“なろう”の主人公は成長しない、でも成長を書きたかった
──御子柴さんは小説1巻のあとがきで、この作品を「私なりの王道学園ファンタジー」と表現されていました。学園ファンタジーは人気ジャンルであるがゆえ、オリジナリティが出しにくい部分もあるのかなと感じるのですが、御子柴さんがこの作品の特色として意識したのはどんな部分ですか?
御子柴 世界観と心理描写、あとキャラクターです。世界観はやっぱりケレン味を出したかった。コード理論、三大貴族、七大魔術師……ダサいと感じる人もいるでしょうけど、学園ファンタジーとかバトルものってそういうのが大事だと思っていて。あと用語をカタカナで読ませるじゃないですか、第一質料(プリママテリア)とか、対物質(アンチマテリアル)コードとか。そういう部分にクールな感じがないと、読者も読んでいて入り込めないのかなと。
──魔法の発動プロセスを、コードという概念で理論的に説明しているのは特徴的ですよね。
御子柴 心理描写も個人的に「冰剣」の売りかなと思っています。王道な感じを意識して作ってはいるんですけど、どこにオリジナリティを出すかという点において、3年前の自分は心理描写を選んだんですね。難しいところだとは思うんですけど、やっぱり等身大の人間、悩みや葛藤を抱えたキャラクターが、しっかり成長していくというのを書きたかった。なろう系って、主人公が絶対最強じゃないですか。バトルマンガのように修行を経て成長という要素があまりないというか。そこがよさでもあると思うんですけど、自分はどこかに成長を入れたかったんです。元軍人で、心が成長していないレイが、これから仲間と一緒に成長していけるような、そんな作品を作ろうと心がけていました。最後のキャラクターについては、主人公のレイを元軍人という設定にした時点で、どこか淡々とした感じになってしまうのはわかっていたので、ほかのキャラクターはヒロイン含め、意識して癖のある人物にした記憶があります。
佐々木 聞いていて一番共感したのは成長の部分かもしれません。「冰剣」の大きなテーマですよね。レイってもともと透明な存在というか、それこそ氷っぽい、何色でもないキャラクター。それが極東戦役という大きな戦争を経て曇ってしまったけど、学園で出会いを重ねていくうちにいろんなキャラクターの色を採り入れて、虹色に輝いていくみたいなイメージが僕の中にあって。原作からかけ離れたことをやるときもあるんですけど、それは僕も結局、キャラクターの成長の部分を描きたいからなんです。そのために、マンガではこうしたほうが読者として納得しやすいかなというのを、僕なりに模索した結果なので。
──コミカライズしている佐々木さんの視点では、どんな部分が「冰剣」の魅力だと思いますか?
佐々木 “点”がしっかりしているところでしょうか。盛り上がる場所への道筋が丁寧なんですよね。これを押さえていけば絶対盛り上がる、感動するシーンができるというのがはっきりしている。じゃあそれを読者にわかりやすく伝えるにはどうしたらいいか? そこを僕はちゃんとやろうと思ってがんばっています。
どんな言葉なら励まされるのか? 2週間悩んだ
佐々木 そういう話で言うと、僕この連載の中で一番難しかったのが、レイがアメリアを励ます回なんです。2週間ネームが切れなくて。めちゃめちゃ大事な回じゃないですか。アリアーヌに対して劣等感を抱いているアメリアに、一体どんな言葉をかけてあげたら立ち直ることができるのか。ここを1話でまとめなくちゃいけない。しかもこの先アメリアが成長して、固有魔法が進化する、その動線もここで考えておかないとあとあと困るぞと。
御子柴 うんうん。
佐々木 アメリアの心がわかっていなくちゃいけないんだけど、でもレイって他人の心があんまりわかっていないというか、そういうところが割と彼の根本だと思ってて。どう励ませばいいかわからない。だったら、自分の実体験を話す。俺はこういうふうに声をかけられて励まされたんだ、じゃあ……というところに着地して、「これだ!」と。結果的に御子柴先生が書いたものとはまったく違う励まし方になっちゃったんですけど、アメリアの成長をカッコよく描くという部分はきちんと担保できたのかなと。あれが描けたことで、自分自身の成長にもつながったなと思います。
御子柴 わかります。プロデビューしてからめっちゃ成長したと感じてます。本当に、昔の自分って拙かったんだなって。
佐々木 御子柴先生にはわかってもらえると思いますが、大人の世界に足を踏み込んだんだなって。締め切りがあるし、担当さんも無理難題を押し付けてくるし(笑)。お金が発生するぶん、読者に対してもそうだし、講談社という大きな会社でやらせてもらっているので、そこに対しても責任が発生してくる。そういうのを全部ひっくるめた、仕事としてのマンガ、小説。
御子柴 もう、趣味じゃありませんからね。
佐々木 (大きく頷いて)小説家とマンガ家は、根本は似ている部分がありますよね。連載する気がなかったなんて言っておいてなんですが、本当に「冰剣」のおかげでたくさん成長させてもらっています。
キャラクターが勝手にしゃべった「私の一番星」
──そんなマンガ版もクライマックスに向かっているということで、ここまでのストーリーを振り返ってのお話を伺えたらと思っているのですが。
御子柴 各章の盛り上がりの部分は本当にどこも面白くて、本当にいいコミカライズにしてもらったなと思っています。特に印象に残っているのは、8巻のアリアーヌのセリフ。「百の文字で綴っても、万の言葉で伝えても、何も言い表せない程の存在 私の一番星」。佐々木さんのオリジナルなんですけど、あそこちょっと普通に感動してしまって。一番びっくりしたかもしれないです。
佐々木 ありがとうございます! でもこれも御子柴先生に謝罪案件なんですけど(笑)、僕のマンガのキャラと御子柴先生のキャラって、厳密には違うじゃないですか。
御子柴 確かに、ちょっと違いますね。
佐々木 よくも悪くも自分ナイズしてしまっているというか。それこそアリアーヌに「ラブアンドピース」って言わせたときも、ネームが通るか本当に心配だったんです。担当さんも「編集人生で一番ヒヤヒヤしました」みたいなこと言ってたくらい。狂気性がアリアーヌの魅力になると思ったんで、僕はやるべきだと思ってやったんですけど、ちょっと宗教っぽくなるというか……キャラクターがおかしくなる、原作と全然違うところに行っちゃう可能性もあった。
御子柴 すぐOKしたと思います(笑)。
佐々木 (笑)。御子柴先生がおっしゃってくれた「私の一番星」のセリフは、その後に続く「大好きで 大好きで 大好きです!!」まで含めて、僕の中のアリアーヌというキャラクターが勝手にしゃべった言葉だったんです。だから僕もすごく「ああ、アリアーヌいいキャラクターにできたな」という気持ちで。その回もページ数がなかなかおかしいことになっていて、自分でも意味わかんないくらい描いたんですけど、モチベーションは「アリアーヌをとにかくかわいく描いてやろう」ということでした。2章のクライマックスは僕の中でも1つの転換点ですね。物語のピークと自分の中の盛り上がりが一緒だった。そういう意味でも描けてよかったです。
──最後、女の子同士の拳のぶつかり合いで決着がつくのも印象的でした。
佐々木 読者コメントで“殴り愛”というのがあって、うまいなと思いました。魔術師同士の戦いで、最後に拳で決着するのはいいなとずっと考えていたんです。魔力がつきた結果、拳で殴り合うというのはいろんなマンガでやってると思いますけど、それを女の子でやるっていうのは目新しいかなと思って。冷静になると、あそこでアリアーヌとアメリアの心がつながってしゃべりだすのはよくわかんないですけど……。
──今お話を聞いていて思いついたんですが、レイがエヴィと出会って意気投合するときも、環境調査部に入るときも、筋肉で語り合ってる描写があるじゃないですか。実はあれが伏線なんじゃないですか?
佐々木 全然なんも考えてないです(笑)。でも、ロジックがなくても、ドラマがちゃんとできていれば誰も気にしない。マンガならではの表現、面白さですよね。アリアーヌとアメリアが子供の姿になっているのもそうかな。僕が師事する先生もよくやる方法なんですけど、本音を語るんだったら子供姿というのが僕の中のデフォルトなんです。大人が本心を語り合う場面ってそんなにないけれど、子供同士なら取っ組み合いのようなこともよくやる。そのへんを意識しているんですが、これも小説だときっと書けない要素ですよね。「2人は子供姿になって話しました」なんて、いちいち説明を入れたらノイズになっちゃうでしょうから。
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