ヤングアニマル(白泉社)にて連載中の「人類を滅亡させてはいけません」は、子供が苦手な会社員・川北理(オサム)が、地球侵略を目的にやって来たラビー星の王女・リリンと出逢い、一緒に暮らすようになる物語。泣くと破壊的な力を発揮するリリンを、理は最初こそもてあましつつも、周りの人間の助けを借りながら、徐々に家族としての絆を育んでいく──“男親”の目線で、育児(ただし宇宙人)にともなう苦悩と喜びを語った、異色のファンタジーだ。
同作の原作者である高畑弓と作画担当の蒲夕二は、ともに諫山創のもとでのアシスタント経験を持つ。そこでコミックナタリーでは、3人の鼎談をセッティング。諫山が「人類を滅亡させてはいけません」を読んで感じた魅力から、2人のアシスタント時のエピソードまで、初めて3人で語り合ってもらった。
取材・文 / 的場容子
「進撃の巨人」現場でのアシスタント経験が生きている
──高畑先生と蒲先生のおふたりは、かつて諫山先生のもとでアシスタントをされていたということですが、いつ頃のことでしょうか?
蒲夕二 私が初めてアシスタントに入らせていただいたのは6年くらい前です。
高畑弓 蒲先生は長い間アシスタントされていたんですよね。僕は「進撃の巨人」連載終盤の半年間ヘルプで入ったくらいで。だから実は、こうして3人でちゃんと話すのは今日が初めてなんです。
諫山創 おふたりにはめちゃくちゃお世話になりました。本当に助かりました! それにしても、まさかこうした形で3人で会うことになるとは。僕としてはうれしいですね。
蒲 そうやってうれしく思ってもらえることも、本当に夢のようです……。
高畑 (鼎談を)受けてくださってありがとうございます。
──どんな現場だったのでしょうか?
蒲 諫山先生は、すごくアシスタントを大事にしてくださるんです。みんなを旅行に連れて行ってくださったり、打ち上げでご飯に誘ってくださったり、そのたびにいい思いをさせていただきました。諫山さんのもとで手伝っていた方で、卒業して作家としてがんばってらっしゃる方はたくさんいますが、みんな縁が切れることなく、ホントに仲がいいように思います。ほかにこんな感じの職場ってあんまりないと思いますし、諫山さんを中心に、皆さんつながりが強い気がします。
──あたたかい現場だったんですね。間近で諫山先生のお仕事ぶりを見ていて、いかがでしたか?
蒲 先生は本当に謙虚というか、こちらに気を使いすぎて身体を悪くするんじゃないかと思っちゃうくらい(笑)、優しい方で。それに、締め切り前はかなりハードな作画状況なんですが、最後のアクセルがすごい。極限状態の集中力はとんでもなくて、最終日前の諫山さんはオーラが出てる気がします(笑)。
諫山 最終日に10ページとか12ページとか描くから、やるしかないっていう(笑)。追い詰められているだけですけどね。
蒲 そんな大変な修羅場でも、諫山さんの原稿には熱量が感じられて。最後の最後まで熱のある画稿なんです。最終日近くに入らせていただくことが多かったんですが、本当に迫真の画稿で、いつもすごい体験をしているなと思っていました。
諫山 いやいや。アシスタントさんがみんなすごいので、僕からの指示は「こういう感じで、光源はこっちから来てて……」くらいで、「あとはおまかせします」という感じでした。蒲さんは表情のしわとか、繊細な描写がすごい。だから表情で見せたいとき、たとえば“ここ一番の気持ち悪い表情”のときは、蒲さんにお願いしていました。アシスタントさんって、だいたいトーン(貼り)が得意な人と、背景が得意な人に分かれるんですが、蒲さんは両方の能力が高くて、どちらを任せても素晴らしかったですね。
蒲 よく言ってくださって、ありがとうございます(笑)。諫山さんは、作画の面でこちらの自由さを許してくださるというか、「こうやったらよく見えるんじゃないか?」という提案をたくさん受け入れてくださいました。だからほかのアシスタントさんとも話していたんですけど、諫山さんの職場って、お仕事していて楽しいんですよね。
高畑 僕はほかの先生のアシスタント経験もあるんですが、諫山さんの現場は締切日でもピリピリした空気が流れてないのがすごいと思います。どうしても先生が疲れていると、その空気がアシスタントにも伝わっちゃうんですけど、諫山さんにはそういうところがないんです。それが働きやすさや仲のよさにつながってるんじゃないかなと思います。
諫山の「いいっすね」のトーンですべてがわかる
蒲 しかも諫山さんは、原稿を渡したときに生き生きと反応を返してくださるんですよ。「おー!」とか「いいっすね!」とか。
諫山 ほかの人からもけっこう言われるんですが、僕、渡された原稿をぱっと見た瞬間に「いいっすね!」って言うんですけど、その「いいっすね!」のトーンが低かったり高かったりするらしく、それでみんな良し悪しを判断してるみたいで(笑)。
蒲 そうなんです(笑)。それで、いい「いいっすね!」をもらったときや、それ以外の言葉が返ってきたりすると、めちゃくちゃうれしいんですよ。一度、渡したときに諫山さんが「やったー!!」って言ってくださったことがあって(笑)。……たぶん締め切り日で朦朧とされていたと思うんですけど。
諫山 それって、鎧の巨人が思いっきりパンチしてるところじゃないですか?
蒲 そうです! 無意識じゃなくて、覚えていてくださったんですね、うれしい(笑)。そのときにやりがいを感じて、スイッチが入ったような気がしました。がむしゃらにやったところだったので、今見ると線が粗くて載ってることが申し訳ないくらいなんですけど、あのときの諫山さんの反応が今も財産になってます。ありがとうございます。アシスタントさん界隈では、先生の反応の話でよく盛り上がりますね(笑)。
諫山 ……褒められると黙っちゃう(笑)。
──月刊連載をされる中で、特に締め切り前は余裕のない状態になりがちだと思うのですが、その中でも周りに気を使えていたのは、環境づくりを意識されていたからでしょうか?
諫山 基本的に自分が最初からマンガを描くに値しない画力だった、みたいなところからスタートしていたのが大きいですね。だから手伝ってくださっている方たちにも、教えてもらっているというか、作品をよくしてもらってるという感覚があって。自分が先生みたいな立場とは、とても思えなかったです。
──そういう意識だったのですね。
諫山 それぞれのプロの方が集まって自分のマンガをよくしてもらっていて、原稿ができあがってくるたびにうれしかったり、「人の力を借りてこんなによくなるとは!」という驚きがあったんです。締切日は本当にずっと「すみません」と思っていて、「最終日に残り10ページとか、マジですみません!」って。だからとてもじゃないけど高圧的にはなれないですよ。もっと余裕があったらみんなで焼き肉とか行けていたんですけどね……。
蒲 最終日は、いつも諫山さんから申し訳ないオーラが出ていた気がします。そんなこと思わなくて大丈夫なのに、と思っていました。でも、作品が終盤に進むにつれて、ひと月で上げられると思えないぐらいの作画量をこなす月ばかりだったので、帰りのエレベーターではみんなで「え、終わった……?」みたいな感じで話して(笑)。「終わったのが不思議」という感覚で帰っていたのを思い出します。
──高畑先生は、諫山先生の現場での思い出はありますか?
高畑 僕はアシスタントと言えるほど通っていたわけではなく……。ヘルプという形で月に1回入っていたぐらいなんです。締め切り間近に小遣いを稼ぎにお手伝いに行ってたみたいな……(笑)。
諫山 いやいや、とても助かりました。高畑さんは邦画が好きなんですよね。
高畑 はい。そういえば、4年前ぐらいに初めてお手伝いに行かせていただいたときに、邦画の話になりましたよね。
諫山 そうそう。高畑さんは、映画のタイトルを言ったらパッと監督の名前が出てくるくらい、映画に詳しいんですよ。だから高畑さんの人物描写や、ふとしたシーンでの景色のはさみ方には、“邦画感”を感じるんですよね。僕は高畑さんがマガジンの新人賞に入選されたときに審査員を務めたんですが、そのときの評も「映画みたい」というものでした。
高畑 僕がデビューしたのがマガジンの新人賞で、そのときに諫山先生と初めてお会いしたんですよね。
諫山 「マンガを読んでマンガを描く」ではなくて、別のもの、高畑さんの場合は映画から影響を受けて、それをマンガに落とし込んでいるのがすごいなと思います。空気感というか、季節や天候まで描写されていて、「すげーな!」ってなりましたね。
高畑 ありがとうございます。
諫山 「人類を滅亡させてはいけません」では、蒲さんの画力でそれが完全に再現されている。舞台は現代だけど、キャラクターは宇宙人というフィクション。それなのにリアリティがあるから面白いんですよ。現実を描いているのに、現実世界にはありえないものがいるっていう。現実と地続きのリアリティのラインが高いほど、面白いと思いますね。
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