描こうと思っていた以上のことを引き出してもらえた
──先ほどお話いただいたタナカさんのモノローグ以外に、1巻で印象に残っているシーンはありますか?
第3話の「たのしい。」っていう戸田さんの笑顔ですね。あそこが一番よく描けたなって思ってます。
──第3話は、これもマンガワンで読めるちょい足しで、没ネームをまるまる1話掲載されていますよね。「たのしい。」のシーンは第一稿では存在していなかったシーンで。
はい、そのちょい足しでも説明したんですが、自分が描こうと思っていた以上のことを担当編集さんに引き出してもらえた。第3話がまさにそういうテーマの話であり、僕の実体験としてもそう感じられて、すごく描いてる意味があったなと思えたんです。1人で同人誌を描いているのと、誰かに自分のオリジナルマンガを見てもらうのって、全然違う。賞を獲ったり担当さんがついたりして自分のマンガが認められることって、マンガ家にとっては世界が彩られて見えるような体験なんです。ここではそういう空気感をうまく掴み取れたなと思うし、担当さんと相談しながらネームを作り直していく中でそういうものが描けたのもすごくうれしかった。
──戸田さんがはっきりと笑顔を見せたのもここが初めてですよね。
そうなんです。戸田さんの陰鬱で鬱屈としていたキャラクターのイメージを超える一面が見せられた。しかもそれが机に向かっている瞬間じゃないのが重要で、マンガを描くことでしか“淀み”を吐き出してこられなかった彼女が、直接マンガを描くのとは別のところで「たのしい。」と言っている。まあこれもマンガのための取材ではあるんですが、自分が認められてきて、しかも編集者と一緒にマンガを作っていくのが楽しいと思える。世界全体が、マンガを描く瞬間じゃなくても彩られて見える。遊園地という舞台も美しいですし、いろいろな条件がすごく合致したなと思っています。実は担当さんから、「3話は神回にしてくれ」と言われていて。
(担当編集) マンガワンは特にその傾向が強いんですけど、業界的にも3話までに読者を掴めないと、そこから増える可能性はあまり高くない。だから3話までにホームランを打つ必要があるんです。まあ、僕も上から言われたんですが(笑)。
それにしても「ホームランを打て」ですよ。
(担当編集) でも、読者からの反響も大きかったし、打てたじゃないですか。
まあなんとか。確かに最初のネームは、日常マンガだった頃の名残で“デート回”ということに引っ張られすぎている。これが第1章と考えたとき、山場としてもいいものになったし、とにかく描けてよかったと思っています。
マンガ業界楽しいぞって伝えたい
──1巻の後半では、雑誌のエースとして活躍するNORuSH先生とのアンケート対決が山場となります。ここの見どころを教えていただけますか。
アンケート対決をやろうっていうのは連載が始まる前から決まってたんですよね。担当さんからも少年マンガ枠なのでバトルがほしいと言われていて。ただ、エロマンガでアンケート対決をするなんて聞いたことがなかったし、どういうふうに勝負させるかっていうのは悩みました。
──対戦相手のNORuSH先生は、少年マンガ家志望だったけど、紆余曲折あって成人向けを描いているという設定ですよね。
こういうキャラはなんとなく自分の中にあったので。名前こそモデルにした方がいるんですけど、キャラクター自体はこういう人もいるだろう、という想像ですね。読んでない人のネタバレにならない範囲での見どころというと、対決の勝敗とは別になるんですが、Twitterでバズらせるだとか、そういう現代的な風潮が入っている部分に注目してもらえたら。タナカさんが働く出版社はまだ電子書籍化にそこまで乗り気じゃなくて、電子化が少し遅れていたりだとか、この対決を電子に移行していくきっかけにしようと営業部の人が動いたりとか。1年後に読んだら何を古いことを言ってんだと思われるかもしれない、腐っていってしまうものですけど、後から読む人にも「この時代はこうだったのか」と思ってもらえたらいいし、だからこそ今読む意味もあるんじゃないかと。
──なるほど。ちなみに今後どんな展開になっていくかも、話せる範囲でお話いただけますか?
2巻冒頭からはコミケを舞台に、そこで同人誌を出そうという話になります。1巻末で出てきた、ある作中作のアニメが鍵になるんです。それをやりたいと思っているけど……今はまだ取り掛かっているところだから、うまくできるかは心配で。実は2巻を夏コミの直前に出したいと思ってるんですよ。マンガ業界のことを描いているマンガだから、コミケに興味があるような人、特にマンガを描いている人に読んでもらいたいと思っているんです。それで「これはそうだ」とか「これはそうじゃない」とか思いながら読んでもらうのが楽しいとも考えているので。コミケの時期がくると、やっぱりテンション上がりますからね(笑)。でもコミケ前に出すには執筆スケジュールを守らないといけないから、けっこう厳しい。
──でも読者的には、ライブ感が楽しめそうですね。
そういう形になったらいいですよね。こう言っておいて出せなかったら申し訳ないけど、がんばります。
──今少しお話がありましたけど、近藤さんが読んでほしいのはマンガ業界に近いところにいる人なんでしょうか?
決して想定読者を絞っているわけではないですよ。僕が愛読していた鈴木みそさんとかだって、中学生に読んでもらおうと思って描かれていたわけではないでしょうし(笑)。これは単行本のあとがきにも書いたんですけど、実は僕自身、マンガをあまり知らないんです。どういう意味かというと、みんなが読んでいるような国民的な人気作をちゃんと通っていない。でもマンガは好きだし、この業界のことも好き。なんでそうなんだろうと考えると、マンガ家さんそのものとか、業界そのものに漂う空気が好きなんですよね。こういう人ってけっこういるんじゃないかと思っていて。人気のマンガを全部読んでいるわけじゃないけど、マンガやアニメのニュースがあれば反応したり、Twitterでつぶやいたりしたくなる。30代を中心に、そういうマンガ好きの人って多いと思うんです。まさにコミックナタリーさんの読者さんかもしれませんが(笑)、そういう人に特に読んでもらいたいと思ってますね。もちろんマンガに全然興味のない人が、何かのきっかけに手にとってくれたらうれしいですけど、そこを狙って打つことはできませんから。マンガ業界楽しいぞっていう雰囲気が伝えられればいいですね。それが一番の目標かな。
──マンガ業界楽しい。
当然悪いところもありますけど(笑)、楽しい“陽”の面を伝えたい。そう思ってこれからも描いていきます。
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第1話の試し読み
- 近藤笑真「あーとかうーしか言えない」
- 2019年4月12日発売 / 小学館
漫画雑誌で編集者をしているタナカカツミは、持ち込みにきた少女・戸田セーコの担当につく。あまり言葉を発さない戸田とのコミュニケーションに苦しむタナカだったが、戸田の漫画の才能に多くの人が惹き込まれていく姿を目の当たりにすることとなる。
- 近藤笑真(コンドウショウマ)
- 1984年2月生まれ。20代のうちは職を転々としたのちマンガ家を志す。2015年に「月明かりの密造」で講談社のイブニング新人賞準大賞受賞。2017年に「Ghost Piano」で講談社のヤングマガジン月間新人漫画賞佳作受賞。2019年より小学館のマンガワンにて「あーとかうーしか言えない」を連載している。プロフィール、アイコンに使っている画像は、イブニング時代にボツになったマンガのキャラクター。