新鋭・坂月さかなによる単行本「星旅少年」1巻が発売された。物語の舞台は、人間が“トビアスの木”の毒によって“覚めない眠り”につき始め、人々がトビアスの木と共存しながら穏やかに暮らすようになったとある宇宙。住民の多くが眠ってしまった星は“まどろみの星”と呼ばれ、まどろみの星を訪ねて残された文化を記憶・保存する星旅人の視点から、人や物との出会いと別れが描かれる。パイ インターナショナルの展開するアートレーベル・PIE Comic Artが、新たに立ち上げたマンガレーベル・パイコミックスにてWeb連載中だ。
コミックナタリーでは「星旅少年」1巻の刊行に合わせて、坂月にとって憧れの作家であるという芦奈野ひとしとの対談をセッティング。取材を通じて浮かび上がった、旅と風景を大切に描く2人の共通点とは? 芦奈野は坂月の質問に答える形で、「ヨコハマ買い出し紀行」などの作品の裏話もたっぷりと語ってくれた。
取材・文 / 鈴木俊介
「星旅少年」あらすじ
ある宇宙、人は“トビアスの木”の毒によって“覚めない眠り”につきはじめていた。眠りはやさしく静かに宇宙へ広がり、さまざまな星で人々はトビアスの木と共存しながら穏やかに暮らしていた。そして、住民の多くが眠ってしまった星を“まどろみの星”と呼んだ。
まどろみの星を訪ね、残された文化を記憶・保存する、プラネタリウム・ゴースト・トラベル社(通称PGT社)の星旅人・登録ナンバー303。訪れた星々で、303が出会う人や物、出会いと別れ、そして“トビアスの木”の謎──。
“ある宇宙の旅の記録”に加わる、新たなピースをお楽しみください。
坂月さかな×芦奈野ひとし 対談
「なんて素敵な風景を描かれるんだろう」と衝撃を受けた(坂月)
──芦奈野さんが憧れの作家だという坂月さん。まずは芦奈野さんの作品との出会いをお聞きできますか。
坂月さかな ネットでSF系のマンガを探していたときに、「ヨコハマ買い出し紀行」が紹介されていて、あらすじとかを読んで素敵だなと思って、電子書籍で買ったのが初めてでした。確か「コトノバドライブ」が連載されていた頃で、それ以来ずっと大ファンです。
──芦奈野さんの作品の、どんな部分に特に惹かれたのでしょう?
坂月 とにかく風景がすごくよくて……。それまで、マンガってキャラを見るもので、背景はただそこにあるものという感覚だったんですけど、「ヨコハマ」を読んで「これは風景のマンガだ」って感じたんです。風景を観るためにキャラがいる。そういうマンガに出会ったことがなかったから、「なんて素敵な風景をマンガで描く方なんだろう」って衝撃を受けました。特に、夜の風景が本当に素晴らしいんです。電子書籍だと夜、部屋の明かりを全部消した状態でも読めるんですよ。そうすると、マンガに登場する夜道の灯だけがぼうっと浮かんで、本当にその場に自分がいるみたいな気持ちになる。あの没入感がたまらなくて、紙の本で読まれている方にも、ぜひ一度やってみてもらいたいです。
──風景が魅力的だというのは、私もいちファンとしてとても感じているのですが、芦奈野さんとしてもこだわっていらっしゃる部分なんでしょうか。
芦奈野ひとし そうですね。風景が描きたくてマンガを描き始めたところがありまして、「ヨコハマ」も風景の説明をする解説者みたいな感じで登場させたのがアルファだったんです。ですから、やっぱり風景に力を入れてしまうというのはありますね。
──坂月さんは、特に覚えているエピソードや好きなシーンはありますか?
坂月 「ヨコハマ」だと柿の回がすごく好きです(※8巻収録「柿」)。旅をしているアルファさんが、人にもらった大きな柿を抱えながら人通りのない細い道を歩いていくんですが、あると聞いたはずの宿が見つからない。すっかり日も暮れてしまって、朝まで歩こうかどうしようかなんて考えていると、ぽっと現れたうなぎ屋さんが宿もやっていた……というお話なんですが、あれを読んだときに「うわ……レジェンドだ、このマンガは」って、なんだか偉そうなんですけど(笑)、すっかり虜になっちゃいました。ほかにも……まだ話して大丈夫ですか?
──もちろんです(笑)。
坂月 (笑)。具体的なシーンとかじゃないんですが、先生のマンガってすごく謎めいたところがあるじゃないですか。「ヨコハマ」で言えばロボットの人たちの開発にまつわることもはっきり明かされませんし、“水神さま”や“ターポン”みたいな不思議なものが登場しますけど、そういう不思議なものを“そういうもの”として魅力的に描いていらっしゃって。これは「カブのイサキ」や「コトノバドライブ」にも表れていると思うんですけど、そのふわふわした感じが読んでいてすごく心地いいんです。
坂月さんの作品にも、すごく好きな風景がたくさんあった(芦奈野)
──芦奈野さんには今回の対談にあたり、坂月さんの新刊「星旅少年」と、同じ世界観で描かれている作品集「プラネタリウム・ゴースト・トラベル」を読んでいただきましたが、どんな印象を抱かれましたか?
芦奈野 青の使い方がすごくキレイですよね。あとは空気感とでも言えばいいのかな、夜の空気を感じるような、とても涼しげな感じがいいと思いました。この空を飛ぶスクーターもカッコいいですよね、私も欲しいです。
坂月 ありがとうございます(笑)。
芦奈野 ぜひ坂月さんに伺ってみたかったのが、屋根がなかったり壁がなかったり、家の中が外とつながっている建物が多いですよね。これは意図的にそう描いているんですか?
坂月 そうですね、柵がないところにベッドがあって今にも落っこちそう……みたいな絵をよく描いています(笑)。「落ちそう!」ってたまに言われるんですけど、落ちてもいい、落ちるのも楽しんでもらいたいって思っているんです。重力が制御できる世界でもあるので、落ちたらどんなふうになるんだろうと想像してもらったり、浮遊感を楽しんでもらえたりしたらいいなという気持ちがあって。
芦奈野 ああなるほど、重力が制御されてるんですね。過ごしやすそうだなとは思うんですけど、やっぱり落ちそうで怖いなって(笑)。
坂月 屋根のないところで寝たい願望があるので、そういう気持ちが反映されているのかもしれません。
──芦奈野さんご自身は、ちょっと不思議なところがありつつも、日本を思わせる舞台の作品を描かれていますよね。「星旅少年」のような、宇宙が舞台の作品もお好きですか?
芦奈野 こういう風景は好きですね。自分で描くときは、今までの経験とかを土台にして描くことが多いので、自分の近辺がベースになってしまうんですけど。こういう異星とか次元の違う世界とかに憧れる気持ちはあります。坂月さんの作品にも、スクーターが相棒だったり、暗闇にぼうっと自動販売機が置かれていたり(笑)、私の好きなものがたくさんありました。主人公の303も魅力的で、作品集のほうでは風景の中を旅する気のいい少年って感じだったんですけど、「星旅少年」を読むとただニコニコしているだけの少年じゃないのかなってところがだんだん見えてきて。友人の505とも、どういう付き合いをしてきたんだろうかと思わせる描写があって、1巻はそこで終わるから先が気になっちゃいますね。
坂月 うれしいです。私は“ある宇宙の旅の記録”というテーマで、人を眠らせる“トビアスの木”とそれにまつわる歴史のお話をずっと描いているんですけど、これまでに発表したものは言ってしまえば番外編というか、歴史の中のある時代を、かいつまむように描いたものだったんです。今回の「星旅少年」で、ようやくその本編を描き進めているところで、これまで謎にしていた部分を少しずつ明かしたり、キャラクターたちの関係性を深く描いたりしていきたいと思っています。
作品に想像の余地を残してくださったことに、すごく感謝しています(坂月)
──今日はせっかくの機会ということで、坂月さんにも、芦奈野さんに質問したいことをいくつか考えていただきました。
芦奈野 なんでも聞いてください(笑)。
坂月 ありがとうございます(笑)。さっきも少し触れたんですけど、先生は謎めいた部分を詳しく明かさないまま、物語を完結させていらっしゃいますよね。あえて明かさなかったんだろうな……とずっと考えていたんですが、先日「ヨコハマ」の画集を手に入れて、そこに掲載されているインタビューを拝見したら、最初の頃はあまり細かく決めていらっしゃらなかったとも言われていて。
芦奈野 ええ。とにかく最初は、風景のマンガを描くための紹介者という立ち位置で、アルファというロボットのキャラクターが自然と生まれて。後から「こいつは一体どんなやつなんだろう」と考えて、連載を始める前に温めていた別のロボットのお話だとか、そういうものをいろいろと組み合わせていきました。でもおっしゃるとおり、決めてあるけど明かしていないこと、言わないほうがいいかなと思って描かなかったこともたくさんあります。
坂月 もちろんすごく、すごく気になるんですけど、ファンとしては作品に想像の余地を残してくださったことにも感謝していて。答えを知ったらその楽しみがなくなっちゃうというか、裏設定を知りたくない気持ちも自分の中にあって、だから画集のインタビューも、ちょっと薄目になりながら読んだんです。
芦奈野 ははは(笑)。そこまでのことは書いてありませんから、きっと大丈夫です。
坂月 私はちゃんとした連載って今回が初めてなんですが、そういう設定とかって連載前にしっかり決めて描いてらっしゃる人が多いのかなと思っていました。
芦奈野 坂月さんは設定を最初から決めていらっしゃるんですね。それは作品集を出す以前からですか?
坂月 そうです。設定を考えたりするのも好きなので、以前から考えていたものをちょっとずつ取り出して描いています。でも、連載を進めていく中で変えた部分はすでに何個かあって。矛盾なく描かなきゃいけないと思うと大変です。
芦奈野 私の場合はやっぱり絵から入ってしまうというか、こんなのがあったらすごいだろうなとか、こんな風景が描きたいなとかが先で、後から「こことここがつながっていけば、こっちもつながるかもしれないな」みたいに設定を考えていたんです。整合性とは真逆の、割とゆるい作りなので、むしろつながりやすいのかもしれません。皆さんがいろいろ考察してくださって、その設定のほうがガチっとハマっていて驚いたり、私のほうが「そうだったのか」って思わされたりすることもあります(笑)。私が考えたものと違っていたとしても、それはそれで「そういうことにしておいてください」でいいと思いますから。