「イムリ」|連載14年、ついに完結!今こそイッキ読みしたいSFファンタジー大作

三宅乱丈「イムリ」がついに完結を迎えた。第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞し、2016年にはNHK Eテレ「浦沢直樹の漫勉」でも取り上げられた同作は、その評価にふさわしいSFマンガの傑作。壮大なスケールと息もつかせぬストーリー展開で読者を魅了してきた。一方で、重厚なSFであるがゆえ独特の設定が数多く存在し、その複雑な世界観を理解しながら14年にわたる長期連載を追いかけるハードルの高さに足踏みをしていた読者がいることも想像に難くない。

そこでコミックナタリーでは、最終26巻の発売に合わせて「イムリ」の副読本となるガイド記事を作成した。ネタバレありで、物語の核心に迫る20巻までの流れを追いかける。読み始めたら止まらない。そんなマンガ体験が、あなたを待っている。

構成 / 淵上龍一 文 / 岸野恵加

「イムリ」を読む前に──覚えておきたい3つのポイント

「イムリ」最終26巻

「イムリ」は月刊コミックビーム2006年8月号で始まり、2020年8月号──14年にわたる長い連載に幕を閉じた。そして今年8月12日、単行本最終巻となる第26巻がついに発売。壮大なスケールを支える世界設定の作り込み、謎解きやスリルに満ちた展開が詰め込まれたこの作品は、すでに「pet」「ぶっせん」などのタイトルで高い評価を得ていた三宅乱丈のキャリアを大きく更新した。

目利きの間では、SF小説やファンタジー映画の名だたる傑作と並び称される同作。SFの宿命とも言える難解さは否定できないが、その設定さえひとたび理解できたらあとは止まらない。単行本の各巻末では専門用語の解説を行っており、長い物語の中でその設定を忘れてしまった人にもやさしく手を差し伸べている。SFに苦手意識を持っている人にも、その門戸は開かれているのだ。

そんな「イムリ」だが、読むうえで押さえておくべきポイントは実はさほど多くはない。物語のカギとなる人物は、未来を託された宿命の子・デュルク。舞台になるのは、マージとルーンという2つの星。そこで争うのはマージに住む支配層カーマ、その奴隷・イコル、ルーンの原住民イムリの3種族。本当に大事なのは「主人公」「舞台」「種族」この3つだけだ。この設定さえ覚えれば「主人公のデュルクはカーマに育てられたが、実は原住民イムリの血を引いている」という、この一言でずいぶん想像力を掻き立てられることだろう。

この特集は、上記の設定をより詳細に解説したものになる。民族と人物の相関関係をまとめつつ、物語を主人公・デュルクの心の動きに寄り添って追っていく。タイトルである「イムリ」の運命、そしてデュルクの“支配されない本当の心”とは……。

Introduction

かつて惑星ルーンに生きた2つの民族、“カーマ”と“イムリ”。両者の長く激しい戦いの末、ルーンの大地はカーマによって氷に閉ざされる。それから4000年──隣星マージに移り住んだカーマの民は、厳格な階級社会を作り上げ、栄華を極めていた。しかしマージの地では子を成すことができず、カーマは長い凍結から覚めつつある故郷・ルーンへの帰還を目指す。かつての敵・イムリが素朴に暮らす、母なる星へ。

3民族の関係図

3民族の関係図

人物相関図

  • オレイグ:呪師衆。デュルクの父。
  • ピアジュ:デュルクとミューバの母。
  • ラルド:覚者
  • イマク:ラルドに使える呪仕。
  • デュルク:呪師系寄宿学校の新入生。
  • ミューバ:デュルクの双児の兄弟。デュガロの“養女”。
  • デュガロ:呪師系の大師。
  • ガラナダ:ルーン星在住の呪師。
  • ニコ:岩山の村の戦闘的なイムリをまとめる頭領。
  • チムリ:守りの村で生まれたイムリの少女。デュルクと行動をともにする。
  • ミムリ:チムリの片われ。カーマ軍に拉致され、ミューバの手中にある。

チムリじゃ。
デュルクのことなら誓い(結婚相手)のわしが
なあんでも教えてやるでよ!

チムリ

Story Guide

カーマに育てられたイムリ、デュルクの“本当の心”が向かう先は

支配階級に生きる少年は、疑うことを知らない

惑星マージの支配階級・呪師の家に育ったデュルクは、他者の精神をコントロールする“侵犯術”を学ぶ寄宿学校に入学する。“侵犯術”による恐怖が、カーマの社会システムの根幹をなしているのだ。

デュルク自身も、父親の侵犯術によって心の隅々まで覗かれ、カーマへの忠誠心を確認されながら成長していた。幼い頃から見続けている不思議な少女の夢までも知られていたが、その日常に疑問を持ってはいなかった。

デュルクは頻繁に“侵犯術”促迫を父にかけられている。いったいなんのために……?
ラルド覚者に機密文書である古代文献を読ませてもらうデュルク。そこには、もともとは奴隷民族であるイコルがカーマに“侵犯術”を教えたという信じがたい真実が。

成績優秀なデュルクは、呪師候補生として惑星ルーンへ向かうこととなった。旅立ちの前、同行する師・ラルド覚者は、デュルクに4000年前の古代文献を読ませる。それは呪師しか読むことができない機密文書。その文献には驚くような事実ばかりが記されていた。奴隷民のイコルがかつては侵犯術を使ってすべての大地を治めていたことや、古代戦争で使われた兵器・イムリの道具のこと──。ラルド覚者はデュルクに告げる。「イムリの道具を見つけるのがお前のルーンでの仕事だ」。

そっだら過去がカーマとイムリの間にあっただかあ。
デュルク〜〜ッはやくルーンさ来るだよ!

チムリ

KEYWORD

座学を受けるデュルクたち。強化などで変化しうる生物の光彩が「彩輪」、自分の光彩を強化できないような物質が持つエネルギーが「光彩」と呼ばれる。
彩輪
生物が持っている、強化可能な光彩(エネルギー)の総称。
侵犯術
強化彩輪を用いて他者の精神をコントロールする力。カーマの支配体系の根幹を支えている。
誘導
他者の彩輪を摘出し、その行動を促す術。
促迫ソクハク
他者の彩輪と適合し、その精神を従える術。3度重ねてかけられた者は奴隷化する。
命令
他者の彩輪と共鳴し、その彩輪を硬化させて即時奴隷化する術。

奴隷化、それがカーマのやり方

奴隷化を嫌がるイコルに促迫をかけるデュルク。 「毎日見ていたのになにも感じていなかった……」と、奴隷化されたイコルを見て胸を痛めるデュルク。

カーマの生活は奴隷たちの労働が支えていた。ルーン行きを控えたデュルクは“促迫”を覚えるため、最下層民イコルの奴隷化を強要される。抗うイコルを前に、相手も自分と同じ人間なのだと気付きためらうデュルクだったが、師であるラルドに言われるがまま奴隷化を実行。心を失い、口も利かず立ち尽くすだけのイコル。生身の人間から精神を奪ったデュルクに「これがカーマのやり方だ」とラルドは真実を告げる。「(奴隷を)毎日見ていたのになにも感じていなかった……」。いびつな支配関係を知ったデュルクの胸の内で“本当の心”が動き始める。

なしてこんだだことするだあ〜!!  デュルクやめるだ〜!!(涙)

チムリ

旅先で出会ったのは、夢の中の少女

謎の少女ミューバ。なぜデュルクは昔から彼女の夢を見続けてきたのか?

「会いたかった……!」。ルーンに到着したデュルクに、突然に抱きついてきた少女。その娘は、子供のころから夢に現れ続けていた少女ミューバだった。「優秀な候補者が来ると知ったら会いたがってしまってね」彼女の養父デュガロはそう告げる。しかしデュルクは彼女を知っている。「まさか現実にいるなんて……!?」。

カーマのことを嫌う旅のイムリ・ドープ。そんな彼にデュルクは「僕はカーマだけどイムリのことは好きだよ」と自分の気持ちを伝える。

デュルクとともにルーンにやってきたラルドと従者イマクは、カーマの派閥争いに巻き込まれ、軍に囚われてしまう。なんとか逃亡したデュルクは、彷徨う最中で旅のイムリ・ドープに出会った。イムリにまつわるさまざまな話を聞き、イムリの術を初めて目の当たりにしたデュルクは、それがカーマの侵犯術と似ていながらもまったく異なり、生活に密着した用途で使われていることに驚く。同じ人間としてドープに親しみを覚え、打ち解けるデュルクだったが、ドープは「カーマのことは好きじゃないど」「カーマが本当はイムリを好きじゃないって俺はちゃんと知ってるからな……」などと、1人のイムリとしてカーマへの憎しみをたびたび吐き出すのだった。

カーマはカーマ、デュルクはデュルクだで……あんま気にすんな

チムリ

KEYWORD

石から「でーろでーろ」するドープ。水に落っこちたデュルクに真似するよう教える。
イムリの道具を正しく宿すヒントが隠された「イムリの詩(うた)」。暮らす場所や村によって歌い継がれている内容が変わっており、多くの詩を聞きながらデュルクは答えへと向かっていく。
イムリの術
石の光彩を自分に共鳴させて体を温めたり、傷を治したりと、イムリは術を生活の中で役立てている。彼らが唱えるフレーズ「でーろでーろ」は、誰しも思わず真似して口ずさみたくなってしまうことだろう。
イムリの道具
文字を持たないイムリの民は、詩を口伝することで祖先からの智慧と歴史を教えとして引き継いできた。金や石といったイムリの道具には正しい宿し方があり、行く先々で出会うイムリたちが口ずさむ「教えのイムリの詩(うた)」などをヒントに、デュルクは徐々に道具と宿し方の全容を明らかにしていく。宿す順番を間違えると身体の一部が獣化してしまうことも。道具の正しい宿し方に行き着くのは物語の終盤。少しずつ謎が解き明かされていくさまにドキドキさせられるのも、「イムリ」を読む醍醐味のひとつと言えるかもしれない。