コミックナタリー PowerPush - よしだもろへ「いなり、こんこん、恋いろは。」
人も神様も恋ゆらめく京都発ラブコメ 完結記念、よしだもろへインタビュー
主人公にはちゃんと反省してほしくて、メチャメチャ落ち込ませる
──いなりと丹波橋くん、そしてうか様と燈日という2組の恋愛をメインに物語は進行しましたが、ストーリーの比重は考えられました?
あくまでいなりちゃんと丹波橋くんがメインというつもりで描いてましたね。この2人の恋愛だけは、ちゃんと最初から最後までどういう流れにするかを決めていて。中盤で告白してくっつくまではいなりの気持ちしか描かず、付き合い出してから丹波橋くんの内面に迫っていくぞと。丹波橋くんの内なるものが見えてきて、それでもいなりは彼を好きなままでいられるだろうかと。その合間合間にうか様が出てきて、燈日といい感じになってますよと小出しにして、最終的に良いバランスになりました。
──丹波橋は、いなりに対する感情を自覚して戸惑うところが面白かったです。
一応、序盤から丹波橋くんのいなりちゃんに対する気持ちはちょいちょい入れてはいたんですけど。たぶん丹波橋くん的には、女の子はみんな同じ点に見えてたと思う。その中でいなりちゃんの存在感を大きくしたのが神通力だった。けど神通力で結果がすべて決まったわけではなく、神通力を得たことでいなりちゃんが行動を起こせたということが重要で。例えば丹波橋くんの家に行けたのは神通力を持ってたおかげではなくて、いなりが(丹波橋の属するバスケ部のマネージャーをしていた)墨染さんと仲良くなったから誘ってもらえた。そういう努力の積み重ねですね。
──神通力はあくまできっかけなんですね。人間関係は努力をして変えていくものだと。
どの作品でもそうなんですけど、主人公に試練を与えたいヒドい作者なので(笑)。行動1つひとつに対して反省してほしくて、メチャメチャ落ち込ませたりもするんです。
──いなりが変身するのは身の回りの人ばかりなので、結局は人間関係がややこしくなって、本人は懲りごりしてましたね。反省させるのは、主人公に成長してほしいから?
それもありますし、スッと幸せになってほしくないんです。例えば最終回のシーンって、いじめ抜かなかったら描けなかった気がするんです。何もかも持ってる人がさらっと幸せで笑顔になってるのはムカつくじゃないですか。私はデビューに結構時間がかかったこともあって「おい!人生甘くないぞ」と言いたい。でも、いなりちゃんは高校生にしておけばよかったとは思います。この物語を中学生に背負わせるのは、ちょっと可哀想だったかな。
──人間を辞めて神様になるかどうか選択するのは、中学生には過酷すぎたと。
だからこそ周りにスゴい良い友だちがいて、丹波橋くんという完璧超人と両想いにさせて、これでもバランス取っているんですよ(笑)。
──そんな完璧男だと思っていた丹波橋くんが、いなりが神様の修業をするためにクリスマス会に来なかったのがつらくて「(いなりのことは)僕には関係ない」って冷たく言い放つくだりは怖かったです。
「関係ない」は「関係有りたい」という気持ちの裏返しですね。ここは私の内面が出ていて、「もういいや!」って思っちゃう瞬間があるんです。たとえば自分だけ仕事の都合で仲間の集まりに行けなかったとき、すごいスネちゃうんですよ。このスネやすさは、全てのキャラに当てはまる気がします。
「人間になりたい」は「いなりみたいな恋がしたい」という意味
──最終回の直前は、いなりは人間に戻るか、うか様とお兄ちゃんを幸せにするために神になるかの分かれ道で、ハラハラしました。
こっちを立てればあっちが立たないということで、すごい悩みました。いなりちゃんは最終的に神様になっちゃダメなので、うか様にあきらめてもらおうか……。8巻ぐらいで全員が丸く収まる方法ってないなと気づいて、最終回のネームもすごい時間がかかりましたね。
──いなりちゃんが苦しむのは、作者自身も苦労するということですね。
読んでて続きが気になるマンガを描こうという気持ちがあったので、どうしてもピンチの展開を作ってしまうんです。でも、いざ最終回となるとピンチでは終われない。なのに最終回直前でまたピンチになって続くとなってしまい、ううーんって(笑)。
──最初いなりは自分が嫌いで、ほかの人になりたいと思っていた。それがさまざまな経験を積んで、自分でありたい、もう変身はしたくないと思うようになったのは成長したなと感動しました。
でしょ?(笑) 私もそう思います。
──これもキャラクターが動き出したからこその展開でしょうか?
区切りになると考えていた5巻に差し掛かったとき、ここからどうやって続けようかと考え、今までとは逆のことをやろうと思ったんです。いなりちゃんは神様の力を返したがって、恋路を見守ってきたうか様が今度は頭を抱える番という。
──うか様は、いなりに神様の力を渡せば、自分が引き換えに人間になって、燈日と恋人になれるのに……と悩みましたよね。これほど神様の苦悩するドラマも珍しい。
うか様が言う「人間になりたい」って言葉が気に入ってて。これ実は言葉通りの「人間になりたい」という意味ではなく「いなりみたいな恋がしたい」というニュアンスなんです。
──「いなりみたいな恋がしたい」から「人間になりたい」と。
それに気づいたのはアニメ化がきっかけでした。最初の打ち合わせで「うか様って最終的にどうなりたいんですか?」と聞かれたんですよ。そこで初めて「人間になりたい」って言葉の裏にある意味が、物語の最終的なゴールだと気がついて。そういった悩むことで生まれる感情とか、自分の中にこんな汚いものがあったなんて! と気づくような展開が描きたかったんです。
──燈日がうか様と結婚するために神様になって、人間界から消える結末はほろ苦かったです。
うか様がお兄ちゃんと結ばれずに離ればなれになって、記憶がなくなった燈日を(うか様が)遠くから見守るエンドにしようと途中までは思ってました。でも最終的には、作者の私にも2人を引き離すことはできなかったんですよ。お兄ちゃんが神様になってしまい、いなくなったら親は泣くだろうなって最後まで悩んだんですけど。いなりちゃんがここまで頑張ってるので、私もすごいつらかったんですが、がんばろうと。
──お兄ちゃんがいなくなった代わりに、エピローグではいなりに弟ができていましたよね。
ひとりっ子のいなりちゃんは、いなりちゃんじゃないなって思ったので。お兄ちゃんを振り回すばかりだった妹が、今度は弟に振り回されるお姉ちゃんになればいいなって。
──誰も不幸になっていない、素晴らしいハッピーエンドだと感じました。
当初は完全なハッピーエンドにはしたくないという思いがあったんですが……。やっぱりアニメ化があって、自分の作品を客観的に見ることができたからかもしれません。こいつに幸せになってほしいとか、自分で描いているときはわからなかった萌えどころとか、キャラクターを違う視点で見ることができたんです。
大人になってふと思い出す、そういう作品になってほしい
──作品の軸になった「変身」という能力を描こうと思ったきっかけは?
いなりと同じくらいの頃に自分が「誰かになりたい」と思っていたので。小中学校のときは、自分のことが嫌いだったんです。
──それは今もそうなんですか?
いや、今は違いますね。大人になったら解決できる程度のコンプレックスだったんです(笑)。例えば、髪がサラサラの子をうらやましいと思ったり。今喋りながら、あのころは目の前のことがすべてだったなーなんてことをちょっと思い出しました。
──この作品は、当時のよしだ先生と同年代の中高生の読者に読んでもらいたかった?
ええ、幼い頃に読んだマンガを、大人になってふと思い出す瞬間があるじゃないですか。そういう作品になってほしいなって。
──ご自身にもそんな作品があります?
あります、いっぱい。アニメの「水色時代」のヒロインが友達に「ヒロシくんが好きな人がいるか聞いてよ」って頼まれて、それで屋上に聞きに行ったら「お前のことが好きなんだ」と告白されて、それを友だちが聞いててギスギスしたところとか。その部分だけ繰り返し録画して見ていたんです、なぜか。洗濯物を畳むオカンに「あんた本当にそこ好きやなあ」と言われたことまで覚えていますね。
──いなりも同じように、ラブレターのお使いを頼まれていましたね。
そして変身能力を使って解決しようとして、また話がこじれるという(笑)。
──よしだ先生は、神通力を得たとしたら変身されます?
使わんかなという感じですね。それは周りに迷惑がかかるというより、今は自分が好きなんです。あのころ体験したしんどいことがいっぱいあって、今の自分があるので。学生時代は、なんであんなことを悩んでいたのかと。
──人生経験を積んだおかげで、今の自分を肯定できるようになられたと。いなりちゃんは中学生なのに、たった1年でそれを済ませていて(笑)。
神様と関わるというのは、そういう大変なことなんです。とマンガを読んで感じてもらえたら(笑)。
- よしだもろへ「いなり、こんこん、恋いろは。」 / 発売中 / KADOKAWA 角川書店
- 「いなり、こんこん、恋いろは。」1巻 / 605円
- 「いなり、こんこん、恋いろは。」10巻 / 626円
あらすじ
京都伏見に暮らす女子中学生・伏見いなりは、クラスメイトの丹波橋くんに片思いをする少し内気な少女。ある日、助けた子狐の恩返しとして「おいなりさん」こと宇迦之御魂神から手違いで変身能力を授かってしまい……!? 京都を舞台に繰り広げられる波乱万丈の恋模様を描いた変身少女ラブコメディ!!
よしだもろへ
ヤングエース(KADOKAWA)にて、2010年8月号から「いなり、こんこん、恋いろは。」を連載開始。2015年5月号にて長期連載を完結させる。同作は単行本全10巻が発売中。