コミックナタリー Power Push - 火の鳥《オリジナル版》復刻大全集
手塚治虫のライフワーク、幻の雑誌連載版がついに初刊行 魅力を解き明かす萩尾望都インタビュー
何度読んでも必ず高揚してしまう、巧みなコマ割
──続いて挙げていただいたのは、今回の全集で1巻目に刊行される黎明編。萩尾さんの作品にはSFや西洋が舞台のものが多いので、未来編や宇宙編が先に来るかと勝手に予想していました。
やはり黎明編は火の鳥のオープニングにあたるエピソードですから、すごく思い入れ深く読んだんですよ。こういう古代の物語って、個人的には普段あまり進んで手に取らないんです。遺跡がどうのこうのと学校で習っても、華麗に頭の中をすり抜けていってましたし(笑)。でもストーリーテリングが巧みだから、だんだんハマってしまったんですよね。
──興味がない舞台設定でも、ぐいぐいと読み進ませてしまう力がある。
ええ。未来編のムーピー(変身能力を有した不定形生物)や宇宙編の植物に似たグロテスクな動かない宇宙生物とか、「火の鳥」には突拍子もない設定がちょこちょこと登場しますが、どれも実際に存在してもおかしくない説得力があって。手塚先生は月に500枚もの原稿を描かれてらっしゃったのに、どこからそんなにアイデアが飛び出していたのかと……。時間があったら、その発想の源を詳しくお訊きしてみたかったですね。
──宇宙編といえば宇宙船内の通信シーンなどに実験的なコマ割が使われていたりして、そういう工夫にもページをめくる衝動をさらに駆りたてられますよね。
いやもう、手塚先生のコマ割は本当にすごい! すべて私の栄養になってます。初期作品の「ジャングル大帝」なんかだと連載1話分で4ページとかだから1ページに12コマくらい詰め込まれてて、話の流れが早いんですよ。でも必ず欲しいところに適切なコマがあって、読者の目線を綺麗に引っ張っていく。おそらく小さな頃から映画や舞台がお好きだったっていうこともあって、目の中に収まるものがどんなふうに流れていくかが体感でわかっていらっしゃったんじゃないでしょうか。それに、話の展開やセリフを丸暗記していても、読んでたびたび高揚してしまうシーンが手塚先生の作品にはたくさんあります。
──高揚するのはコマ割やコマ運びに、そういった感情を駆りたてる作用があるということですか?
そうそう。読んでいて、うっとりと酔っぱらったような感じになりますね。あれはコマ運びがもたらすテンポ、読み心地みたいなものから来るのでしょう。
──何度読んでもそこに来ると陶酔してしまう、パブロフの犬のようなコマ。例えば「火の鳥」でいうと……。
うーん……本当に小さなポイントだったりするんですが、例えばこの未来編の1シーン。ロックの話にマサトが反抗するカットが、連続せず少しずつ間を空けて差し込まれてますよね。このタイミングが本当に絶妙なんです。
──このマサトのコマが、一段上にあったら全然印象が違ってきますよね。
そうですね。そしてマサトが声を荒げるのに従って、彼の顔の位置が上がります。これに合わせて読者の目線も上がる。こういうところで高揚させられてしまうんです。
単行本には収録されていない衝撃のシーン
──未来編は、先程萩尾さんに挙げていただいた「火の鳥」ベスト3にランクインしていました。このエピソードの魅力はどのあたりにあるのでしょうか。
とにかくストーリーが壮大ですよね。大都市が壊滅して、ひとり不死の存在となったマサトが肉体を喪失して宇宙生命となり、新たな生命と文明の行く末を見守る。アイデアだけなら誰でも思いつくようなお話だと思うんですけど、あざといことをせず、確実に思考のピラミッドを積み重ねるようにして描かれていて、本当にすごいと思います。
──確かに作中で流れる時間もほかのエピソードより遥かに長く、圧倒的なスケール感がありますよね。印象的なシーンはありますか?
5つの大都市がひとつまたひとつと順番に核爆発を起こして滅んでいく、見開きのタイトルカットがとても印象に残っています。私は九州の出身で小学校の修学旅行が長崎だったからか、核爆弾が都市に落ちるということに、どこか身近な感覚がありまして。SF小説の世界では未来に核戦争で都市が壊滅するという話は山のように描かれていますけど、「火の鳥」のはやはりインパクトが段違いでした。
──マンガでは文章だけでなく、絵でも表現されますからね。
はい。描写が目からダイレクトに飛び込んでくるものだから「手塚先生、こんなこと描いていいの!?」ってびっくりしました。でもこのシーンはこれまでの単行本には収録されていなくて、とてもショックを受けた記憶があります。あまりにも鮮烈だから省かれてしまったのかなあ?
まさに火の鳥のように、復活し続ける底力
──単行本に収録する際に改編が加えられることが多い手塚作品ですが、「火の鳥」も例外ではありません。今回のオリジナル版は雑誌初出時にきわめて近い内容で刊行されるので、その見開きのシーンも久々に世に出ることになりそうです。
全部まとめて当時のまま見ることができるっていうのはうれしいですね。そしてサイズが雑誌と同じB5判というのも! 歳をとってくると、目も見えづらくなってきますから(笑)。あと最終巻のエジプト編、ギリシャ編、ローマ編は初めて読むので、とても楽しみ。私もこの全集、とても欲しいです。
──長らくお蔵入りしていた、いくつもの幻のシーンも収録されます。例えば太陽編の1シーン。「鉄腕アトム」のお茶の水博士が科学者猿田の兄、という設定で描かれていたんですが、単行本収録の際、この場面は削られていました。
そうだったんですか! 太陽編は雑誌で読んでいないから、それは全然知らなかったです。読んでみたいですね。
──改編が加えられた理由にはページ割などの物理的な編集事情以外にも、「より完成度の高い状態で作品を世に残したい」という手塚先生のサービス精神が根底にあったようです。萩尾さんは同じ描き手として、そうした思いには共感されますか。
雑誌掲載時に入れられなかったエピソードを入れたい、という気持ちはわかるし、実際に私も加筆したり失敗した部分を少し直したりはします。でも1話丸ごと描き変えたり何十ページも削除したりってなると……何のための連載なの、という気が正直しますね(笑)。ただ長い間執筆を続けていくと、自分で自分の表現方法が古く感じられてしまうことはあると思います。私も30歳の頃に思春期の読者の感覚がわからなくなって、かなり暗中模索したことがありました。絵柄でもなんでも、新しい描き方を常に考えていかなくちゃいけないんだなと。
──手塚先生も、そのときそのときで時代にフィットさせることを意識されてたんでしょうか。
そうだと思います。昔「ノーマン」(1968年)という作品を週刊少年キング(少年画報社)で連載されていたとき、キャラクターの頭身が少し伸びたことがあったんですよ。手塚先生のアシスタントをしていた友人に「足が長くなったね」と話したら、「手塚先生は本当は4頭身とか5頭身が好きなんだけど、今の読者にはそういうのはウケないって言って長くしたみたい」と教えてもらって、驚きましたね。
──天下の手塚先生でも悩んで、努力されるんだ、と。
ええ。長い作家生活の中で浮き沈みが必ずあったと思いますが、何度でも復活しつづける底力は、まさに火の鳥のようだなと思います。
──35年にもわたる「火の鳥」の連載の間に、マンガ家を目指す少女だった萩尾さんもすっかりベテラン作家になられました。「火の鳥」という作品や手塚治虫という作家への目線は、この間に変化しましたか。
それが私、手塚先生の作品を読むときは自然と一読者に戻ってしまうんですよ。どきどきしながら「新選組」のページをめくっていた、高校生の頃の感覚とまったく変わらない。いまだに何度も読み返しては魅力の源を解析してしまうし、そうして発見したことは、すべて今の私の栄養になっていますね。
各巻収録内容(予定)
第1回配本:「黎明編」(1967年、COM連載)6月発売予定/7875円(税込)
第2回配本:「未来編」(1967~68年、COM連載)7月発売予定/7875円(税込)
第3回配本:「ヤマト編・宇宙編」(1968~69年、COM連載)8月発売予定/7875円(税込)
第4回配本:「鳳凰編」(1969~70年、COM連載)9月発売予定/8400円(税込)
第5回配本:「復活編・羽衣編」(1970~1971年、COM連載)10月発売予定/8400円(税込)
※COM未完版「望郷編」、短編「休憩」も収録
第6回配本:「望郷編」(1976~1978年、マンガ少年連載)11月発売予定/8400円(税込)
第7回配本:「乱世編(上)」(1978~1979年、マンガ少年連載)12月発売予定/7875円(税込)
※COM未完版「乱世編」も収録
第8回配本:「乱世編(下)」(1979~1980年、マンガ少年連載)2012年1月発売予定/7875円(税込)
第9回配本:「生命編・異形編」(1980~1981年、マンガ少年連載)2012年2月発売予定/7350円(税込)
第10回配本:「太陽編(上)」(1986年、野性時代連載)2012年3月発売予定/8400円(税込)
第11回配本:「太陽編(下)」(1987~88年、野性時代連載)2012年4月発売予定/8400円(税込)
第12回配本:「エジプト編・ギリシャ編・ローマ編」(1956~57年、少女クラブ連載)2012年5月発売予定/9975円(税込)
※漫画少年未完版「黎明編」も収録
全巻セット 予価 9万8700円(税込)
※各巻ごと単品でも購入可能
手塚治虫(てづかおさむ)
1928年11月3日大阪府豊中市生まれ。5歳のとき現兵庫県宝塚市に引越し、少年時代をここで過ごす。1946年、少国民新聞大阪版に掲載された4コマ作品「マアチャンの日記帳」でデビュー。1950年、漫画少年(学童社)にて出世作となる「ジャングル大帝」の連載を開始。以降「火の鳥」「リボンの騎士」といった歴史的ヒット作を連発し、人気マンガ家としての地位を確立した。1963年、自身の設立したアニメスタジオ「虫プロダクション」にて日本初のTVアニメとなる「鉄腕アトム」を制作。現代のマンガ表現における基礎を打ち立てた人物として世界的な知名度を誇り、その偉大な功績から“マンガの神様”と呼ばれ支持されている。1989年2月9日胃癌のため死去、享年60歳。
萩尾望都(はぎおもと)
1949年5月12日福岡県大牟田市生まれ。1969年、なかよし夏休み増刊号(講談社)にて 「ルルとミミ」でデビュー。1975年、「ポーの一族」と「11人いる!」で1975年第21回小学館漫画賞を受賞。1986年 「11人いる!」が劇場版アニメ化、野田秀樹と共同で脚本を書いた「半神」が舞台化、1996年に「イグアナの娘」が管野美穂主演でTVドラマ化されるなど、多くの作品が他メディア展開されている。1980年「スター・レッド」、1983年「銀の三角」、1985年「X+Y」で星雲賞コミック部門を3度受賞。1997年「残酷な神が支配する」で第1回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞、2006年「バルバラ異界」で第27回日本SF大賞受賞と、受賞歴も枚挙に暇がない。