「あーとかうーしか言えない」近藤笑真インタビュー|「マンガ業界楽しいぞ」“わからない”からこそ描くエロマンガが生まれる現場

成人向け雑誌の編集部を舞台としたマンガ「あーとかうーしか言えない」。近藤笑真がマンガワンで連載している同作の単行本第1巻が、小学館より発売された。物語はあまり言葉を発さない天才女性マンガ家と、彼女の担当を務める女性編集者を中心に描かれていく。

コミックナタリーでは単行本の発売を記念し、作者の近藤にインタビューを実施。「マンガ家の日常が描かれたマンガが好き」と話す近藤に、「あー」とか「うー」しか言葉を発さない少女を主人公に作品を執筆することになった経緯や、エロマンガ業界を描く理由について語ってもらった。また記事内には第1話の試し読みを掲載しているので、作品が気になった人は併せてチェックしてみては。さらにインタビューの最後には描き下ろしのイラストも掲載している。

取材・文 / 鈴木俊介

作品紹介

成人マンガ誌・月刊X+C(エクスタシー)の編集部員として働くタナカカツミ。「成人マンガのことを好きになりたい」と考えるタナカの前に、ある日、「あー」とか「うー」以外はほとんど言葉を発さない、23歳の戸田聖子が持ち込みへとやってくる。彼女の担当となったタナカはコミュニケーションの取り方に悩みつつも、戸田のマンガに多くの人が惹き込まれていくさまを目の当たりにすることになる。1人の天才作家と女性編集者を中心に描かれるマンガ家マンガだ。作者がTwitterで発表したプロトタイプ版は3万を超えるいいねを記録。マンガワンでの連載開始後も常にランキング上位に食い込んでいる。

インタビューの最後には描き下ろしイラストを掲載!

戸田聖子
近藤笑真インタビュー

最初に“おことわり”させてください

──今日はインタビューをお受けいただきありがとうございます。聞いたところによると、あまり乗り気ではなかったとか?

それを最初にお話させていただこうと考えていたんですが、なぜかというと「あーうー」の読者の中には、キャラクターの百合的な関係を楽しんでる方や、それこそマンガ業界のことを描いているので、物語を虚実ないまぜに楽しんでいる方もいると思っていて。そういう方にとって、作者がどういう人物かという情報は邪魔になるんじゃないかと……。

──なるほど。物語そのものを純粋に楽しんでいる人には、インタビューを読んでほしくないと。

そういうことです。読者に委ねますけど、そういうふうに楽しんでる方にはなるべくここから先の記事は読まないでほしい。作者が男性であるとか、あまり若くないとか、本当は醜い心を持った人間であるとか(笑)。そういうことはあまり知ってほしくないというか、作品を純粋に楽しんでいる方にとってはノイズになるから……というのが出演を躊躇した理由です。一方で、プロモーションはぜひしたい!という相反した気持ちもありまして(笑)。今回こういう貴重な機会をいただきましたし、インタビューを拒んでいる場合じゃないぞ、と。隠すことは何もないので、僕は全部答えますけど、読者の方にはここで得た情報をネットでおおっぴらに言わないでほしい。それだけ最初に断らせてください。

戸田さんはパッと頭に浮かんだ

──物語はマンガ家志望の女性・戸田聖子が、成人向けマンガ誌に持ち込みにきて、編集者・タナカカツミと出会うことから始まります。戸田さんは決して言葉をしゃべれないわけではないけれど、ほとんど「あー」か「うー」しか言いません。初登場から印象に残る、強烈な設定だと思ったのですが、戸田さんというキャラクターはどのように生まれたのでしょう。

物語はタナカが「あー」「うー」しか発さない、戸田からの電話を受けるところから動き出す。

これは、いい答えじゃなくて本当に申し訳ないけど、なんとなく(笑)。「あーうー」はマンガワンで連載させていただく前に、Twitterで発表したプロトタイプ版があるんですが、戸田さんはこれを描こうと思ったときに自然と生まれたキャラなんです。この前に描いた「カラーオブパッション」という作品が、マンガ家志望の高校生が初めてマンガを描き上げる瞬間をテーマにしたものだったんですけど、自分でも主人公のキャラクターが凡庸で面白くないと思っていて。次はキャラクターが立った主人公を描こう。そう思ったときに、パッと頭に浮かんだ“持ち込みに来た女の子”のイメージが戸田さんでした。でも最初はどちらかというと“コミュ障”とか“寡黙なタイプ”という感じで、しゃべらないことがアイデンティティの人物ではなかった。プロトタイプ版でも普通にしゃべっているシーンがけっこうあります。それがキャラクター性に変わったのは、タイトルをこれに決めたからでしょうね。キャラクターとタイトル、どっちを先に思いついたのか、ほとんど同時だったか、ちょっと覚えていないですけど、これがしっくりきたのでだんだんとしゃべらないキャラになっていきました。

月刊X+Cの編集部に持ち込みへとやってきた戸田。

──戸田さんはまったく口が利けないわけではなくて、言葉を思いつくのが遅いから、便宜的に「あー」とか「うー」で意思表示をしている。このバランス感も面白いと思いました。

思いつきの設定だったので、実はどうしてしゃべれないのかと深く聞かれると答えられないんですよ。病気だとかそういうシリアスな理由ではなくて、僕としては彼女がしゃべれないのはもっと超常的なものとして考えてたんです。何を考えているかわからなかったり、普通じゃない感覚の持ち主だったり、そうしたところに付随する要素。

──彼女をカリスマたらしめている機能のひとつだと。

はっきり言ってしまえばそうですね。このマンガで一番ファンタジーなところはそこ。彼女が描く作品自体が超常的だっていうのはやめようと思ってるんです。決してアンケートでいきなりナンバーワンを取るような実力があるわけではなく、そこはリアルにというか、ちゃんと彼女なりに努力をして成長していく。そういう過程が描きたいと思っているので。

「女の子のにおいが発酵してる…」。この印象的なセリフは、近藤笑真がTwitterで発表していたプロトタイプ版にも掲載されていたもの。

──戸田さんの普通じゃなさを感じた部分ですと、タナカさんの「この娘…くさいな。女の子のにおいが発酵してる…」というモノローグも強烈です。

それはプロトタイプ版からあったセリフで、連載用に第1話を構成し直していたときも、担当さんに「絶対に削らないで」と言われた部分です。このセリフが「刺さる」「パワーワード」だとは知り合いからも言われましたね。「近藤くんが考えたかと思うとキモい」みたいな(笑)。

キャラクターがエロマンガを描きたがった

──「あーとかうーしか言えない」は、舞台が成人向けマンガ雑誌の編集部というのも特色ですよね。

「あーとかうーしか言えない」より。

これは戸田さんのイメージが湧いたときに、彼女がエロマンガを描きたがったからなんですよ。「キャラクターが望んだ」って言ったらカッコつけた言い方になっちゃうけど、でも本当にそういう気がしたんです。最初からエロマンガの出版社を描こうと思ってキャラクターを作ったわけじゃないし、決して僕が成人向けマンガを描きたかったわけでもない(笑)。

──近藤さんご自身は、そういうマンガってお詳しいんですか?

詳しいかはわからないけど、以前からたくさん読んでいました。ただマンガ家として自分で描くには、画力がないから向いていないと思っていて。でも下手なりに、真剣に描いてみようと思っていたこともあります。画力はニッチなジャンルを描けば多少カバーされるかもしれないし、描いているうちに画力も鍛えられるんじゃないかって。(過去にWeb上で発表した)「ヌードクロッキーの漫画」というマンガは、デッサン教室での男女を描いたラブコメですけど、実はこれエロマンガの練習用に描いたものなんですよね。マンガワンさんに声をかけてもらえなかったら今頃、世の中を呪いながらエロマンガを描いていたかもしれません(笑)。

──劇中に作中作としてエロマンガが出てきますよね。戸田さんの作品だったり、ライバルたちの作品だったり。エピソードごとにこれを考えて描くのは大変なんじゃと思ったんですけど……。

戸田の持ち込み原稿を読むタナカ。

今のところそんなに大変ではないですよ。というのも、どの作品もはっきりとは描いていないじゃないですか。もしかしたらがっかりされちゃうかもしれないですけど、ちゃんと物語なんか作っていないんです。

──ええ、そうなんですか。作中作がどんなマンガで、どれだけ魅力的なのかを伝える方法って、作者や作品によっていろいろですけど、「あーうー」では具体的にページを見せていますよね。しかもマンガワンでは、“ちょい足し”で実際に何ページか読めたりもするじゃないですか。てっきり作り込んでいらっしゃるのかと。

逆ですね、雰囲気だけで作ってます。作り込んじゃうとむしろ面白い部分を抽出するのが難しいんじゃないかな。マンガ家の中には、描きたいシーンだけを先に思いつくタイプっていると思うんですけど、僕もそういうタイプで。そのシーンを描くために物語の間を埋めるのが、普段はけっこうつらいんです。でも作中作に関しては、そういういい感じのシーンだけ描いていい。しかもエロマンガだから、このあと絶対行為につながっていくっていう面白さもあるじゃないですか。だからかなり下駄を履かせていると思います。そういう意味で、大変ではないですけど、でも普段のマンガ描くほうが楽しいかな。画風……正直あんまり変わってないんだけど、ちょっと変えなきゃいけないと思って背伸びをしてるので。

戸田のライバルとして登場するNORuSHの作品。作画は近藤笑真のアシスタントのmacoが手がけているという。

──画風ですと、ライバルとして登場するNORuSH先生の作品は、そもそも別の方が作画を手がけていらっしゃいますよね。

ええ。作画はmaco(まこ)さんというアシスタントの方にお願いしました。本編中のネームは僕が考えていますが、6話の“ちょい足し”で公開した作中作は、ネームから作画まですべて手がけていただいています。これは初めからそうしようと思っていたわけではなく、たまたま絵の上手なアシスタントさんに来ていただいて、お願いできる状況になったからという運命の巡り合わせですね。本当に感謝しています。

次のページ »
三峯徹さん公認です

近藤笑真「あーとかうーしか言えない」
2019年4月12日発売 / 小学館
近藤笑真「あーとかうーしか言えない」

コミックス 638円

Amazon.co.jp

Kindle版 638円

Amazon.co.jp

漫画雑誌で編集者をしているタナカカツミは、持ち込みにきた少女・戸田セーコの担当につく。あまり言葉を発さない戸田とのコミュニケーションに苦しむタナカだったが、戸田の漫画の才能に多くの人が惹き込まれていく姿を目の当たりにすることとなる。

近藤笑真(コンドウショウマ)
近藤笑真
1984年2月生まれ。20代のうちは職を転々としたのちマンガ家を志す。2015年に「月明かりの密造」で講談社のイブニング新人賞準大賞受賞。2017年に「Ghost Piano」で講談社のヤングマガジン月間新人漫画賞佳作受賞。2019年より小学館のマンガワンにて「あーとかうーしか言えない」を連載している。プロフィール、アイコンに使っている画像は、イブニング時代にボツになったマンガのキャラクター。