アニメ「いぬやしき」|映画「GANTZ:O」の伝説タッグ再び──。奥浩哉×さとうけいいち、アニメ「いぬやしき」対談

「いぬやしき」を初めて読んだ感想は「僕の好きな世界だな」

──CGアニメ映画の「GANTZ:O」に続き、今度は「いぬやしき」のテレビアニメ化。さとう監督は、同作についてどんな印象を持たれていますか?

アニメ「いぬやしき」キービジュアル第1弾。

さとう 僕は実は、「GANTZ:O」のオファーを受ける前に、知り合いから「いぬやしき」を薦められて読んでいたんです。第一印象は「あ、僕の好きな世界だな」と。不条理ものって、個人的に好みなんですよ。特に、日常の一角にスポットが当たっているところから、だんだん視界が広くなって物語を俯瞰していくという構造の作品が。

 ああ、はい。

さとう しかも、いきなり冒頭がね、僕も家族を持っている父親の1人ですけど、オヤジとしての苦行がリアルに描かれていて(笑)。

 1話はまあ単純に……家の中で虐げられている、年齢より見た目が老けたお父さんが、可哀想な目に遭うところから始めようかなと。そこから徐々にヒーローへとなっていく姿が描きたかったですから。

原作「いぬやしき」より、犬屋敷壱郎。

さとう 僕は読んでいて、なんとなく「GANTZ」以上に映像化を意識した導入になっている気もしました。

 いや、映像化に関しては、僕の中ではまったく意識しなかったです。たぶん僕のスタイル自体が「自分の好きな実写映画をどこまで紙に落とし込めるか」という部分に挑戦しているところがあるので、そう感じられたのかなと。

──原作が実写に近い表現であることによって、映像化しやすい、あるいは映像化しにくい、ということはありますか?

さとう どうなんでしょうかねぇ……例えばアクションシーンなんかは、映像を作る側はむしろ、あまり意識しないんですよ。原作が実写に近い表現であっても、マンガで追えないコマとコマの間については、僕たちのほうでどんどん補完して見せていくものだと思っていますから。原作で描かれたシーンが自分たちにとって足かせになるようなことは、今まで一度も考えたことがないですね。

原作「いぬやしき」より。

 僕は「GANTZ:O」のアクションシーンを観て、「こんなにカッコよくなるんだ」と感動した覚えがあります。確かに僕の描いたシーンなんですけど、カメラアングルやカメラワークで全然違うんだなと。より臨場感のあるシーンにしてもらって、うれしかったです。

さとう ありがとうございます。とは言え「このコマは絶対に“キメ”だよね」という部分については、どう持っていくべきかをしっかりと考えますよ。仮に奥先生が、何かとんでもなく大きな爆発を描いていたとします。そこで広がっていく光のストロークや届く音のリズムなどは、実は原作の中にはなくて、読者それぞれが頭の中で補完していたりするわけです。その点については、奥先生のファンの方たちが共感できるようなストロークやリズムを映像に落とし込みたいな、と意識して作っています。

 マンガとアニメでは、「まるで違う」とまでは言いませんが、当然作り方が異なるんですよね。もし僕がアニメ用の絵コンテを切ることになっても、マンガとはまったく別のものを描くと思います。

アニメでは“社会の中にあるリアルな恐怖”を漂わせたい

──さとう監督が考える「いぬやしき」の“絶対に押さえておきたいポイント”はどこですか?

原作「いぬやしき」より。

さとう 僕は“社会の中にあるリアルな恐怖”というものが、匂えばいいなと思っています。スタイリッシュな絵で、「ミサイルを撃っています」とか「空を飛んでいます」みたいなのは、いくらでも表現できることなので。「いぬやしき」の核は、そこじゃないなと。例えば、あのおじいさんは今あんなカッコいいことをやって熱く生きているけど、同時にそれは殺人行為にも見えるよ、っていうのが対極にあるわけじゃないですか。

 ……なるほど。

さとう 確かに人助けをするヒーローなんだけど、普通の人が成し得ない、何か神憑り的な力を見せ付けられたとき、ある種の恐怖というものが誰でも絶対にくっついてくると思うんですよ。別にダークな面を見せたいとかじゃなくてね。同じ“誰かを救う”というシーンでも、バックに神々しい音楽が流れるのと、少し不思議な音楽が流れるのとでは受け取る印象が変わるわけじゃないですか。昔スーパーロボットものでよく使われていたコピーじゃないですけど、「神にも悪魔にもなる」という空気感を少しでも匂わせることができればいいなぁと思いながら、ちょうど今制作しているところです。

──奥先生は作中の「善と悪」について、どのような感覚で描かれていたのでしょうか?

原作「いぬやしき」より、獅子神皓。

 僕はもっとシンプルに、主人公の犬屋敷さんが正義の味方で、もう1人の主人公である獅子神くんは悪役として描いていただけですね。同じ事故に巻き込まれて、機械の身体になってしまった2人が、“もともと持っていた素養”のせいで正義と悪に分かれてしまうという設定にしたかったので。

──ちなみに奥先生自身は、2人のどちらの素養に近いとかはありますか?

 うーん……僕はどちらにも似ていないと思いますね。どちらが好きかと言われれば、やっぱり犬屋敷さんのほうが好きです。獅子神くんはつまり悪ですから、感情移入できないですよね……。犬屋敷さんはけっこういい人なので、好きというより「がんばれ」という気持ちで描いてはいました。

さとう 意外と冷静と言うか……。

アニメ「いぬやしき」犬屋敷の設定画。 アニメ「いぬやしき」獅子神の設定画。

 僕はあんまり自分自身をマンガに投影しないタイプなんです。「僕が犬屋敷さんだったらどうするか?」とかも、頭に浮かんだことがない。一度キャラクターを設定したら、その人が本当に生きているつもりで、その人が本当に取りそうな行動を描いていきたいという考えを積み重ねていくだけなので。

さとう それはわかります。

 ただ、獅子神くんについては、やっぱり単純な悪として描いたら面白くないので、「彼には彼なりの理由があって生きている」というふうな、ちょっと不幸な境遇を持つ設定にしました。ドラマ的にも犬屋敷さんより獅子神くんのほうが、善悪のバランスが揺らぎやすい立場だったので、作者としても描きがいがあった気がします。

さとう 僕ね、獅子神くんがあっち側に行っちゃったのは、若さのせいもあるのかなと思ったんですよ。犬屋敷さんって結局は大人なわけじゃないですか。きちんと仕事をして、家族を持ち、マイホームを手に入れて……現在進行形ではあるけれど、大人として十分な結果を出しているわけですよ。

 そうですね。

原作「いぬやしき」より。

さとう 一方、獅子神くんは、まだ社会がどういうものかわからない段階ですよ。何者でもない自分がイヤで、置かれた境遇に不満を持ち、ネットで文句だけを言っている人たちとあまり変わらない場所にいる。その彼が、少し前の自分とまったく違う身体になってしまったとき、怒りと悲しみの塊になってしまったんだろうなと僕は思っているんです。正解かどうかはわからないですけど。

 いや、すごく理解してもらえていてうれしいです。

テレビアニメ「いぬやしき」
テレビアニメ「いぬやしき」

放送情報

  • フジテレビ「ノイタミナ」にて2017年10月12日(木)24:55から放送開始
    ほか各局でも放送
  • Amazon プライム・ビデオにて日本・海外独占配信

スタッフ

  • 原作:奥浩哉 (講談社「イブニング」)
  • 総監督:さとうけいいち
  • 監督:籔田修平
  • シリーズ構成・脚本:瀬古浩司
  • キャラクターデザイン:恩田尚之
  • アニメーション制作:MAPPA
奥浩哉「いぬやしき⑩」
2017年9月22日発売 / 講談社
奥浩哉「いぬやしき⑩」

コミック 637円

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奥浩哉(オクヒロヤ)
奥浩哉
1967年9月16日福岡県出身。山本直樹のアシスタントを経て、1988年に久遠矢広(くおんやひろ)名義で投稿した「変」が第19回青年漫画大賞に準入選、週刊ヤングジャンプ(集英社)に掲載されデビューとなった。以降、同誌にて不定期連載を行い、1992年よりタイトルを「変 ~鈴木くんと佐藤くん~」と変え連載スタート。同性愛を題材とした同作は道徳観念を問う深い内容で反響を呼び、1996年にはテレビドラマ化されるヒットを記録。マンガの背景にデジタル処理を用いた草分け的存在として知られ、2000年より同誌にて連載中の「GANTZ」はスリルある展開で好評を博し、アニメ、ゲーム、実写映画化などさまざまなメディアミックスがなされた。2014年よりイブニング(講談社)にて「いぬやしき」を連載。イブニング2017年16号にて完結した。
さとうけいいち
さとうけいいち
1965年12月18日香川県出身。Karasfilms株式会社所属。2005年、OVA「鴉-KARAS-」で監督デビューしたのち、「TIGER & BUNNY」「アシュラ」「神撃のバハムート GENESIS」など数々のアニメ作品を手がける。また2014年には実写映画「黒執事」の監督も務める。