「ひねもすのたり日記」|ちばてつやインタビュー のたりのたりと楽しみながら、過去と今を描いていく

半分ベソをかきながら描いた話もあります

──確かに「ひねもすのたり日記」にはつらいお話もたくさんありますよね。食料が底を尽きたから、ペットとして飼っていた鳥をお母さんが食材にしてしまうシーンとか、読んでいて胸が苦しくなりました。

「ひねもすのたり日記」より、父の会社の同僚たちと鶏鍋を食したちばてつや少年。食後、ペットのピヨの行方不明に気付き……。

そうですね。私はそんな話をずっと忘れていたんですよ。忘れていたというか、あまり思い出したくない話だった。だけど「ひねもすのたり日記」を連載するようになってから、当時の時代背景もちゃんと知らなくちゃいけない、思い出さなくちゃいけないと思って、自分のアルバムを見返したりしたんです。今までアルバムを開けたこともなかったんだけど、それを見たらやっぱりいろいろと思い出してしまって。半分ベソをかきながら描いたお話もあります。

──そうだったんですか。

そもそも私はこの連載がこんなに長く続くとは思ってなかったんですよ。続いても半年くらいかなって。もともとは同じ枠で(自伝エッセイマンガ「わたしの日々」を)連載していた水木しげるさんがお元気になるまでという予定で、ピンチヒッターのつもりだったから、最初のほうの何話かは水木さんのお話を描いてるんですよね。

──確かに以前お話を伺ったときに、「『わたしの日々』の出だしで、マネージャーをやっているお嬢さんに『お父ちゃん ビックリコミックから連載の話だよ』と言われた水木さんが、『バカッ 断れッ!!』と答えるシーンがあるんですよ。『ひねもすのたり日記』の冒頭のシーンはそこをオマージュしました」とおっしゃっていましたね。そこから戦時中のお話や現在の日常、最近の連載ではちば先生がマンガ家を志すようになったエピソードも描かれています。

水木しげる「わたしの日々」より。「ひねもすのたり日記」より、「わたしの日々」をオマージュしたというシーン。

いつも迷うんだけど、この連載は1人の人間の思い出話ですよね。昔の思い出から、その人が歳を取ってヨレヨレと生きているその生き様みたいなものを「バカな爺さんだな」なんて笑ってもらえればいいなと思って描くんだけど、それを読んでくれている人がどこまで味わってくれるのかなと。エピソードによっては、他人の過去を聞いたってしょうがないよっていうこともあると思うんです。こういう話を描いたらちょっとつらいんじゃないかなとか、その辺は担当さんと話し合いながら進めていってるんだけど、私としては自分のことだからよくわからない部分がある。

──過去のエピソードの間に日常のなんでもないお話が挟み込まれているから、重い話も重すぎず受け止められるように思います。昔と今を行き来するお話の構成はどのように考えていらっしゃるんですか?

「ひねもすのたり日記」より、ちばの何気ない日々を綴ったエピソード。

水木さんの「わたしの日々」の手法がそうだったこともあるんですけど、つらい話が続いたときは、どこかでスポーンと、「何してんだ、この爺さんは」っていう、ちょっと力の抜けた話も入れたほうがいいかなと考えながら描いてますね。あとはマンガを描くうえでの苦労話みたいなものは、マンガを好きな人たちやこれからマンガを描きたいと思っている若い人たちにとっては興味のある話かなと思ってね。プロのマンガ家になるためにどんな苦労があったのか、スランプのときはどうしたのかとか、そういったことも伝えることができたらいいなと思っています。その辺をどういうバランスで入れていくのかも、担当さんと相談しながら毎回手探りでやっていますね。

──なるほど。

体力的にも少し臆病になっているところがあるのでね、いつ風邪を引くかわからないし、一回体調を崩すと大変だから、早め早めの進行をできるだけ心がけているんです。そのせいもあってか、今は描いていてもあんまり切羽詰まった感じにならないんですよ。週刊連載をやっていた頃は、原稿を描いている間、ずっと後ろに編集の人が待っていることもあったから。1人だったらいいけど、2、3人いるときもあったの(笑)。

──それはすごいプレッシャーですね(笑)。

「ひねもすのたり日記」より、ちばてつやとちばの奥さん。

そういうときはいくら面白いマンガを思いついても、「遅れて申し訳ない」という気持ちで描いてるから、あまり楽しめなかったんですよ。だけど今は少しゆとりを持ってやれているので、完成したけど描き込みすぎてしまったからもう1回やり直してみようとか、結構ゆったりと楽しみながら描いていますね。

──まさに「ひねもすのたり日記」のタイトル通りというか、のたりのたりと、のんびりした気持ちで描かれているんですね。ちなみに今ってアシスタントさんはいらっしゃらないんですか?

今はいないんです。その代わりに、マンガにも出てきますけど、怖い奥さんが手伝ってくれています。私が指定した色を奥さんがあっさりと塗ってくれて、それを私が細かくタッチを付けて仕上げる感じですね。奥さんはすごく大胆な人ですから、それこそ筆の端っこを持って鼻歌を歌いながらちょいちょいっと塗ってくれるんです。で、はみ出したところは繊細な私が消しながら調整して(笑)。だから合作みたいな感じで手伝ってもらってますね。

戦争のことを描いたり、マンガ家の素顔を暴いたり

「ひねもすのたり日記」では、ちばが体験した満州からの引き揚げのエピソードなどもじっくりと描かれている。

──改めて、ちば先生はこの作品をどんな人に読んでもらいたいですか?

若い人は戦争や戦後、引き揚げのことを知らない人が多いでしょうから、立ち読みでもいいので「この時代の日本人はこんな生活をしていたんだなと」と知ってもらえるきっかけになったらいいなと思います。

──戦争や昔のお話って、若い人は少し距離を置いてしまうところがあるかもしれないんですが、「ひねもすのたり日記」はこの柔らかい絵柄のおかげもあって、若い人やお子さんが手に取ってもすごく読みやすいんじゃないかなと思いました。

ああ、そうだね。おじいちゃんやおばあちゃんと孫が一緒に読んで「昔はこうだった、わしもこの時代はこうやって生きてたよ」みたいな感じで、この本を読んでお話ができたらいいなあと思いますね。たった70年前の話ですからね。

──そうですよね。

ちばてつや

あとは少年サンデーや少年ジャンプ、少年マガジンとか、マンガと一緒に大きくなった団塊の世代の人たちが今はおじいちゃんになってるでしょ? そういう人たちがまだ元気な頃の時代も描いているので、そういう人たちにもぜひ読んでもらいたいな。「最近はあんまりマンガを読まない」っていう人もいるかもしれない。だけど「ひねもすのたり日記」ではその時代その時代を切り取って、そのときの匂いを感じたり、音楽が聴こえてくるように一生懸命工夫して描いてますから、昔のことを懐かしみながら読んでほしいと思います。それと、私がときどきマンガ家仲間の悪口を描いたりしますから、そういうところも楽しんでいただけたら(笑)。「あの人はこういう怖いところもあるのか」みたいなところをね、少し暴いていこうと思いますので(笑)。

──マンガ家の皆さんの素顔が明らかになっていくと(笑)。

そういうところも面白いかなって。みんな「釣りバカ日誌」とか「ゴルゴ13」とか作品のことはよく知っていても、描いているマンガ家がどんな人かって、詳しくはわからないですよね。皆さんすごくユニークで個性があって面白いんですよ。描いたマンガを本人が見たら怒るだろうなあと思うけど(笑)。「空手バカ一代」とか「うしろの百太郎」のつのだじろうさんのお話も、あれは本当に実話なんですよ。

「ひねもすのたり日記」より、「背後霊がまだ打つなと言ってる」と語るつのだじろうに対し、ツッコミを入れる藤子不二雄Ⓐ。

──マンガ家の皆さんが集まって、月イチでゴルフのコンペをやる「イージー会」でのエピソードですね。

あのときはどんよりと曇っていて、すごく怪しげな雰囲気のある日だったんだけど、つのださんがゴルフのクラブを構えたまま動かなくなっちゃってね。どうしたんだと思ったら「背後霊がまだ打つなと言ってる」とか言うから、藤子不二雄Ⓐさんが「いい加減にしろ! いつの時代の背後霊だ!」なんて言ってね。でもみんな本当の話なの。描いてて作り話に思われたら困るなと思うんだけど、ほとんど作り話なんてしてないですから。

──クスッと笑ってしまう楽しいエピソードでした(笑)。今後も「ひねもすのたり日記」の連載は続いていくんですよね?

今、(1巻収録分以外にも)単行本の半分くらいは描いているはずなので、2巻くらいはがんばりたいね。なんとか。

──2巻と言わず、3巻、4巻とこの先も続くのを楽しみにしています。今後はどんなエピソードを描いていく予定ですか?

今は私がマンガ家を志すようになった少年時代を描いてますけど、マンガ家になりかけのときもいろんな病気をしたり、自分のペース配分がわからないものだから締め切りに間に合わなくなったり、いろいろな失敗があったので、その辺りもマンガ家を目指す後輩たちに反面教師として少しずつ描き残しておきたいかな。あとは戦争の話も大体描いたんですけど、これもまだもうちょっとあるかなと。最近のボケ老人の日常も「これは高齢者が共感してくれるかも」と思ったらメモを取ったりしているので、そういったお話も少しずつ描いていけたらと思ってます。

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ちばてつや
ちばてつや
1939年1月11日東京都生まれ満州育ち。本名は千葉徹弥。1956年にデビュー。1961年に週刊少年マガジン(講談社)にて、原作に福本和也を迎え「ちかいの魔球」を連載開始。翌年少女クラブにて「1.2.3と4.5.ロク」を連載し第3回講談社児童まんが賞を受賞、1965年に週刊少年マガジンで連載した「ハリスの旋風」は翌年アニメ化された。 1968年、同誌にて高森朝雄とタッグを組み、ボクシングを題材にした「あしたのジョー」を連載。ライバルである力石徹が作中で死んだ際には、実際に葬儀が行われるほどの社会現象を巻き起こした。同作は1970年と1980年にアニメ化、1970年と2011年に実写映画化、1980年とその翌年にアニメ映画化がなされた。1973年、週刊少年マガジンにて「おれは鉄兵」、ビッグコミック(小学館)には「のたり松太郎」を連載。2作ともヒット作となり、「おれは鉄兵」は1976年に第7回講談社出版文化賞を受賞、「のたり松太郎」は翌年第6回日本漫画家協会特別賞および1978年第23回小学館漫画賞を受賞した。1981年、週刊少年マガジンにて「あした天気になあれ」を連載する。2001年に文部科学大臣賞を受賞、2002年には紫綬褒章を授与された。2018年4月には「あしたのジョー」の連載開始50周年を記念し、同作を原案としたオリジナルアニメ「メガロボクス」が放送される。現在はビッグコミックにて「ひねもすのたり日記」を連載中。