奥浩哉「いぬやしき」×久慈進之介「PACT」

日常SFとハードSF、異なる作風の作家が対談

世界的ヒットを飛ばした「GANTZ」の次回作として注目される奥浩哉の最新作「いぬやしき」1巻が、5月23日に発売される。また4月には、ヤングマガジン(講談社)にて新鋭・久慈進之介が連載中のSF作品「PACT」1巻が刊行されたばかりだ。

おじいさんを主人公に据え、日常の中にSFを取り入れた「いぬやしき」と、近未来を舞台にしたハードSF「PACT」。コミックナタリーでは2作の発売を記念し、同じSFでも全く異なる作風である著者同士の対談を企画した。架空の世界にリアリティを持たせる工夫、創作意欲の源など、ふたりのトークからSFの奥深さを感じてもらいたい。

取材・文/淵上龍一

「GANTZ」の世界観は「ドラえもん」と同じ

手前から奥浩哉、久慈進之介。

──初老サラリーマンの哀愁SF「いぬやしき」、そして爆発物処理班のSFバトル「PACT」。異なる世界観のSF作品を同時期に連載されている奥さんと久慈さんに、それぞれのSFの描き方をお伺いできればと。

久慈 僕は元々、「GANTZ」がすごく好きなんです。学生時代に第1話を読んで、すごい面白いマンガが始まった! と思って。ちょうど主人公と同じくらいの年齢だったのと、主人公が世界を救うかっこいいヒーローじゃなくて、どこまでも生々しい学生だというところに心を持っていかれて。特に制服の下にGANTZスーツを着て、学校で不良をやっつけちゃうところなんて、心の中でガッツポーズしてました。

 ありがとうございます。「いぬやしき」も「GANTZ」もそうなんですけど、僕のやってることって実は「ドラえもん」の世界観に近いんですよ。日常の中にちょっと不思議なものが入り込んでくる、その感じをリアルに描くというのが僕は好きで。どうもハードSFって柄じゃないんです。

「PACT」には埋立地も登場。

久慈 僕はとにかく無機質な物体が好きなので、描く舞台は現代よりも自然と近未来になりますね。生まれたのが、生活感のない埋立地だったせいもあるのかなと。車とかもあんまり進入できない構造のニュータウンで、そこから出るまではガードレールや信号もちゃんと見たことがなかったくらいです。

──近未来という設定ありきだったんですね。

久慈 でも「PACT」で最初に思いついたのは「海」というテーマなんです。「シャドウ・ダイバー」っていう、沈没船からお宝を回収するトレジャーハンターのノンフィクション小説からインスピレーションを得ました。そこに爆弾を仕掛けてみるとか、好みの世界観を肉付けしていった感じです。

「いぬやしき」より。造り変えられてしまった初老サラリーマン・犬屋敷壱郎。

──奥先生も舞台設定からストーリーを考えたりしましたか?

 そうではなく、「いぬやしき」はおじいちゃんがロボットですごく強いって面白いかな、という思いつきから。最初に浮かんだのは、冴えない男の子がロボットに造り変えられちゃうみたいな話だったんですけど、デザイン画を描いてもしっくりこなくて。いろいろ試行錯誤するうち、思い切って主人公をおじいちゃんにしてみたらピンときたんです。おじいちゃんなのにヒーローっていうのが、僕の描きたいものだったとわかった。

久慈 おじいちゃんの表情がリアルでいいですよね。

 若い子を主人公にしていたら、見た目だけじゃなく物語の雰囲気自体も全然違ったものになっていたでしょうね。ただ「おじいちゃんが主役のシリアスなマンガ」って、すごく売れなさそうだとは思う。けど僕は面白いと思うんだから、しょうがない。いまも“賭け”みたいな気持ちで描いています(笑)。

両手を上げてワッと驚くのはマンガだけ

──奥先生は「ドラえもん」の世界観をリアルに描いているというお話でしたが、それを成立させているのは3Dでの作画による画面作りがあるからでしょうか?

 いえ、人物の描写ですね。僕はマンガっぽい表現があまり好きじゃないので、定型的にならないように。キャラクターにナマのリアクションをとらせて、実写を見てる感覚になるよう気をつけてます。

「いぬやしき」より。映画のように画面が展開していく。

久慈 奥先生のマンガはキャラクターに演技力があって、すごく参考になります。いわゆるマンガ的な、両手をあげてワッと驚くみたいなのじゃなくて、眼球だけがヒュッと動いてビックリするところとか。

 「ドッキリカメラ」じゃないですけど、人間が思わず取りそうなリアクションを目指してます。演技をつけられた映画じゃなく、ドキュメンタリータッチを意識してますね。

──リアリティへのこだわりは、マンガを描く中で目覚めていったんでしょうか?

 リアリティのこだわりは最初からですね。でもマンガを描くたびに作風をガラッと変えてるから、そうは見えないかも。デビュー作はリアルな感じだったんですけど、次の「変」では逆にわざとマンガっぽいリアクションをするポップな作風を試してみて。あれはあれで面白かったけれど、根っこは完全に写実派です。

久慈 「変」みたいな完全にエンターテインメントしたマンガから、実写映画のような圧倒的リアリティのあるものまで描けてしまう、その幅の広さに憧れます。僕も鉄板の表面がザラついてることを絵で伝えるにはどうしたらいいかとか、どこまでディテールにこだわれるか模索してる最中です。そういえば、ちょうど「いぬやしき」を読んで驚愕したことがありまして。

 なんだろう、その話のフリ方はちょっと緊張するな(笑)。

「PACT」より「ホーミング爆弾」(左)と、「いぬやしき」より犬屋敷の頭の後ろから出てくる球体(右)。

久慈 僕のマンガに「ホーミング爆弾」というものが出てくるんですが、あの、「いぬやしき」でおじいちゃんの頭の後ろから、球体がポコンって出てきますよね。その質感や形状が、すごく理想的だったんです。見た瞬間「僕が描きたかったのがここにある!」と。これがディテールの差なんだなって、愕然としました。

 そういえば1999年に描いた「01 ZERO ONE」は、2028年を舞台にした近未来作品でした。そのときも背景が嘘っぽくならないよう、信号や公共の施設などの身近な物を描くときは、実際の進化を考えながらデザインし直していましたね。今現在の延長線上にある未来として見えるよう、ディテールには気をつけていました。

久慈 近未来とか現代とかでなく、どれだけ細部にこだわれるかが現実味につながるんですね。

その男には誰にも言えない秘密がある! 58歳サラリーマン2児の父。希望もなければ人望もない冴えない男。しかしある日を境に男のすべては一変する──。「GANTZ」でマンガ表現の極地を切り拓いた奥浩哉がおくる、全く新しい世界がここに!

西暦20XX年、全世界を震撼させる戦慄の爆弾テロが発生。
この未曾有の危機に、ある大事な“やくそく”をした日本の精鋭達が立ち向かう!! ちばてつや賞大賞を受賞した規格外の新人が放つ爆発物処理班SFバトル、始動──。

奥浩哉(オクヒロヤ)

奥浩哉

1967年9月16日福岡県福岡市生まれ。山本直樹のアシスタントを経て、1988年に久遠矢広(くおんやひろ)名義で投稿した「変」が第19回青年漫画大賞に準入選、週刊ヤングジャンプ(集英社)に掲載されデビューとなった。以降、同誌にて不定期連載を行い、1992年よりタイトルを「変 ~鈴木くんと佐藤くん~」と変え連載スタート。同性愛を題材とした同作は道徳観念を問う深い内容で反響を呼び、1996年にはTVドラマ化されるヒットを記録。マンガの背景にデジタル処理を用いた草分け的存在として知られ、2000年より同誌にて連載中の「GANTZ」はスリルある展開で好評を博し、アニメ、ゲーム、実写映画化などさまざまなメディアミックスがなされた。 2014年よりイブニング(講談社)にて「いぬやしき」の連載を開始する。

久慈進之介(クジシンノスケ)

久慈進之介

1986年8月15日生まれ。東京都出身。2013年、第68回ちばてつや賞ヤング部門において「ロストマン」で大賞受賞。2014年、ヤングマガジン11号(講談社)にて、初連載作品となる「PACT」をスタートさせる。