芸術を愛する儒烏風亭らでんがアート×金の物語「いつか死ぬなら絵を売ってから」をオススメ「一緒にニヤッとしませんか?」 (2/2)

境遇に共感しきり、主人公の絵に感じた“足りない”要素は

──ただいま1本の木というイメージが出ましたが、そんな木の幹となるのが、主人公の一希です。物語序盤は仕事に追われ、絵を描くことが趣味という生活でしたが、透との出会いをきっかけに美術業界に本格的に足を踏み入れ、生活の大半を創作に費やすようになります。一希の人物像について、らでんさんはどういう印象を抱かれましたか?

読んでいてびっくりしたんですけど、私一希と同じような境遇にいたことがあったんです。

──そうだったんですか。

はい、1巻の序盤は共感しっぱなしでした。お金がないから材料費がないし、バイトもしないといけないから作業する時間も限られてくるし……。そうだよなって共感して、なんでもないシーンでめちゃめちゃ泣きそうになりました。一希と同じく、清掃員のお仕事も少しだけしたことがあったので、わかる……朝早いよな……って(笑)。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。生活のために働くことを透に「くだらない労働」と言われ反発しつつ、一希は自分の感情と向き合っていく。
「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。生活のために働くことを透に「くだらない労働」と言われ反発しつつ、一希は自分の感情と向き合っていく。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。生活のために働くことを透に「くだらない労働」と言われ反発しつつ、一希は自分の感情と向き合っていく。

──意外な共通点が多かったんですね。

だから一希には共感することばかりではあるんですが、物語が進んでいくに連れて一希本人の戸惑いが出てきているなと感じました。自分の絵に自信があるわけじゃなくて、「本当にこれで大丈夫か!?」って思っている。さらに透に対する不信感もある。悩んでいる姿が等身大で年相応の反応だと感じていますが、これからこの物語を通して人物像が固まっていくんじゃないかなと思っています。

──一希の絵は、黒いペンが主な画材で自分の見た風景をクロッキー帳やキャンバスに落とし込むものです。彼の絵については、いかがでしたか?

例を挙げると、さっきお話したシャンデリアの絵がまさしくそうだったんですが、なんというかグワーッと迫る感じで描いていますよね。「マンガの中で描かれている絵」なので難しいことは承知で、その絵を実物として見てみたいと思いました。作品をマンガの中で見るときと、実物として目の前に現れたときって、感想が違うと思うので。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」2巻より。さまざまな画材にトライする一希だったが、ある思いから結果的に使い慣れたペンを相棒として選ぶ。
「いつか死ぬなら絵を売ってから」2巻より。さまざまな画材にトライする一希だったが、ある思いから結果的に使い慣れたペンを相棒として選ぶ。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」2巻より。さまざまな画材にトライする一希だったが、ある思いから結果的に使い慣れたペンを相棒として選ぶ。

──そうですね。シャンデリアの絵もそうですが、一希の描き貯めたクロッキー帳を見せてもらいたいなと思いました。

これは冷たい言い方に聞こえるかもしれないんですが、絵に本人がまだ追いついていないんだろうなっていうのが率直な感想です。絵に最大限のパワーを詰め込んで描いているから、黒一色のみを使った作品になっているのかな。その作品自体は透もいい評価をしているので完成形だと思うんですが、そこに付随してくる一希の言葉がない。作品が一人歩きしてる感じだなと。作品について1から10まで説明しろってわけじゃあないんですが、何かしら本人の言葉が欲しいなと思いながら見ています。もっと自信持っていいんだよって何度思ったことか!

作家と支援者、一希と透の関係は一番クリーン

──お次はそんな一希を見出し、いわば“パトロン”として支援する透の印象をお願いします。未だ謎が多い人物ですが……。

よくも悪くも素直な人物なんだろうなって思います。その素直さが、はたから見たら「なんだこのサイコパス……」って思うときもあれば、急激に子供みたいな表情をして惹きつけられるときもある。でも、まだまだ透に関しては輪郭がないフワフワした状態で見ているので、何も言えないですね。

──先ほどパトロンという表現をしましたが、古くは貴族が衣食住を提供したり、今では企業が援助を行ったりと、作家と支援者の関係はさまざまな形があります。この作品で描かれる一希と透の関わり方は、らでんさんの目にはどのように写りましたか?

確かにいろんなケースがあるかと思いますけど、今回の2人の関係性は、作家と支援者としては一番クリーンであるように思いました。変に身体を差し出したり、それ以外の見返りを求められたりするわけでもなく、単純に作品とその人を評価していますから。「あくまでも作品を見ています、でも作者にもちょっと興味があるかな」っていうのが、一番いい関係値じゃないでしょうか。

──一希自身に対する透の興味はかなり強過ぎるように感じますが、純粋にいい作品を作ってほしいと思ってのことですしね。一希と透の周辺にも魅力的な人物が多いですが、らでんさんは誰が気になりますか。

やっぱり千宏ですかね……。自信に満ち満ちた彼の裏側をどうしても見てみたくなりますね。

──千宏は作中では新進気鋭の人気アーティストで、透の幼なじみ。透からは昔からちまちまと嫌がらせをされていた、と嫌われていますが、透が目をかけている一希にも興味を抱き始めます。

ずっと嫌がらせしていた理由も気になるし、いっそ透と千宏だけに注目したエピソードも読んでみたいですね。透も謎が多い人物ですが、さらのその上を行く掴みどころのなさをこれから見せてくれそうだなって気になっています。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」2巻より、業界注目のアーティスト・凪森千宏。透がいかに彼を嫌っているかは、表情が物語っている。
「いつか死ぬなら絵を売ってから」2巻より、業界注目のアーティスト・凪森千宏。透がいかに彼を嫌っているかは、表情が物語っている。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」2巻より、業界注目のアーティスト・凪森千宏。透がいかに彼を嫌っているかは、表情が物語っている。

価値のある作品には問いがある

──話は変わりますが、作中では一希と透がタッグを組み“価値のある絵”を作り上げることに挑みます。これまでたくさんの美術品を目にしてきたらでんさんにとって、価値のある作品とはどういう物だと思いますか?

うーん……これ難しい質問ですよね。美術品って、今の世代の人が昔の作品を評価するより、同じ時代を生きるアーティストの作品に価値を付けるほうが何百倍も難しいと思っていて。そういった意味もあり悩むんですが、何か問いを投げかけてくれるのが価値のある絵だと思います。

──その問いによって解釈が広がる作品、ということでしょうか。

これいいな、素敵だなと思う作品って、そういう感想が生まれる前に実は自分の中でいろんなことを考えてるはずなんです。この絵の人物にはどうして顔がないんだろう、とか。そういうふうに、相手に思考を促すことができる作品が価値のある絵だと思います。作品を目にしたとき、いろんな人が各々自分の考えを持って、さらにさまざまな言葉で感想が紡がれていきますけど、1人ひとりの意見があっても揺らがない、どっしりと存在できる作品が価値のある作品なんじゃないかな、と思います。

儒烏風亭らでん

儒烏風亭らでん

──今のお話を踏まえると、美術品を見るときの考え方がまた広がりそうな気がします。さて、「いつか死ぬなら絵を売ってから」は5月16日に3巻が発売となります。らでんさんには3巻の収録エピソードまで読んでいただきましたが、お気に入りのシーンはありましたか?

一希が清掃員のバイトをしていたときの同僚のおばちゃんが出てくるところですね。おばちゃんがギャラリーに展示された一希の絵を見に来る場面があるんですが、この作品すべてを通じて一番好きな場面です。一希が次のステップへ踏み出して、だんだん高いところに登っていくと思わせつつ、おばちゃんが登場することで、成功はしていくけど今まで関わってきたものや人、風景を大切にしていくんだろうなと感じました。プレゼントボックスがたくさん描かれた絵は、そのことが表現されているようだなと思って読んでいました。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」3巻より。清掃バイト時代に自分を気にかけてくれた女性をギャラリーに招き、一希は初めて自分の絵を見てもらう。
「いつか死ぬなら絵を売ってから」3巻より。清掃バイト時代に自分を気にかけてくれた女性をギャラリーに招き、一希は初めて自分の絵を見てもらう。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」3巻より。清掃バイト時代に自分を気にかけてくれた女性をギャラリーに招き、一希は初めて自分の絵を見てもらう。

──例えばこれから絵が売れて大金を掴んで環境が変わっても、一希自身は変わらないんだという安心感がありましたよね。

いや、本当にそうなんですよ! 涙がちょちょ切れましたもん……。おばちゃんは物語の中で唯一芸術関係者ではない人ですよね。3巻でおばちゃんが一希の絵を見て、彼女なりに感想を伝えてくれる場面があるんですが、一希の人格や歴史を踏まえたうえで、それが全部ペンに乗っていて圧倒されるんだと思うと言ってくれて。そのコメントを受けて、「そうそう、これよな!」って思いました。作品だけじゃなくて、人生や背景、作者の考えたことを味わえる、これぞ美術鑑賞!

一緒にニヤッとしませんか?“美術沼”からささやくオススメポイント

──らでんさんがこの物語全体を通じて一番魅力的だと感じる点はどこでしょうか?

ひと言でいうと、生々しさですね。それは“アートと金”というテーマで描く芸術界の生々しさもそうですが、人が信頼関係を構築していく中で起きるすれ違いも、ハラハラドキドキします。でも誰にどこが刺さるかわからないことこそ、この作品が魅力的だなと感じます。多角的に捉えられるこの作品をいろんな人に読んでいただいて、いろんな感想を聞きたいですね。

──ありがとうございます。例えばらでんさんのようにアートに興味がある人なら、どこが刺さると思いますか。

作中にさまざまな芸術作品や作家が取り上げられている場面があるんですが、ちょいちょい元ネタがわかるんです。「あ、これは白髪一雄?」「これはイヴ・クラインかな?」って。だから、わかる方は読んでて思わずニヤッとしちゃうと思います。「一緒にニヤッとしてみませんか」って誘いたい。

──なるほど。ちなみに美術知識があまりない人でも楽しめそうなポイントはありますか?

そういう人には、とにかく読め!と伝えますね。読んだあとは、ギャラリーなり美術館なりに絶対に行きたくなるので。何か自分も行動を起こそうかなって思わせてくれる原動力がある作品だと思います。私もこのマンガを読んで「次の配信もがんばろう」って思いましたし。美術館とかギャラリーに行ってみたら、そこで新たな疑問が湧きあがると思うので、わからないことを調べていたら、そのままズブズブと美術沼にハマっていくと思いますよ(笑)。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」3巻より、一希が出展した2枚の絵画。展覧会で起きたさまざまなドラマは、ぜひ単行本でチェックしてほしい。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」3巻より、一希が出展した2枚の絵画。展覧会で起きたさまざまなドラマは、ぜひ単行本でチェックしてほしい。

プロフィール

儒烏風亭らでん(ジュウフウテイラデン)

2月4日生まれ。ホロライブプロダクションの女性VTuberタレントグループholoilve DEV_IS所属ユニット・ReGLOSSのメンバーとして、2023年9月にデビューした。伝統と革新に身を包み、落語家に浪漫を抱くおばあちゃん子であり、新旧和洋を問わず文化・芸能を愛する。雑談、ゲーム実況配信を中心に活動している。