コミックナタリー Power Push - 火の鳥《オリジナル版》復刻大全集

手塚治虫のライフワーク、幻の雑誌連載版がついに初刊行 魅力を解き明かす萩尾望都インタビュー

巨匠・手塚治虫が“生命と愛と死”をテーマに、足かけ35年間にわたって壮大なスケールで描いた大作「火の鳥」。これまで幾度も単行本化されてきたが雑誌連載版から改編が加えられていることが多く、初出時を再現したオリジナル版は、多くのファンの熱望にもかかわらず長らく単行本化されていなかった。その貴重なバージョンが、復刊ドットコムより初めて全12巻で刊行を遂げる。

コミックナタリーではこれを記念し、手塚作品に胸を打たれマンガ家を志したという萩尾望都へのインタビューを実施。作品の魅力やオリジナル版の見どころを、心ゆくまで語ってもらった。

取材・文/岸野恵加 編集・撮影/唐木元

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マンガ家を目指すきっかけとなった「新選組」

──萩尾さんがマンガ家を目指したのは、手塚先生の作品がきっかけだったとお聞きしました。

インタビュー写真

はい。「新選組」(1963年、単行本発行は66年)を読んで、マンガ家になろうと決意しました。特に手塚先生の代表作というわけではないと思うんですけど、高校2年生の私の気分にフィットしたのか、読み終えてから余韻が頭に残って離れなくて。

──具体的にどのあたりが衝撃的だったんでしょうか。

キャラクターの心情に引き込まれたんですね。終盤で主人公の丘十郎が、組への忠義を尽くすため親友の大作を斬らねばならなくなり、決闘の末に殺してしまう。気が付いたら頭の中で「組を抜けてふたりで逃げればよかったのに」とか、いろんな展開を次々に想像してしまって。こんなにも心が揺さぶられるなら、私もちゃんと作品を描いてみたいなと思ったんです。ちょうどCOM(虫プロ商事)が創刊された頃ですね。

──COM(1966年12月創刊)は、「火の鳥」を看板作品として生まれた雑誌です。毎号読まれていたんですか?

そうですね、欠かさずに購読してました。創刊された当時は、不思議な雑誌が出たなあと思いましたよ。

COM創刊号(1966年12月25日発売)

──不思議というと?

当時はマンガといえば子供向けのものでしたから、こんなふうに高校生が読んでも面白いマンガ誌があるんだと。マガジンやサンデーが本屋さんに20冊積まれるとしたらCOMは2、3冊。マニア向けというか、普通の人はまず買わないですよね。キャッチコピーに「まんがエリートのためのまんが専門誌」ってありますけど、「まんがオタク」の間違いじゃないかな(笑)。

──大人のマンガファンに、新しい潮流を感じさせてくれる雑誌だったんですね。「火の鳥」は黎明編から羽衣編までをCOMで、その後マンガ少年(朝日ソノラマ)と野性時代(角川書店)に連載されますが、リアルタイムで追ってらっしゃったんですか?

COMに載っていたのはすべて。マンガ少年は途中から読み始めたから、乱世編くらいまでは雑誌で読んだ記憶があります。太陽編は単行本で買いましたね、野性時代は読んでいなかったので。

善人と悪人の関係が、くるりと逆転する

──では「火の鳥」をひと通り読まれていらっしゃる萩尾さんですが、黎明編から太陽編まで数々のエピソードからベスト3を挙げていただけますか。

改めて思い返すと、実は鳳凰編がいちばん好きなんですよ。続いて黎明編、未来編の順になりますか。

──鳳凰編というと、舞台は奈良時代。彫刻家として腕を競わせる我王と茜丸の生涯を追う物語ですが、どのあたりに心を掴まれたんでしょう。

鳳凰編より、茜丸(画像下段左)と我王(同右)

「アリと巨人」とか先程の「新選組」もそうなんですが、手塚先生の作品の、善悪がくるりとひっくり返るところが昔から好きなんですね。鳳凰編ではそれが非常に具体的に描かれていると思うんです。茜丸は冒頭で我王に腕を斬られて仏師としての人生を一度断ち切られてしまうんですが、リハビリをしてだんだんと彫れるようになってくる。我王と競争する中で、清々しい好青年だったのがどんどん悪巧みに走るようになってしまう、という。

──序盤は誰もが我王が悪者だと思いますよね。ところが善人だと思われていた茜丸のほうが、やがて権力に溺れていく。確かにこの逆転は印象的です。

それぞれがそれぞれの正義のためにやっていることだけど、相手方にも相手方の事情があるということを手塚先生は一貫して描かれてるんです。太陽編で「どうして宗教間の争いは無くならないのか」と問う犬上宿禰に火の鳥が「信仰はみんな人間がつくったもの / そしてどれも正しいの / ですから正しいものどうしのあらそいはとめようがないでしょ」って返すシーンがあるんですが、まさにあれなんて象徴的なセリフですよね。

火の鳥《オリジナル版》復刻大全集 / 初版完全限定商品 / 全12巻 / B5判(雑誌原寸大) / フルカラー / ハードカバー上製 / 美麗化粧箱入り

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第1巻「黎明編」2011年6月下旬配送予定

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各巻収録内容(予定)

第1回配本:「黎明編」(1967年、COM連載)6月発売予定/7875円(税込)

第2回配本:「未来編」(1967~68年、COM連載)7月発売予定/7875円(税込)

第3回配本:「ヤマト編・宇宙編」(1968~69年、COM連載)8月発売予定/7875円(税込)

第4回配本:「鳳凰編」(1969~70年、COM連載)9月発売予定/8400円(税込)

第5回配本:「復活編・羽衣編」(1970~1971年、COM連載)10月発売予定/8400円(税込)
※COM未完版「望郷編」、短編「休憩」も収録

第6回配本:「望郷編」(1976~1978年、マンガ少年連載)11月発売予定/8400円(税込)

第7回配本:「乱世編(上)」(1978~1979年、マンガ少年連載)12月発売予定/7875円(税込)
※COM未完版「乱世編」も収録

第8回配本:「乱世編(下)」(1979~1980年、マンガ少年連載)2012年1月発売予定/7875円(税込)

第9回配本:「生命編・異形編」(1980~1981年、マンガ少年連載)2012年2月発売予定/7350円(税込)

第10回配本:「太陽編(上)」(1986年、野性時代連載)2012年3月発売予定/8400円(税込)

 

第11回配本:「太陽編(下)」(1987~88年、野性時代連載)2012年4月発売予定/8400円(税込)

 

第12回配本:「エジプト編・ギリシャ編・ローマ編」(1956~57年、少女クラブ連載)2012年5月発売予定/9975円(税込)
※漫画少年未完版「黎明編」も収録

全巻セット 予価 9万8700円(税込)
※各巻ごと単品でも購入可能

手塚治虫(てづかおさむ)

手塚治虫

1928年11月3日大阪府豊中市生まれ。5歳のとき現兵庫県宝塚市に引越し、少年時代をここで過ごす。1946年、少国民新聞大阪版に掲載された4コマ作品「マアチャンの日記帳」でデビュー。1950年、漫画少年(学童社)にて出世作となる「ジャングル大帝」の連載を開始。以降「火の鳥」「リボンの騎士」といった歴史的ヒット作を連発し、人気マンガ家としての地位を確立した。1963年、自身の設立したアニメスタジオ「虫プロダクション」にて日本初のTVアニメとなる「鉄腕アトム」を制作。現代のマンガ表現における基礎を打ち立てた人物として世界的な知名度を誇り、その偉大な功績から“マンガの神様”と呼ばれ支持されている。1989年2月9日胃癌のため死去、享年60歳。

萩尾望都(はぎおもと)

萩尾望都

1949年5月12日福岡県大牟田市生まれ。1969年、なかよし夏休み増刊号(講談社)にて 「ルルとミミ」でデビュー。1975年、「ポーの一族」と「11人いる!」で1975年第21回小学館漫画賞を受賞。1986年 「11人いる!」が劇場版アニメ化、野田秀樹と共同で脚本を書いた「半神」が舞台化、1996年に「イグアナの娘」が管野美穂主演でTVドラマ化されるなど、多くの作品が他メディア展開されている。1980年「スター・レッド」、1983年「銀の三角」、1985年「X+Y」で星雲賞コミック部門を3度受賞。1997年「残酷な神が支配する」で第1回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞、2006年「バルバラ異界」で第27回日本SF大賞受賞と、受賞歴も枚挙に暇がない。