人の考えは、マンガのコマのモノローグに入り切らない(heisoku)
──ゲームの話は実際に似たようなものがあるということでしたが「ヘテロゲニア」では、実在の風習で参考にしているものもあったりするんでしょうか?
瀬野 もちろん参考にしたものはあるんですけど、それを言ってしまっていいものかは悩みどころで。さっきのドリルの答え合わせじゃないですけど、元ネタはこれですって話をすると、その実際の風習のほうを通してマンガを見るようになっちゃう気がして。マンガの中で描かれているものを、ちゃんと見てもらえなくなっちゃうんじゃないかと思うんですよね。
──わからないことが多い魔界言語の中で、ワーウルフの古い話し方はだいぶ詳しく解説がされていたのが印象的でした。上がり調子が向かってくる、下がり調子が離れるイメージと説明されていて、抑揚が矢印で表現されているのも実際のしゃべっているトーンが想像できました。
heisoku 今日こうやってお話を聞いてると、言語学も面白そうだなって思えてきます。実は、この対談のために「よくわかる言語学」っていう本を1冊読んでみたんですけど、何一つ頭に入ってこなかったんですよね……。
──専門書にいきなり当たると、そういう挫折も多いですよね……。「ご飯」の主人公は1人暮らしなので基本しゃべらないけど、その代わりモノローグの量がすごいですよね。
瀬野 あの子はすごく物をたくさん考えますよね。
heisoku 頭の中で考えていることのうち、実際に言葉にしたり表現するのはほんのわずかなので、どれだけものを考えてるかっていうのは他人にはわからないけれど、実は人の頭の中を覗いたら、こういう感じかなあと想像して描きました。
──この子が特別考え込んでしまう子みたいなイメージで描いてるわけじゃないと。
heisoku ですね。マンガはコマに入る文字の量に制限があるからこれぐらいですけど、本当はもっといっぱいのことを、誰もが考えてるんじゃないかと。
急にバンジージャンプやりませんかって言われたらやれる(heisoku)
──“「わからない」が面白い!”というキャッチコピーが「ヘテロゲニア」には付いていますが、わからないことに向き合うのって怖くはないですか。
瀬野 時計の分解とか、中が気になってもこれ触ったら壊れるんじゃないだろうかみたいなのは手を出せなかったりしますね。
──「ヘテロゲニア」のハカバは研究者だし、なんでも割とチャレンジしてみますよね。探究心と恐怖心を天秤にかける、みたいなことって彼にはあるんでしょうか。
瀬野 これやったら死ぬかも知れない、みたいなことはさすがに躊躇すると思います。落ちたら死ぬみたいな危ない道を歩いてたときもありますけど。あれは、そういう道だと知らず案内されるままに付いて行っただけなので。
──hesiokuさんは、わからないことにも果敢にチャレンジできるタイプですか? それとも怖気づいてしまう?
heisoku それは例えば、急にバンジージャンプやりませんかって言われてやるかみたいなことですか? それは言われたらやりますね。
──「ご飯」の主人公はいろんな仕事をこなしていますし、なんにでもチャレンジできそうですよね。ハカバみたいな、魔界の調査の仕事とかも意外と向いてるのでは。
heisoku いやあ、調査はできないと思います。マニュアルがないことはできないので、何をやればいいのかがわからないんじゃないかと。ただ、生きてはいけると思っています。
瀬野 調査じゃなく、住人になるほう(笑)。
heisoku たぶん仕事をやらずに、ただそこにいるんでしょうね。そのまま忘れ去られて、ずっとそこで暮らしていく感じに。航海の旅に出て、事故とか起きて置き去りにされちゃう人みたいな……。
元気の出るおまじない「辛くない辛くない、生物は遺伝子の戦略の駒」
──「ヘテロゲニア」は瀬野さんのディスコミュニケーション体験に根付いたお話、「ご飯」は他人に興味を持てない人の危うさがお聞きできて、今日はどちらの作品からも現代を生きるうえでのヒントを受け取った気がします。共通点がないのでは……というところから始まった対談でしたが、意外と共感できる部分も多かったのでは。
瀬野 そうですね。「ご飯」の子が、雨に濡れながらチラシ配りをしてて「辛くない辛くない 生物は遺伝子の戦略の駒」っていうじゃないですか。私も元気がないときは、同じような気持ちになることあります。この失敗も人類の分岐のひとつ、選択の分岐の1つなのだ……と考えてやり過ごすみたいな。
heisoku 瀬野さんがご自身のサイトで描かれているWebマンガを読んで自分とどこか似ていると感じて勝手に親近感を持っていました。霧……みたいな名前の、タイトルの四字熟語が読めないんですけど。すみません。あの作品の、ダークな世界観と交錯する心理描写に引き込まれます。大好きです!
瀬野 ありがとうございます。「霧中進行」ですよね。大丈夫です、私も読み方わからないので(笑)。あれは若干やさぐれていて、確かに後ろ向きなのに前向きな感じとか似てますよね。
heisoku すごいシンパシーを感じていました。なので「ヘテロゲニア」の読者さんは「ご飯」を読んでるのか、なんて最初に言いましたが、瀬野さんのファンなら、もしかしたら共感してくださる部分も実はあるんじゃないかと。
──「ヘテロゲニア」はちょうどこの対談公開と合わせて3巻が発売となります。見どころなどお聞きできますか?
瀬野 ケンタウロスが出てくる話があるんですが、その回ですかね。これまで割とフラットに物事を観察してきたハカバくんが動じるというか、感情のほうが優先される珍しいシーンがあるので。彼はあまり先入観で物事を見るタイプではないんですけど、研究をしているとこういうこともある、みたいな。これまでと違う動きが見れるのが山場になるかも。
heisoku 私もあの話は読んだときにちょっと動揺してしまいました。認知の歪みが生じているというか、読みながらハカバくんの追体験をする感じがドキドキしました。
──heisokuさんも、この機会に「ご飯」を「ヘテロゲニア」のファンにアピールしていただけたら。
heisoku そうですね……まずは「ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~」の3巻を買って読んでください。気になるところで終わっているし、とても面白い作品なのでぜひ。読んだらたぶん続きが気になって、ヤングエースUPにアクセスをしますよね。そうしたら同じサイトに「ご飯は私を裏切らない」って作品が載っているので、気になったら1話目だけでも読んでもらえたら……。
瀬野 ええっ、経路の説明!? その意味で言えば、こちらの作品もまったく同じに言えるので、ヤングエースUPで「ご飯」を読んだ方は「ヘテロゲニア」もお願いします(笑)。