コミックナタリー PowerPush - よしだもろへ「いなり、こんこん、恋いろは。」
人も神様も恋ゆらめく京都発ラブコメ 完結記念、よしだもろへインタビュー
京都・伏見を舞台に、神通力を授かった女子中学生の恋模様を描いた「いなり、こんこん、恋いろは。」。主人公・いなりが変身能力を使い巻き起こすドタバタ劇に、人間に憧れ自分の存在に苦悩する神・うか様の視点を交えた、大スケールの青春ストーリーが完結を迎えた。
4月に連載が終了し、5月2日に描き下ろしのエピローグを加えた最終10巻が発売されてから1カ月。コミックナタリーでは、一度作品から離れ落ち着いたタイミングを見計らい、現在の心境を作者・よしだもろへに語ってもらった。
取材・文/多根清史
最終回の1話前ですら、どうしたらいいか悩んでいた
──女子中学生の伏見いなりが、キツネにゆかりのある神・うか様からもらった変身能力を使い、片想いしていた少年・丹波橋紅司に近づこうとする。この一風変わったラブストーリーは、どのように生まれたのでしょうか?
最初はファンタジーが描きたかったんです。けど編集さんから「現代モノでお願いします」という要望を受けまして、地元の京都なら現実的でありつつ非日常感を持った話も描けるかなと。神社から名前を取った「伏見いなり」というキャラが生まれ、そこから「神様に力をもらう」とか「キツネで変身」と連想して物語を作っていったんです。私はデビュー作がキツネの話だったので、初心に戻るような気持ちもありました。
──スケールの広さと個人の物語が、絶妙なバランスでブレンドされていたと思います。作中に張り巡らされた伏線も最後にはキレイに回収されていましたが、ストーリー展開は予定通りという感じでしょうか?
いやあ、全然そんなことはなくて。最終回の1話前を描いてるときですら「次で終わりそうもない、どうしよう……」と悩んでいたほど。最後までキャラクターが手に負えなかったんです。なので今は描き終わってホッとしてます(笑)。
──各キャラクターとも個性豊かですよね。単行本のあとがきに没デザインがありましたが、うか様は最初は男神だったんですか?
ずっと女性向け畑にいたので(主要キャラは)男の子というイメージがあったんですが、ヤングエースは青年誌だったので男子向けのキャラが1人は必要だろうと。そうして作ったうか様が1番女の子に人気が出たっていうのは意外でした(笑)。色んな誤算がありましたね。
──「いなり」の世界には本当に神様がいるわけですが、ご自身では何か神様がいると感じられた体験はありますか?
あります。連載を始めてから(物語の舞台・伊奈里神社のモデルの)伏見稲荷大社さんに頻繁に行くようになったんですが、狐の嫁入りに遭遇して。人生で天気雨を体験したのが10回として、8回ぐらいが伏見稲荷大社さんでしたね。
──すごい割合ですね! 狐の嫁入り自体が珍しいものなのに。
ほかにも、いなりちゃんと丹波橋くんが河原町でデートをする回があるんですけど、四条河原町駅周辺の町並みを写真で撮って、作画資料にしたんですよ。その直後にピンポイントで工事が始まり、掲載号が出るころには景色がまるで変わってしまったということもありましたね。
──行く時期が少し遅かったら、その景色を描くことはできなかったと。まるで神様に呼ばれたような体験ですね。
関西弁だから表現できた等身大の気持ち
──風景を綿密に描かれていますが、実際の京都らしさは重視されました?
重視しました。最初の方は伏見稲荷大社さんに気を使ってボカして描いてたんです。連載が始まったころは工事中で写真が撮れなかったので、記憶を辿ってたんですけど、3巻ぐらいで工事が終わってからは遠慮なく、そのまま描かせてもらって。
──キャラクター全員の京都弁も自然で、読んでいて心地よかったです。
現代モノが初めてだったので、標準語に気持ちを乗せることに恥ずかしさがあったんです。自分が昔思っていたこととかを、(標準語だと)キャラクターに入れにくいんですね。京都弁だと感情移入がしやすくて、等身大の表現ができました。
──キャラクターは、よしだ先生の分身ということでしょうか? それでも思い通りには動かなかった?
いなりは最初から、私がプレイヤーとして操作しなければいけないと意識はしていたので、予定通りです。対になるキャラクターの丹波橋くんも同じく。でも、それ以外は勝手に動き出しまして、特にうか様は自然に変わっていきましたね。
──うか様はゲーム好きという趣味がバレて慌てたり、どんどん親しみやすさが増していくのを感じました。
親しみやすいキャラ作りは意識していて、第1話のネームを作っているときからゲーム好きという設定は考えていました。今唐突に思い出したんですけど、高天原に帰る回で、アシさんがうか様を好きになる神様を全員ブサイクにしたいって言い出して(笑)。なんで?って訊いたら、そっちの方がうか様を可愛いと思えるからって。アシさんは女性なんですが。
──その男神たちを押しのけ、人間でありながらうか様と恋仲になる燈日の設定も独特ですね。いなりの兄で神様が見える力があって、自作の小説を書く想像力があって、初めはうか様を嫌っていたけど、ゲームを通じて仲良くなっていく。
単純に私が兄萌えなので。それで見た目は好きなタイプにして、でもちょっと性格は悪くしようと。そうしたら、一番勝手に動き始めたキャラですね。最初はモブのつもりで描いていたんですけど。中2病の設定も相まって、うか様との関係がハマりました。
──いなりの友達・墨染の恋愛も描かれていました。女友達である同性の三条を好きになってしまうという。
当時の担当に百合はどうかって提案されて。結局は恋人関係にはさせず、元の友達付き合いに落ち着かせましたが。私的には、恋仲と友達って、友達のほうがランクが上だと思ってるんです。友達のほうが関係が変わらない気がするから。そこに恋愛とかややこしいものが入っちゃうと、そのうち疎遠になっちゃう。
──登場人物が多くないので、1人ずつの関係性が濃密に描かれていましたね。
キャラクターを増やすと私は嫌になるので(笑)、2巻以降は絶対に増やさないでおこうと。作家として、新キャラを出して盛り上げるのが好きじゃないんですよ。主人公がピンチになったり喜んだりして成長することで次につなげたかったので、新キャラは絶対に出さないと決めてました。
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- よしだもろへ「いなり、こんこん、恋いろは。」 / 発売中 / KADOKAWA 角川書店
- 「いなり、こんこん、恋いろは。」1巻 / 605円
- 「いなり、こんこん、恋いろは。」10巻 / 626円
あらすじ
京都伏見に暮らす女子中学生・伏見いなりは、クラスメイトの丹波橋くんに片思いをする少し内気な少女。ある日、助けた子狐の恩返しとして「おいなりさん」こと宇迦之御魂神から手違いで変身能力を授かってしまい……!? 京都を舞台に繰り広げられる波乱万丈の恋模様を描いた変身少女ラブコメディ!!
よしだもろへ
ヤングエース(KADOKAWA)にて、2010年8月号から「いなり、こんこん、恋いろは。」を連載開始。2015年5月号にて長期連載を完結させる。同作は単行本全10巻が発売中。