三峯徹さん公認です
──あと“成人向けマンガあるある”というか、そういう小ネタも仕込まれていらっしゃるのかと思いました。作品の表紙がシルエットで登場したり、業界的に有名なハガキ職人の方が登場したり……。
ハガキ職人はもちろん三峯徹さんがモデルです。エロマンガ業界を描くうえでは避けて通れない方ですよね(笑)。「あーうー」の中では“峯田肇”という名前にさせていただきましたけど、Twitter上でご本人にも認めていただきました。出版社とかはいろいろごちゃ混ぜにしているので、特にモデルがあるわけではないですけど、作品の表紙イラストはわかる人にはわかると思うので、ニヤリとしていただければと(笑)。ただ、僕自身そこまで詳しいわけではないので、業界あるあるを特別重視しているわけではありませんね。
──プロトタイプ版と連載版の1話を比較すると、タナカさんの主人公感がすごく増しましたよね。編集者視点のお仕事マンガ要素も入ったというか。
まさに「あーうー」の連載化にあたって、タナカさんを掘り下げるっていうのが課題で。戸田さんのキャラクターはプロトタイプ版からできあがっていたので、タナカさんの仕事の理念とか、何をモチベーションとして仕事をしてるのかっていうところを作って、やっと完成したんです。OKが出るまで、2カ月くらいかかったかな。そもそも最初は、ゆるい日常ものにしようとしていたんですよ(笑)。
──えっ、このプロトタイプ版から日常ものにですか?
そうそう(笑)。ページ数も少なくて、あまり頭を使わずに読める、女子×女子の楽しいやつ。でも手直しをしていく中で、エロマンガ業界のドラマをちゃんと描こうという方向にシフトしていった。個人的に思い入れがあるのは第1話の11ページ、オフィスの給湯室でタナカさんがお茶を入れながらエロマンガについて思い耽るシーン。自分でもすごく気に入ってるんですが、「彼らは水を飲むように趣向を蓄えて、この難解な海流を嬉々として泳ぎ回っている。」というモノローグに僕が持っているエロマンガ業界への意識が表れているんです。
──ご自身の考えを新人編集者のタナカさんに代弁させていると。
もちろん僕が詳しくないというのもありますが、本当にエロマンガ業界ってクローズドで、わからないですよね。普段目にする場所には全然置いてないんだけど、エロマンガ専門店とかに行ったらものすごい量の本が並んでいて……っていうのがすごく奇異な状況だし、バリエーションもすごく豊かだから、こういうところで仕事をしている人がたくさんいるわけじゃないですか。なんなんだろうこれは、と興味を持って。それを読者の人にも感じてほしい、共感してほしいと思ったときに、自分の実感として出てきた言葉がさっきのモノローグなんです。これができたとき、自分がこの物語を描く意味があるんじゃないかと思えた。成人マンガ誌という業界をしっかり描けるかわかりませんけど、僕が感じたことや考えたことを掘り下げて、これについての答え合わせをしたいというのが、この作品の大きなテーマだと思いますね。
マンガ家の日常が描かれたマンガが好き
──「あーとかうーしか言えない」がデビュー作となった近藤さん。本作はマンガ業界を舞台にした、いわゆるマンガ家マンガですけど、先ほどお話に出た「カラーオブパッション」も含めて、近藤さんは過去にいくつもマンガ家マンガを描かれていらっしゃいますよね。そこに何か強いこだわりがあるのでしょうか。
もともと、マンガ家が自分のことを描いている実録系マンガを読むのが好きだったんですよ。桜玉吉さんとか鈴木みそさんとか、G=ヒコロウさんとか。ゲームカルチャーも好きだったし、学生時代は鈴木みそさんみたいなルポマンガ家になりたかったんです。実際にその方面のルポマンガ家を目指したんですけど、いろいろあって挫折して、普通に就職して……。7年くらい前に仕事を辞めて、またマンガ家を目指して、ようやくデビューに漕ぎつけました。すごく時間がかかっています。
──実録系マンガのどんな部分に惹かれたのでしょう?
やっぱり人、その作家さんに興味があるんだと思います。先ほど挙げたお三方のマンガに共通していることは、自分のパーソナルなことを描いていらっしゃる部分ですよね。僕、そもそも子供の頃からあんまり現実離れした作品が楽しめなかったんですよ。流行っていたアニメも“これはこういうものですよ”っていうリテラシーがないといけないから、大人になってからじゃないと受け入れられなくて。どっちかというと好きだったのは「古畑任三郎」とか「踊る大捜査線」みたいな刑事ドラマ。マンガもリアル志向の、アフタヌーン(講談社)に載っているようなマンガばかり読んでいました。マンガ家自身が主人公のマンガも舞台が現実世界だから、創作された世界より齟齬がないぶん楽しめたんじゃないかと思います。
──なるほど。でも「あーとかうーしか言えない」は、近藤さんご自身の日常を描かれているわけではないですよね。
それは単純に、自分の身の回りが面白いと思えていないからかも。マンガ家志望だと経済的な余裕もないし、友達と遊ぶ時間もしょっちゅうあるわけじゃない。日常マンガを描きたい気持ちはあるけど、自分の日常は描けたもんじゃないんです(笑)。それにたぶんですけど、パーソナルなことを描かれてるマンガ家さんは、マンガとして面白いものにするためすごく工夫をされてると思うんですよね。僕にはまだ、そうしたテクニックも、工夫をする土壌もないので。それでも“マンガ家の日常を描く”ということへの憧れが、僕をマンガ家マンガへと向かわせたのかもしれません。「あーうー」に関しても、舞台が小さな出版社となっているのは、僕が読んできたそういうマンガの影響だと思いますね。
──ちなみに絵のタッチの部分で影響を受けた人はいるんですか?
具体的にこの人を目指してるっていうのはないですね。ただ根っこの部分で自分が影響を受けたと思っている方が2人いて、1人は絵本作家の武田美穂さん。「となりのせきの ますだくん」シリーズとか、「ざわざわ森のがんこちゃん」のキャラクターデザインなんかで知られている方ですね。あの方の絵がすごく好きで、最初は武田美穂さんのモノマネから入っていったんです。絵本作家として認識されている方ですけど、コマ割りがされていたり、フキダシがあったり、マンガ調になっている作品も多いんです。特に「ますだくんとまいごのみほちゃん」っていう作品は、セリフこそ幼児でも読めるようになってるんですけど、情景描写とかが写実的で、セリフ以上に絵が物語っているというか、大人でも感動できる作品だと思います。もう1人は佐藤真紀子さん。あさのあつこさんの「バッテリー」のイラストを描かれているので、名前は知らなくても絵は知っている人が多いんじゃないでしょうか。この方の鉛筆画のタッチがたまらなく好きで、この感じが出したいなと思って繰り返し模写をしていました。今でもおふたりの絵は大好きだし、自分の絵でもああいう雰囲気を出せたらいいなとは思っています。
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描こうと思っていた以上のことを引き出してもらえた
- 近藤笑真「あーとかうーしか言えない」
- 2019年4月12日発売 / 小学館
漫画雑誌で編集者をしているタナカカツミは、持ち込みにきた少女・戸田セーコの担当につく。あまり言葉を発さない戸田とのコミュニケーションに苦しむタナカだったが、戸田の漫画の才能に多くの人が惹き込まれていく姿を目の当たりにすることとなる。
- 近藤笑真(コンドウショウマ)
- 1984年2月生まれ。20代のうちは職を転々としたのちマンガ家を志す。2015年に「月明かりの密造」で講談社のイブニング新人賞準大賞受賞。2017年に「Ghost Piano」で講談社のヤングマガジン月間新人漫画賞佳作受賞。2019年より小学館のマンガワンにて「あーとかうーしか言えない」を連載している。プロフィール、アイコンに使っている画像は、イブニング時代にボツになったマンガのキャラクター。