芸術を愛する儒烏風亭らでんがアート×金の物語「いつか死ぬなら絵を売ってから」をオススメ「一緒にニヤッとしませんか?」

ぱらりによる「いつか死ぬなら絵を売ってから」は、ネットカフェ暮らしの清掃員・一希の姿を通じて、アートと金の関係に切り込む物語。先の見えない生活で絵を描くことのみを趣味にしていた一希が美術を愛する青年・透と出会い、彼とともに“価値のある絵”を描くためもがくさまが描かれる。

コミックナタリーでは3巻の発売を記念し、新旧和洋を問わず芸術を愛するVTuber・儒烏風亭じゅうふうていらでんにインタビューを実施した。“美術沼”にハマり、学芸員資格も取得した彼女にとって、美術業界の実態に迫る「いつか死ぬなら絵を売ってから」は大のお気に入りになった様子。美術鑑賞初心者でも楽しめるポイントを丁寧に語ってくれた。

取材・文 / 佐藤希

「いつか死ぬなら絵を売ってから」

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻

主人公は、孤児院育ちでネットカフェ暮らしの清掃員・一希。将来に夢も希望も見いだせず、毎日仕事に明け暮れる一希の唯一の趣味は、絵を描くことだった。ある日、いつものように絵を描いていた一希が出会ったのは、妙な青年・透。一希の絵に異様に興味を示す透は、その絵を買わせてほしいと言い出す。その日暮らしで精一杯だった一希と、お金持ちで何不自由ない生活を送る透。正反対の2人はやがて手を組み“価値のある絵”を作り上げていくことになるが……。絵を描く青年と絵を売る青年を軸に、アートとお金の関係が描かれる。

気が付いたら沼に、学芸員資格も持つVTuberの“美術愛”歴

──らでんさんは公式プロフィールにも「新旧和洋を問わず文化・芸能を愛しており」とある通り、アート界隈への知識が抱負な方という印象なのですが、芸術作品への興味を抱いたのはどういうきっかけだったんでしょうか?

もともと美術好きというわけでもなく、むしろ昔は図工の授業が苦手だったんですが、ある時期にフォトグラファーになりたいと思ったことがあったんです。商業写真とか報道写真とか、写真にもいろいろありますが、その中で近現代のアートで使われる写真に一番興味をそそられて。その後専門学校にちょっとだけ通った後、美大に編入して美術史を専門的に勉強し初めて、そのままズブズブと沼に……。すっかり美術の魅力にはまっていきました。

儒烏風亭らでん

儒烏風亭らでん

──学芸員の資格もお持ちだと伺いました。

そうですね。美大に編入を決めた一番大きな理由として、学芸員になるための勉強がしたかったので。あと本当に正直に言うと……資格があれば、就活に役に立つかなと思って。教員免許か学芸員のどちらを取ろうかと思ったときに、美術館への憧れもあったので学芸員の資格にしようと思ったんです。どんな形でもいいから美術に携わりたいなという気持ちがずっとあったんですが、いつの間にかこうしてVTuberになっているので、不思議な人生だなと思います(笑)。

──でも、こうして学ばれたことをもとに、美術鑑賞のコツや作品にまつわる知識を配信で披露していて、リスナーさんにも喜ばれています。

とてもうれしいです! それに今回のような美術に関わるお仕事をいただけたことも本当にうれしくて。やってみたかったんですよー!

キーになるのは窓、一見何気ない描写について作者に逆質問

──それでは「いつか死ぬなら絵を売ってから」のお話に移りたいと思います。今回のインタビューのためにお読みいただきましたが、物語に関して率直なご感想をお願いします。

1巻から引き込まれてパンパンパーン!って読んじゃいましたね。すっごく大好きな作品になりました!

──どういうところに引き込まれたんでしょうか?

この作品の面白いところはたくさんあるんですけど、特に1巻では一希が絵を描くところがすごく印象的でした。一希が自分の中でモヤモヤしてることや「俺はこう思ってる!」っていう主張を、絵に思いっきりぶつけるシーンがいくつかありましたよね。例えば新築の家の壁に直接絵を描く場面とか。

──透に誘われて行った新築お披露目パーティーで、一希がある勘違いからライブペインティングを披露するシーンがありましたね。その家に飾られていた大きなシャンデリアを描いていました。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。透とともに出席したパーティである人物と勘違いされた一希は、その場でライブペインティングを披露することに。
「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。透とともに出席したパーティである人物と勘違いされた一希は、その場でライブペインティングを披露することに。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。透とともに出席したパーティである人物と勘違いされた一希は、その場でライブペインティングを披露することに。

そうですね。絵を描くこと=その人の人生を反映している、と見える描写があって、そこが特に好きです。あの、これはぱらり先生への逆質問なんですが……。この作品って窓がいたるところに出てきますよね。何かしらキーになるシーンで必ず窓が出てくる気がするんですが、そこに何か狙いがあるのかなって気になっていて。美術作品によっては、窓は作者の鏡という意味もあって、窓が効果的に使われている作品もあるんです。もしくは、美術作品がその人に新しい視点を提供するための窓として表現されているのかなって。

──本日の取材には、ぱらり先生も同席されています。ぱらり先生、らでんさんからご質問をいただきましたが、お答えいただけますでしょうか。

(ぱらり) すごく丁寧に読んでいただけて本当にうれしいです……! もちろん窓というモチーフは意識して使っています。

わあ、そうですよね!?

(ぱらり) 何か象徴的なモチーフを使おうというのは担当さんのアイデアだったんです。「絵っていうのは自分の見た風景とか心象を切り取るものだから、一種の窓だよね」っていう話をしたことがあって、私もそれはいいなと思って使わせていただいていています。それに加えて、一希と透っていう対照的な2人の間には透明なガラスがある、ということはキャラ造形の頃からずっと考えていました。ですから、絵画としてのイメージの窓と、人と人を隔てるガラスという、2つの意味で窓というモチーフを意識的に使用しています。

うわー、よかった! 的外れなことを言ってるんじゃないかってドキドキしていました。じゃあ、1巻で一希と透が手を取り合うシーンの後ろにガラスがあったのはそういうことだったんですね。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。出会いは窓ガラス越しだったが、透が一希にサポートを申し出る場面では2人がともに窓の前に立っている。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。出会いは窓ガラス越しだったが、透が一希にサポートを申し出る場面では2人がともに窓の前に立っている。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。出会いは窓ガラス越しだったが、透が一希にサポートを申し出る場面では2人がともに窓の前に立っている。

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻より。出会いは窓ガラス越しだったが、透が一希にサポートを申し出る場面では2人がともに窓の前に立っている。

(ぱらり) はい。2人の一瞬を切り取りつつ、ガラスで隔てられていた一希と透が今は同じところに立てている、というイメージですね。

もう今日はこのお話が聞けただけで、私大満足です!

読者として、VTuberとして……2つの自分から生まれた感想

──「いつか死ぬなら絵を売ってから」のテーマは“アートと金のマネーゲーム”。芸術作品の価値を考えるうえで、金額という要素は欠くことができないと思いますが、美術業界に関わるお金の動きに踏み込んで描いていることについて、どう思われましたか?

このテーマについては、読者としての私と、VTuberとしての私が別々の感想を持っていて。読者としての私は、「ここまでかゆいところに手が届くマンガがこれまであっただろうか!」と思っているんです。「この作品はいくらで取引されたんだろう」「この素材はいくらなんだろう」っていうお金の流れは、誰しも気になるところですよね。ですから今回そこをマンガですごくわかりやすく解説しているので、「これは誰しもが求めてたやつ!」「こういうのが読みたかった!」っていうのが読者としての感想です。例えばオークション会場なんかなかなか入れませんし、そういう現場をマンガとして視覚的に描いているので、こういう感じなんだって衝撃&新鮮でした。

儒烏風亭らでん

儒烏風亭らでん

──VTuberとしてのらでんさんはどういうご感想を抱かれましたか?

VTuberって自分で自分の物語を紡いでいかないといけないので、自己プロデュース的側面が強い職業なんです。だから例えばこのマンガを、自分が似たようなアイデアで描くということになったら、私の場合はシンプルなシンデレラストーリーにしてしまいそうなんです。この作品では一希の才能が認められて次第に成功していく様子を描いていますが、そこにお金というどうしようもなく現実的な要素があることが、物語をいい意味で複雑にしている。なんてうまいんだ……!って思いながら読んでいました。さらにそれだけじゃなく、キャラクターの人間関係も含まれてより複雑になって、アートという1本の木からいろんな枝が分かれていきますよね。ただただまっすぐ伸びる木ではない、というイメージ。それがこの作品の魅力なんだと思います。