コミックナタリー Power Push - THE INCAL「アンカル」
「血界戦線」の内藤泰弘と紐解く “ドローイングゴッド”メビウスの描き出す絵の魅力
「1本の線を引くことを楽しみなさい」
──メビウスから、内藤さんの作品への具体的な影響は。
いやもうなんでしょう、隙あらばメビウスっぽくしたくて(笑)。でも結局、真似しても猿真似になっちゃうんです。「ここです」って言うとなんか恥ずかしい(笑)。「血界戦線」でいうと壁の裂け目とか、「メビウス、メビウス」と言いながら線を入れていきます。そういえば、京都国際マンガミュージアムのカフェの壁に、メビウスがドローイングで描いた大きな絵があるでしょう。失敗したら壁紙を張り替えなきゃいけないし、隣には別の人の絵が描いてある。なのにめちゃくちゃ迷いのない線なんですよね。そういうふうに、「1本の線を引くことを楽しみなさいよ」っていうのが、メビウスの絵を見るとすごく伝わってきて、いまだに勇気づけられますね。
──メビウスが2009年に来日したとき、内藤さんは直接お会いしているんですよね。
ええ、「メビウスさんの『B砂漠の40日間』が大好きなんです」って話をしたら「2時間で1枚、毎晩寝る前に描いたんだ」って言われて(笑)。下描きなしでダイレクトに描いて完成原稿に仕上げていますから、絵を描く者として「あー、心が折れそうです」って言ったら、「そのためにこういうエピソードをたくさん話すんだよ」って、冗談めかして(笑)。最後までやっぱり「サインください」とは言えなかったですね。お疲れかなーと思って。
──ホドロフスキーも2014年に、映画「リアリティのダンス」の公開にあわせて来日しました。ファンとの交流なども精力的にしていましたね。
ホドロフスキーは、比類ないですよね。視点が、完全に芸術に向いている。自分の存在を通して何か別の何かとつながったものを吐き出していくといったスタイルなんで、小市民的に普通に「明日のご飯を食べたい」と思ってる人にはできない。だからこそ生み出せる独特の世界の手触りがあるんですね。気持ち悪いものを扱っても、「気持ち悪い作品内の存在」として、1個1個のディテールに独自の癖というか、カラーがちゃんと入ってきていますね。これは、なかなかマネできない。なんか、戦っているステージが違う感じがします。
──ホドロフスキーが精神世界に潜り込み、吐き出していくものを、全体を構想しつつ、メビウスとのセッション形式で高めていけたからこそ「アンカル」という傑作が生まれたといえそうですね。「アンカル」は前日譚・後日譚にあたる「ビフォア・アンカル」「ファイナル・アンカル」という作品も、ホドロフスキー原作で描かれています。
もちろん買いましたよ。最初「うわー、メビウスにまだ知らない『アンカル』あったわ!」と思いながら読んでたんですけど、「待てよ」と思って。「ファイナル」のホセ・ラドロンさんの絵を見て、「え? メビウス本人じゃねーの?」って、信じられませんでしたね。すごいです、この再現性。メビウスが線の太さやいろんな画風を適材適所で使い分けてゆくのすらも再現していて、愕然としました。でもねえ、ホセさんの絵より、メビウスのほうが、地平線がもうちょっと遠いんですよね(笑)。
──あ、最初のお話に戻りますか(笑)。
でもすごいです。ホセさんはすばらしい、どんどん描いてほしい(笑)。みんなでホントに、メビウス師匠のやってきたことを受け継ぐというか、大事にしてかないと。今、若い人はみなさん、精度の高い絵を描かれますよね。どんなに拡大してもまったくブレないような、一本の線をいかにきっちり描くかに、すごく命をかけている印象がある。それはそれですごいけど、でも、「メビウスみたいに、引いてしまった線を否定しないで、次の線を引く」っていうのも楽しく描けるコツかな、と思うんです。精度を高めることでつらくなって描くのやめちゃったりする人がいるなら、これはメビウス作品に興味をもってくれた方に対しても同じなんですが、「メビウスの自由な感じを見てみると楽しいよ」って、言ってあげたいですね。
「アンカル」シリーズでディフールたちの前に敵として立ちはだかる「テクノ」の秘話を描いたSF。私生児として生まれた少年アルビノはゲームクリエイターになり、宇宙に生きる人々に希望を与えるという夢を育む。母の助力によりクリエイター予備校「パン・テクノ」へと入学したアルビノは、その才能を発揮していく。
アレハンドロ・ホドロフスキーとメビウスによる、世界的ベストセラー「アンカル」。クローン手術を繰り返す大統領、ミュータント、異星人、殺し屋、階級間の争い、陰謀……主人公ジョンの行く先にはさまざまな試練が待っている。宇宙と人類の運命を懸けた大冒険の先に見たものとは? アンカルとは何なのか? 人はどこから来てどこへ行くのか? これぞスペース・オペラ。追加要素として「アンカル」に隠されたさまざまな謎を解き明かした「アンカルの謎」を収録したマンガファン必読の1冊!
内藤泰弘(ナイトウヤスヒロ)
1967年4月8日神奈川県横浜市生まれ。1994年、スーパージャンプ(集英社)にて「CALL XXXX」でデビュー。代表作にアニメ化、映画化された「トライガン」「トライガン・マキシマム」。またジャンプスクエア、ジャンプSQ.19(ともに集英社)にて連載された「血界戦線」も、2015年にアニメ化を果たした。現在はジャンプSQ.CROWN(集英社)にて、同作の新シリーズ「血界戦線 Back 2 Back」を連載しており、単行本1巻が2016年1月4日に発売される。アメリカンコミックおよびフィギュアのフリークとしても知られ、自身もフィギュア製作ブランドを主宰している。
1974年12月、フランスのパリでメビウスや、フィリップ・ドリュイエといったバンドデシネ作家が創設した出版社。1975年に、日本の作家にも多大な影響を与えたコミック誌メタル・ユルランを創刊。アメリカにおいてはヘビー・メタルの誌名で翻訳出版された。2014年には日本支社を設立し、パイ インターナショナルを発売元としてバンドデシネ作品の刊行をスタートさせた。
PIE COMIC ART
パイ インターナショナルのコミックレーベル。大友克洋「POSTERS」や、寺田克也「ココ10年」「絵を描いて生きていく方法?」など、国内のベテラン作家による作品集を中心に、コミック表現の中でも“イラスト”の力にこだわった、ハイクオリティな作品を出版している。またコミックの魅力をボーダレスに発信することを理念に、国内作品を海外に届けるとともに、海外の良質な作品を翻訳して国内に紹介するなど、国際的な出版活動を行う。