エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-」を連載し、同誌の歴史を知る1人でもある和月。前編では「エンバーミング」への思いにはじまり、和月が見てきたSQ.の変遷、「明日郎 前科アリ」にまつわるエピソードを聞いた。
取材 / はるのおと 文 / 宮津友徳
月刊連載は自分の力だけで進まないといけない
──今回の特集ではSQ.の創刊9周年に合わせて、先生のこの9年間を振り返られればと思います。そもそもSQ.で「エンバーミング」を発表することになったのにはどういった経緯が?
タイミングが合ったっていうのが1番大きいですね。2005年に週刊連載の「武装錬金」を終えたときに、今後週刊のペースでやっていくのは体力的にちょっと無理だなと思いまして。「次は月刊少年ジャンプかウルトラジャンプ、もしくは隔週のスーパージャンプのほうで描ければ」と、薄ぼんやり考えていたんです。そうしたら月刊少年ジャンプがリニューアルされる、要するにSQ.が創刊されると伺い「うちでやらないか」と声をかけてもらって。
──ジャンプ流!には、週刊連載中の睡眠時間は1日あたり2、3時間だったとありました。
若かったからできたんですよね。もともと体が強い方ではないので、今ではもう無理です(笑)。
──週刊連載と比べると、月刊連載では時間に余裕もできましたか?
考え事の時間が増えたので、意外に余裕はないんですよ。あと人付き合いも増えて。変な言い方ですけど週刊連載って、しっかり描いて人気を取っていれば人間的にも社会的にも許されるっていう世界なんですよ(笑)。だけど月刊だと「時間があるだろう」と思われるから、当然いろいろなお誘いがあって。断ってばかりいると「あいつ、人付き合い悪いな」って、気がついたら友達がいなくなるっていうことになっちゃうんで(笑)、そういう付き合いもあったり。
──月刊誌と週刊誌では作品の作り方も変わってくるんでしょうか。
全然違ってきますね。もっと早く気付かないといけなかったんですが、月刊はそもそも読者に読んでもらえる回数が月に1回で、週刊よりチャンスが少ないんです。週刊連載だったら月に4回はチャンスがあるので、「今週うまくいかなかったな」と思っても1週間後には挽回できるんです。でも月刊だとそれが1カ月後になるので、その違いは意識しないといけなかった。
──週刊と同じ考え方でやっていくと、読者が離れてしまうと。
ええ。特に「エンバーミング」の連載初期は、仕事場の体制や自分の体調が整っていなくて休載が多くなり、自分からチャンスを逃してしまうということがあって、そこは今でも反省していますね。週刊連載って、言ってみれば激流なんです。溺れちゃう人もいますけど、うまく流れに乗れれば勢いで勝手にヒューって進んでいける。でも月刊は週刊に比べると流れが緩いので、勢いだけではやっていけない。全部自分の力で進んでいかないと、いつの間にか「あれ、最近進まないぞ」「沈んでいっちゃってるぞ」ってなっちゃうんです。
エンタテインメントの基本は笑顔とハッピーエンド
──「エンバーミング」の単行本1巻では、作品を「和月版フランケンシュタイン」とおっしゃっていましたよね。どうしてフランケンシュタインを題材にすることに?
いわゆる世界三大モンスターと言われる、吸血鬼、狼男、フランケンシュタインの中で、1番好きなのがフランケンシュタインで。吸血鬼、狼男もそれぞれ魅力はありますけど、自分がロボット好きということもあって、ロボットっぽさも持ち合わせているフランケンシュタインを描きたいと前から思っていたんです。あと選ばれたり望まれたりしないで生まれてきたキャラクターが、生き方と死に方を自分で選んでいく、というストーリーが好きということもあって。たまに言われることなんですけど、俺のマンガって「このキャラクターは実は誰々の息子」とか「何々の血筋」っていうことがほとんどないんですよ。
──出自の時点で「選ばれている」わけではないという。
一応「エンバーミング」のジョン=ドゥは、最初の人造人間であるザ・ワンだったという設定ですけど、出自がどうこうというよりは、その設定によってジョン=ドゥが呪われているということが重要になってくるので。
──「エンバーミング」の最終巻では「自分ではどう評価結論付けていいかわからない作品」と評していましたが、連載完結から約1年半が経った今、先生にとってどういった作品だったと言えますか?
いやあ、まだわかんないです。というのも、前の作品を次にどう生かせるかというのも評価に繋がると思っていて。次回作で「エンバーミング」をしっかりと生かすことができれば、「やってよかったなあ」って断言できると思います。たとえば過去に「GUN BLAZE WEST」っていう作品があったんですが、あれも完結後は自分の中で評価をつけがたい作品でしたが、しっかり昇華できて、次の「武装錬金」に繋がっているので。自分の中での評価と読者の評価があって、その狭間で作品をどう見るかっていうことがプロとして大事なことだと思っています。「読者に人気がなかったからダメ」というわけでもないですし、逆に「読者にどんなに人気があっても自分の中でこれはダメ」というものもあったりするんで。「エンバーミング」はまだそのせめぎ合いの状態にある感じですね。
──単行本では「ディープでダークな和月漫画を目標に始めた」ともおっしゃっていましたね。
ええ。最初は楽しんで描けると思ったんですけど、やってみると「意外と自分はディープでダークなものは苦手なんだな」となってしまって。自分が読んだり観たりするのは好きなんですけど、やっぱり自分で描くとなると気持ちもどんどん引きずられちゃって、「根本的にそういう作品を発信するのに向いてないんだなあ」とよくわかりました(笑)。
──先生ご自身が陰というより、陽の要素が強い人間だったということですかね。
陰の要素がかなり強い人間ではありますけど、やっぱり根っこの部分は陽なんでしょうね。「エンタテインメントの基本は笑顔とハッピーエンド」ということを、俺は座右の銘みたいにしていますけど、まさにそれで、最終的には陽を選びたいという気持ちを根底に持っているんです。自分の基本はそこにあって、正直「エンバーミング」はそこを少々外してしまっていたかなという気持ちもありますね。
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- 和月伸宏とジャンプスクエアの9年
- 「るろ剣」北海道編に迫る
- 和月伸宏 「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」
- 「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」
- ジャンプスクエア12月号、2017年1月号に2カ月連続掲載!
時は明治、とある罪に問われ5年の間、集治監に収容されていた16歳の少年・長谷川悪太郎。彼は出所の当日、同い年の少年・井上阿爛と出会う。ひょんなことから行動をともにすることになった2人だったが、彼らの前に悪太郎の出所をずっと待っていたという謎の少女が現れ……。
- 「ジャンプスクエア12月号」 / 2016年11月4日発売 / 集英社
- 「ジャンプスクエア12月号」
- 「ジャンプスクエア12月号」 / 590円
- 「ジャンプスクエア12月号」Kindle版 / 500円
和月伸宏(ワツキノブヒロ)
1970年東京都生まれの新潟県長岡市(旧越路町)育ち。1987年に「ティーチャー・ポン」が、第33回手塚賞佳作を受賞。1994年に週刊少年ジャンプ(集英社)で「るろうに剣心 ―明治剣客浪漫譚―」の連載を開始する。同作は1996年にテレビアニメ化され、連載終了後もOVA化、実写映画化、宝塚歌劇団によるミュージカルの制作など、さまざまなメディア展開が行われている。「るろうに剣心」の連載終了後は、週刊少年ジャンプで「GUN BLAZE WEST」「武装錬金」を、ジャンプスクエア(集英社)の創刊号より「エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-」を発表。2016年、ジャンプスクエアの創刊9周年に合わせ、「るろうに剣心 ―明治剣客浪漫譚―」と同時代を描く「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」を、前後編の読み切りとして発表した。
2016年12月2日更新