コミックナタリー Power Push - やまさき拓味「犬と歩く」
犬はなんでも覚えてるんです──。信念に根ざした感動の人間×犬マンガ
動物は我々が考えてるよりずっと利口で、なんでも覚えてる
──ちなみに取材の話はさきほど伺いましたけど、ご自身の体験談みたいなのはお話に盛り込まれていたりはしないですか? というのも「犬と歩く」には、各話に共通する通奏低音みたいなものがあって、それは「犬は人との絆を必ず覚えている」という信念めいたものだと思ったんです。
なるほどね。それは、あると言えばあるかな。ずいぶん昔の話ですけどね。
──よかったら教えてください。
ひとつは妹の話。僕が子供の頃だから何十年も前の話ですよ? 妹が、他人の家の犬を大切にしてたんですよ。自分ちじゃ飼うのを許してもらえないから、近所の家の犬をかわいがってたの。
──昔はそういうこともあったかもしれませんね。つなぎ飼いだし。
ところがある雨の日にね、妹のところに駆けてきたんだって。それでスカートを引っ張るんです。何だろう、ただ事じゃないって着いてったら、川に生まれたばかりの子犬が流されていくところで。
──え、それはその犬の産んだ子ってことですか。
そう。昔は避妊手術とかもポピュラーじゃなくて、増えると目が開く前に放っちゃうっていうのが、割とあったんですよ。
──ああ、飼い主が捨ててしまうんですね。
それを妹に助けてくれって言いにきたんですよ。その犬はだから妹のことを思い出して、あいつはよくしてくれたから頼れるだろうと。僕はそう思ってる。マンガみたいだけど、これはほんとにあった話。あと猫でもいい?
──猫ですか? いいも悪いも、今日は先生のインタビューですから、なんでもおっしゃってください。
僕んちは昔、劇場、つまり映画館をやってたんですよ。それで僕は飼ってる猫がいたんだけど、いまみたいに部屋ん中だけで飼うとかじゃないからさ、客席に糞をしたり、あと上映中にスクリーンの前を横切ったことがあって(笑)、それで親に捨てられたことがあるんです。
──商売の邪魔をするから。
そうそうそう。それで劇場の定期便のクルマに積んで……。
──話の腰を折ってスイマセン、定期便というのは。
昔の映画館って、フィルムを掛け持ちしてたんですよ。地域の何カ所もの映画館でひとつのフィルムを回して上映していくわけです。それを運ぶ便があったんです。
──ははあ、なるほど。それに猫を乗せて。
1時間は走ったところで、途中の河原に捨てられたんですよ。ところがクルマを覚えてたんですね、しばらくしたら黙って乗って帰ってきましたから。
──え?
その猫が、信じられないことですけど、そのクルマの荷台に乗って戻ってきたんですよ。
──ルートを回ってるクルマを見つけて、こっそり乗り込んで?
ええ。嘘みたい話だけど、これもほんと。だから犬に限らず、生き物ってのは我々が考えてるよりずっと利口で、なんでも覚えてるんですよ。僕はそう思ってる。
──それはうれしかったでしょうし、幼心に強烈な体験だったと思います。そういう下敷きがあって、「犬と歩く」が血の通った作品になっているのかと、いま思い至りましたね。
まあでも、そんな大層なもんじゃないですよ。いまも職場ではね、紋次郎、さっきのパピヨンに命令されてますからね。うちの職場は11時で閉めるんですけど10時45分にはもう、僕の机の前で待ってるんですよ。「お前、散歩、わかってるよな」って。
──ははは。
飼い主が怒っても僕が怒っても、「ウー!」とか唸って睨まれますし。犬マンガの作者としては好評をいただいていますけど、飼い主としては、完全にしつけに失敗しました(笑)。
作品紹介
ダックスフンド、ワイヤーフォックステリア、キャバリア、パピヨン、ゴールデンレトリバー、チワワ、シーズー、7種類7匹の犬と7組の飼い主。動物マンガの第一人者・やまさき拓味が、実際に出逢った犬と飼い主をモデルに描き出す深い絆のストーリー。
やまさき拓味(やまさきひろみ)
1949年和歌山県生まれ。1972年に小池一夫原作「鬼輪番」でデビュー。多数の競馬マンガを執筆しており、代表作は「優駿の門」シリーズ。感動的な話作りに定評があり「涙の巨匠」の異名を持つ。